この「テレコラボ戦略」の連載も今回で10回目。節目の機会なのでそもそも「テレコラボ戦略とは」という点についてまとめてみたいと思います。
テレコラボ戦略は、コロナ禍によって生じた企業組織内の変化と社会全体の変化に立脚しています。そのうち、企業組織内に生じた変化とはひと言でいうと「働く際の制約から個人が解放されたこと」です。
以前はオフィスに従属していた「働く」という行為がテレワークによって閉じた空間から解放されたわけです。これにともなって、個人の時間の自由度も格段に上がりました。また、たくさんの人が1カ所に集まることで生み出されていた相互監視や同調圧力からも解放され、働く個人がさまざまな制約から「自由」に活動できるようになったと言えるでしょう。
一方で、自由には負担もともないます。自由を行使するためには、自ら考えて意思決定するための「思考コスト」が必要となります。コロナ以前は、細かなところまで会社がルールを決めることで社員の思考コストは最小化されていたのですが、そのかわり、大きな作業コストとなる満員電車での通勤や身だしなみにかける時間からは逃れられませんでした。テレワークでこの思考コストと作業コストの関係は逆転することとなります。
テレワーク下においては、細かいルールは会社で決めようがないですし、千差万別の労働環境の中でルールを決めても意味がない、あるいは突然のことでルールを決めることもできなかった。だから個人が自らの状況に最適な働き方を自ら考えて決めていくしかないわけです。結果、作業コストが大幅に減る代わりに思考コストが大きく増えました。
私の周りでもテレワークに最適化していたのは思考コストに順応できた人たち。言い換えると形式や前例にとらわれずその場で合理的な意思決定をスムーズにできる人たちでした。そして、今回のテレワークに順応したそうした人材の持つ「自律的・能動的に考えて動ける」スキルは、自らの仕事の付加価値を高めていくためにとても有利です。
以上のように、企業内で起こった変化とは、働く際に発生していた制約から個人が解放され自由になったこと、そして自由になった代わりに思考コストが働くためのキーファクターになったことです。この変化に適応できる自律的・能動的な人材をいかに増やしていくかは企業にとって大きな課題となるでしょうし、また後で詳しく触れますが、そうした人材はテレコラボ戦略のためにも重要な資源となります。
以上が企業内部で起こった変化だとすると、社会全体の変化はどういったものか。それは、上記の「働く制約からの解放」が1社だけでなく、日本中の企業に起こり、社会全体の共有体験となったということです。これによって社会全体の開放性が高まり、会社の垣根を超えてさまざまな人とつながるハードルが下がったとも言えます。
社会全体がオフィス空間に縛られなくなったことにより、国中で一斉に「時間の使い方」が自由になり、テクノロジーを使ったリモートコミュニケーションが一般化しました。リモートコミュニケーションのためのデジタルツールやインフラ、リテラシーが普及し、その結果、リモートでの信頼関係(リモートトラスト)構築に長けた人であれば、いつでも誰とでもつながりやすい社会が出現しつつあります。
社会全体の開放性が増し、これまでの感覚だとつながることが難しかったような著名な方とも、気さくに話をしたりつながれる機会も増えてきています。なぜなら自粛期間には、普段は忙しい著名な方であろうとも家に籠っていたからです。
ちょっと極端な例ですが、僕の友人であり、ヤフーアカデミア学長にして「1分で話せ」というベストセラーの著者でもある伊藤羊一さんは、自粛期間中のスキマ時間を、初対面の方を含めた多くの方の人生相談の時間に充てられていました。
もっと一般的な例としては、イベントのオンライン化もつながる機会を増やしています。今までリアルで開催されていた展示会やカンファレンスなどのビジネス系イベントの多くがオンライン化してきています。
オンライン化にともなって、移動のための費用や時間などの参加コストは極小化し、結果、参加者が大きく増えています。また、参加者は1日に複数のイベントに参加して、収集可能な情報の量やつながれる人の数を著しく増やすことができるようになりました。
そうした、情報収集やつながりを増やす活動は業務時間だけでなく、オンライン飲み会や夜間に開催される各種のセミナー系イベントなどもあり、個人が自分のスキルとリレーションを自由に拡張する機会を得やすくなったと言えます。
こうして生まれた2つの変化、「自由の増大」と「つながりやすさの増大」を企業は自らの成長のためにどう取り込んでいくべきでしょうか。そのキーワードは「イノベーション」です。多くの日本企業にとっての喫緊の課題がイノベーションであることは、多くのビジネスパーソンが同意されるところかと思います。
経営学では一般的にイノベーションとは既存の「知」を組み合わせた新結合であるとされています。そして企業がビジネスでイノベーションを起こすには、社外にリレーションを広げて自社内の知見やアセットと組み合わせるべき「知」を広く探索していく必要があるとされています。これが「オープンイノベーション」というイノベーション創出の考え方です。
今回のコロナ禍による「自由の増大」と「つながりやすさの増大」は、このオープンイノベーションを実行するために必要となる時間、場所、活動のコストを大きく下げ、その機会を広げました。この変化を活かし、「社外とのつながりを積極的に拡大して、イノベーションにつなげる」ことを戦略的に実行していくべきであると考えるのが、テレコラボ戦略の基本思想です。
また、自由の増大とつながりやすさの増大は企業活動以上に、個人の活動に大きな影響をおよぼしています。使える時間が増加し、つながる選択肢が増えたことをどう解釈し、どう活かしていくのか、どのような戦略のもとに増大した自由を使っていくのか。時間と自由を原資としてつながりを増やし、個人が自身の成長につなげることもテレコラボ戦略の重要な側面です。
では具体的に何をすればいいのか?これについては、次回、個人レベルと企業レベルで見ていきたいと思います。
≪第11回に続く≫
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。
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