Apple Watchの発売から5年--「アップルに破壊されたスイスの時計業界」は本当なのか?

 Apple Watchが発売されて2020年4月24日で5年を迎えた。そうした中、『Forbes Japan』のウェブサイト版が「アップルに破壊されたスイスの時計業界」という大仰しいタイトルの記事を掲載した。通読し、その後、反論にも目を通した。

 それぞれの主張は興味深かったが、残念ながら、いずれも十分な説得力を伴っていなかった。というわけで、時計の世界に生きている筆者はApple Watchを含むスマートウォッチの台頭をどう見ているのか、そして未来に何が起こるのかを、少しばかりの裏付けと共に述べようと思う。

スマートウォッチの普及は時計業界にとってプラスに

 結論を先に言うと、長期的に見れば、スマートウォッチの普及は時計業界にとってプラスになる、だ。以下は、その論拠となる。

 2015年4月24日Apple Watchがリリースされたとき、筆者は2015年がスマートウォッチ元年になると紙面に記した。以降、Apple Watchの出荷本数は急増し、2018年には、調査会社のIDCが、2017年の10から12月に出荷されたApple Watchの本数は、スイスの腕時計業界全体の出荷本数を上回ったとレポートした。正確な本数は明らかにされていないが(2017年は約800万本、2019年は約2300万本という説がある)、単一のメーカーとしては、間違いなく世界一だろう。

Apple Watch Series 5
Apple Watch Series 5

 スマートウォッチの広まりは、確かに時計業界に影響を与えた。中でも大きなインパクトを受けたのは、1000ドル以下の価格帯だった。モバードグループで技術部門の副社長を務めるフィリップ・ウォン氏は、2018年の香港ウォッチ&クロック・フェアでのカンファレンス内で、次のように説明した。

 現在、1000ドル以下の価格帯で伝統的な時計が占める割合は53%、スマートウォッチが36%、アナログ針を持つハイブリッドスマートウォッチのシェアは11%と述べた。モバードグループではない某メーカーの調べによると、北米市場において、500ドル以下の時計のシェアの半分は、スマートウォッチ及びハイブリッドウォッチ(いわゆる広義のスマートウォッチ」で占められたという。少なくとも、1000ドル、あるいは500ドル以下の価格帯において、広義のスマートウォッチは無視できない存在になったわけだ。

時計業界は全面的に打撃を受けたのか?

 では、既存の時計業界が全面的に打撃を受けたのかというと、必ずしもそうではない。ユーロモニターインターナショナルのヨルグ・マーティン氏は、同じカンファレンスの中で、既存の時計市場とスマートウォッチの市場は両立できると指摘し、いくつかの裏付けデータを述べた。

 彼は2015年から18年にかけて、伝統的な時計メーカーの売り上げが回復傾向にある一方で、積極的にスマートウォッチを追求してきたフォッシルの売り上げが急減したと説明した。スウォッチの売り上げは1.13%増、ロレックスは2.85%増、カシオは5.88%増、対してフォッシルは2.99%の減。マーティン氏は「(デザインとブランド化に乗り出した)セイコーは差別化の大変に優れたサンプルである」と強調した。好景気がこれらのメーカーの売り上げ増に寄与したのは間違いないが、それを差し引いても、スマートウォッチが影響を与えていないのは意外だった。

 スマートウォッチが時計業界の脅威になるとは限らないのは、G-SHOCKを擁する、カシオ計算機(以下カシオ)の売り上げを見ればいっそう明らかだ。2019年の5月4日に、同社は中期経営計画を発表した。これに従うと、カシオ計算機は2018年度の2982億円という売り上げを、2021年には3600億円まで引き上げる予定である。成長のコアに据え付けられたのは時計部門である。資料によると2018年度の時計部門の売り上げは1718億円。対して2020年度には2000億円を見込んでいるという。

 強気の計画を支えるのは、G-SHOCKの出荷本数増だ。2007年に240万本だった出荷本数は、2014年度は730万本、18年度は950万本まで急増した。2015年以降、成長率は鈍化しており、それはスマートウォッチの影響と考えられるが、それでもなお、カシオは時計部門の成長率を、3年平均で約10%と予測している。G-SHOCKの価格帯はApple Watchを含むスマートウォッチにバッティングしているが、カシオの野心的な中期経営計画は、必ずしもスマートウォッチが、既存の時計市場をカニバっていないことを示している。

 もっとも、G-SHOCKのようなブランドは例外だ、という指摘もある。スイス時計協会FHのデータによると、スイスの時計業界は2000年度に2718万本(個)のクォーツ時計を出荷していた。これらの多くは、1000スイスフランの価格帯にあると推測できる。出荷額は48億6200万スイスフラン。これは05年度には2099万本(個)、42億9500万スイスフランまで下がった。以降2015年まではほぼ横ばいだったが(2035万本(個)及び39億7800万スイスフラン)、2019年度は、1339万本(個)及び33億8100万スイスフランまで減少した。どの調査をとっても、スイスの時計メーカーが1年間に製造するクォーツ時計よりも、Apple Watchの生産本数のほうが大きいことは間違いない。

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