デジタルトランスフォーメーション(DX)やイノベーションに積極的に取り組んでいる大企業の代表格がNTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)だ。同社ではDXの推進やイノベーションの創出、社内起業家の育成、スタートアップとの共創などを目的としたプログラムを複数走らせており、すでに事業化を果たしているプロジェクトも多数ある。
そんなプログラムのなかでも、2016年からスタートした「DigiCom(デジコン)」は、毎年数百名がエントリーする大規模な社内コンテストとして知られている。2020年の今年は完全オンライン開催になるとともに、新規事業の開発を支援しているフィラメントが協力し、新規事業創出にフォーカスしたビジネスコンテストとしての意味合いを強める形で実施された。
コンテストに応募したメンバーは、まずはアイデア創出を行い、新事業の仮説を構築する。ここでは、NTT Comの強みと社会課題とトレンドを組み合わせ、どのような世界観(ビジョン)で誰の、どんな課題を、どのように解決するかを検討する。その段階で予選会を実施し、選考を通過したチームが仮説をユーザヒアリングで検証する次のステップに進む。11月18日に開催された「Demoday」では、11チームが仮説検証を経てブラッシュアップしたアイデアを発表した。ここでは、同イベントで受賞が決まった4チームのアイデアを中心にお届けする。
最優秀賞に選ばれたのは、“宇宙との通信”をテーマにしたチーム「Space Tech」。現在は利用に制限の多い衛星通信について、NTT Comが有する最先端の経路設定技術とNTTがもつ世界中の通信用設備を使って利用を拡大し、“Space as a Service”を実現するというアイデアだ。
衛星の小型化、ロケットによる打ち上げの低コスト化、宇宙利用の多様化につながるAI技術や高度なセンサーの登場などにより、宇宙産業は2020年現在の40兆円規模から2040年には200兆円規模にまで拡大すると言われている。しかし、宇宙利用や産業の拡大には、宇宙と地上との通信が不可欠になる。そのインフラをNTT Comが担い、「宇宙の通信キャリアを目指す」というのが主旨だ。
その背景として、現在の衛星通信に課題が多いことを挙げた。たとえば、とある低軌道衛星とひとつの地上局が通信可能な時間は1日約40分程度に限られており、大容量データの取得が難しいのが1つ。衛星とユーザーとの間の経路は複雑化しており、地上局をもつ事業者などとの個別契約、通信経路の設定も必要で、「スピーディな事業展開の足かせ」になっていると指摘する。
つまり、衛星の打ち上げや利用そのものはしやすい環境になってきたものの、地上側でのインフラが整っていないことが衛星データ活用の障害になっており、これを解決することで地上での衛星データの利用が容易かつスピーディになり、データを活用した新たな価値が次々と生まれる世の中になっていくという構想だ。
すでに宇宙関連企業やプラットフォーマーなど多数にユーザーインタビューを実施し、「一緒にやりたい」という言葉も引き出している。
丸岡社長は審査員ではなかったものの、今回のDemodayに参加し、このアイデアについて「NTTグループでなければできない」スケールの大きな事業であると太鼓判。「NTTグループの規模、技術力を考えると、我々は(宇宙産業における)プレーヤーの1人になれる会社だと思っている」と述べ、同チームによる宇宙事業の進展に期待感を示した。
第2位に選ばれたのは、2020年の新入社員2人チーム「コロコロコロッナ」の発案によるコミュニケーションサービス「TagTalk」。“オンラインで素晴らしい出会いを生み出す”をコンセプトとした新たなチャットの仕組みで、入社式がオンラインだったために人との出会いのきっかけがなくなってしまったという、新入社員ならではの気づきから生まれたアイデアだ。
入社式に限らず、懇親会、婚活など、人との出会いの場となるイベントが軒並みオンライン化したことで、見知らぬ人とのコミュニケーションが難しい時代になっている。「ただでさえ初対面の人と話すのは難しいのに、映像・音声のチャットではなおのこと難しい」という状況だ。既存のビデオ会議ツールなどによるコミュニケーションでは、ユーザーが複数の“ルーム”に分かれてチャットしている場合、他のルームの様子がわからず、飛び入り参加するのも気が引けてしまう。
TagTalkでは、ルームで話されている内容からキーワードを自動抽出し、それを外から見えるよう視覚化する。自分のよく知っている話題が出ていれば積極的にそのルームに参加しやすくなる、というわけだ。さらに、話題を作りやすくする機能も盛り込む予定だ。
同期の社員やオンライン婚活パーティ参加者らへのユーザーインタビューの結果、多くの人がオンラインイベントで「話のきっかけを求めている」ことがわかったとも話す。ビデオチャット関連市場は現在527億円規模と推定され、今後も拡大すると見られることから、将来性も期待できる。
表彰式では同社代表取締役副社長の菅原英宗氏がコメント。2020年の新入社員はいわば“リモートネイティブ”で、リアルな人間関係が築きにくく、仕事においても不安視されがちだと世間からは思われているが、「全く関係ないことがよくわかった」と同氏。サービスの性格上「他の商材、サービスとコラボレーションしやすいという声もある」とし、「リモートネイティブの力を存分に発揮してほしい」とエールを送った。
第3位に選ばれたのは、迷い猫をテクノロジーの力で見つける「ネコドコサーチ」を発表したチーム「Team Cats Me If You Can」。日本国内には飼い猫の数が945万匹おり、1日に200匹以上が迷子になって88.2%がそのまま行方不明になってしまうと言われている。ある「猫探偵」の元には、1回7万4000円かかる飼い猫の捜索依頼が年間800件もあるとのこと。
こうした迷い猫をすぐに発見できるようにするシステムとして考案したのがGPSデバイスとスマートフォンアプリを組みた仕組みだが、従来のGPSデバイスは人や物に取り付けることが前提となっており、バッテリー容量が小さいものでは探索できる時間が限られ、反対にバッテリー容量が大きいものはデバイスが大型で猫への取り付けには不向きだった。こうした技術面についての解決策はパートナー企業との検証段階にあり、今後実現性を確認していくとのこと。
実施したユーザーインタビューでは、とある愛護団体は「猫ちゃんが脱走したときに、生きていることがわかるだけでも飼い主は安心する。とても意義がある取り組み」とコメント。また、保護猫団体からも、保護した猫を新たな飼い主に譲渡しても「慣れない環境のためにすぐに逃げてしまう」という課題をもっていると話していたとのことで、こうした団体が有力な販売チャネルの候補になりうるとした。
表彰式では菅原副社長が受賞について、チームメンバーの「猫に対する愛情」が審査員に伝わったのが高得点につながったのでは、と分析。事業を進めるにあたってはさまざまなビジネスモデルを組み合わせ、価値をさらに高めるために実装の方法を工夫していく必要があるだろうとしたが、「猫に対する愛情とともに乗り越えて」と語った。
審査員特別賞に選ばれたのは、チーム「人生100年」が考えた脳の健康をAIで自動判定する高齢者向けのサービス「あたま定規」。認知機能について簡易にチェックできるサービスを提供することで、高齢でも健康的に働ける労働力を確保し、労働者不足の解消や、本人のQOLの向上につなげることを狙いとしている。「認知症支援マーケットは年5%程度伸びている」とも話し、2025年には679億円市場になると見込まれている。
仕組みとしては、NTT Comがもつ電話系サービス、音声認識機能などを利用し、電話越しに質問へ答えるだけで1分以内という短時間でその人の認知機能を自動で判定する。すでに簡易的に動作するプロトタイプを用いたニーズヒアリングや実証実験も行う予定とのことで、その結果を踏まえて「2021年には商用サービス開始にこぎつけたい」としており、実現の確度はかなり高い状態だ。
表彰式では同社相談役の庄司氏が、家族との間で運転免許証の返納について話題になっているという自身の状況も踏まえて、認知機能について「AIやITの力で客観的に判断できるのは素晴らしいこと」と話し、高齢化社会における課題解決の1つのソリューションになっていることに感銘を受けていた。
表彰式の最後には、丸岡社長や審査員らが今回のDigiCom2020を総括。丸岡社長は、各チームのメンバーに対して「新しい事業に向けた意気込み、熱意を感じ、心強く思った」とし、入社間もない若い社員が中心となって「新しいフィールドでできることを掘り起こす、そういう力になってくれると確信した」と語った。
同社アプリケーションサービス部長の工藤氏は「非常に充実した時間だった。選考に関しては点差がつかないレベルの高い内容で、実体験に基づいたものが何にも勝る」とコメント。イノベーションセンター長の稲葉氏は「昨年に比べてビジネスモデルの仮説への期待感が大きい」と述べてプレゼンテーションや内容の完成度の高さを評価するとともに、「オンラインでここまでできるんだと感動した」と語った。
DigiCom2020の企画段階から関わったフィラメントのCEO 角氏は、「みなさんならではの視点、実感を伴った課題意識、そこを出発点にしてビジネスアイデアとして魅力的に育っていった。そのプロセスを見ることができてうれしい。企業は社会をよくするための装置。この発表も事業化もプロセスの1つ。“社会をよくすること”を目指して、ぶれずに歩んでいってほしい」と注文した。
菅原副社長は「(利用者の多い)インフラを担う会社として、UX/CXは重要。ユーザー目線、消費者目線、自分たちの困りごと目線などから出てきているアイデアが多く、そういう(UX/CXにつながる)着眼点で取り組んでいたのがよかった。今後ニューノーマルのなかでいろいろなビジネスチャンス、課題が見えてくると思う。今は変化の時期なので、NTTコミュニケーションズとして貢献できる領域はもっと増えていく」とし、次年度以降のDigiCom参加者への期待感も示した。
なお、CNET Japanでは2021年2月にオンラインカンファレンス「CNET Japan Live 2021 〜『常識を再定義』するニュービジネスが前例なき時代を切り拓く〜」を1カ月間(2月1〜26日)にわたり開催する。こちらで、DigiComのキーパーソンであるNTTコミュニケーションズ イノベーションセンター プロデュース部門の斉藤久美子氏や、今回のDemoDayで1〜3位に輝いたチームに登場してもらう予定だ。後半では質疑応答の時間も設けるので、DigiComの取り組みをより深く知りたい方はぜひ参加してほしい。
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