駅ナカの飲料自動販売機(以下、自販機)「acure(アキュア)」の運営や、オリジナルブランド飲料などを手掛けるJR東日本ウォータービジネスは、「インバウンド向け多機能自販機」を用いた実証実験を2020年3月より、山手線駅5カ所を手始めに実施する。ティファナ・ドットコムが手がけるAIシステム「AIさくらさん」を搭載し、多言語対応や多数のコンテンツを提供するインバウンド向け多機能自販機を展開する目的や意義を、同社営業本部 自動販売機事業部 北澤美里氏にうかがった。
――まずはAIさくらさんを搭載したインバウンド向け多機能自販機の概要を教えてください。
和柄をモチーフにした自販機にAIを搭載し、多言語で商品案内などをします。正面には15インチのタッチパネルを搭載して、お客様が実際にタッチ操作し、ピンクのアイコンをタッチするとマイク機能が起動して、口頭による質問へ対応するようにしました。また、自販機上部にあしらった国旗は対応言語を示しており、日本語以外に英語、中国語(簡体字・繁体字)、韓国語に対応しています。JR東日本(東日本旅客鉄道)が訪日外国人旅行者向けICカード「Welcome Suica」を販売していますので、Suica等交通系電子マネーでの決済方法を紹介するようにしました。
他の機能としては駅構内や乗り換え案内情報、天気予報を表示し、飲料を購入せずに利用可能です。顔認識システムを用いたお客様の性別や年齢層に応じた商品のレコメンド、現在は開発中ですがスマホアプリ(スマートフォンアプリケーション)を通じてお客様からの口コミ情報を掲載する予定もあります。一部の機能は実装が遅れるかもしれませんが、最終的にはすべて実現するつもりです。
自販機の設置箇所予定は、東京駅 地下1階京葉線コンコース、および1階丸の内南口改札付近KIOSK前、新宿駅 2階南口コンコース、および1階中央コンコース、上野駅 3階公園口コンコース、および中2階コンコース、秋葉原駅 1階中央コンコース、ここまではすべて改札内で、秋葉原駅 1階中央改札出口のみ改札外です。これらを始めにして、順次設置していきますが、約半年間にわたって実証実験する見込みです。そして、約半年間実証実験します。
――「AIさくらさん」はどのように選定したのでしょう。
もともと、JR東日本が2019年12月から駅構内を案内する実証実験「案内AIみんなで育てようプロジェクト」に取り組んでいました。数社が参加しましたが、そのうちの1社であるティファナ・ドットコムのAIさくらさんが自販機との親和性が一番高かったため、採用させていただいた経緯があります。AIさくらさんは自販機設置場所によって衣装や髪型が異なり、たとえば高輪ゲートウェイ駅用では期間中にオリンピック・パラリンピックのパブリックビューイングを開催する予定のため、チアガールの衣装で選手たちを応援するイメージを持たせました(画像参照)。システムを開発したティファナ・ドットコムから「衣装や髪型も変えられますよ」と提案いただいたときに、自販機設置場所に合わせて変えるのも面白いよね、と。他にも着物や忍者、パンダといった衣装も検討しています。
――「インバウンド向け多機能自販機」のプロジェクトは、いつごろから動き始めたのでしょう。
2018年秋ごろにスタートしました。Takanawa Gateway Festの開発側から「面白い自販機を設置してくれませんか」というお話をいただいたのと同時に、ティファナ・ドットコムを紹介してもらったLLP(JREロボティクスステーション有限責任事業組合)からも最新機能を備えた自販機の提案をいただきました。我々もオリンピック・パラリンピック開催に合わせて「何かやりたい」という意見が多かったことから始まりました。インバウンド向け多機能自販機開発チームを設置し、「どんな機能が必要?」「形を変えた方がいい?」など皆で話し合って1つずつ決めていきました。当初は通常の自販機を活用する予定でしたが、タッチパネルや音声案内機能などを実装して現在の形に至った次第です。
――開発に着手するためには上層部の承認が必要だと思いますが、稟議(りんぎ)などの手続きはどのように進みましたか。
社内の経営会議にかけて、社長のGoサインをもらいました。当時は「このラッピングにする目的は?」「このキャラクターの役割は?」「この機能でお客さまの何を解決するの?」などいろいろと厳しいこともいわれ、落ち込んだ記憶もあります。立ち話レベルを含めたら10回以上のやり取りの末、アドバイスを踏まえた機能を実装しています。Takanawa Gateway Fest開設という締め切りと、限られたコストを鑑みながら可能性を判断して現時点でのベストを尽くしたつもりです。
――実証実験では、どのようなことに重点を置きますか。
「外国人のお客さまが自販機を利用するにあたり何に苦労しているのか」「それはどのような機能があれば解決され、購入につながるのか」を把握することです。全ての機能が有効に働く必要はなく、効果が見込めるものを今後既存の自販機に展開できればと考えています。
――インバウンド向け多機能自販機は外国の方に使ってほしいと思いますが、どのようにピーアールしていくのでしょう。
そうですね。弊社も台湾・香港からの訪日外国人旅行者向けウェブサイトにページを持っており、2020年4月ごろから情報を掲載する予定です。現時点で詳細を明かせませんが、他にも訪日外国人旅行者向け媒体を通じてアピールし、周知したいと考えています。以前から既存の自販機でも、利用者の使用言語に合わせて翻訳文を表示させるQR Translatorのステッカーを貼っていましたが、実際の利用履歴を見ると半数が日本人です。AIさくらさんは当然ながら日本語に対応していますので、インバウンド向け多機能自販機とはいいつつも、日本人の利用は相当数あるでしょう。エキナカでの需要は高いですが、飲料購入と直接関係のない機能を付随することで、飲料購入に結び付けたいと思っています。
――このプロジェクトに携わった感想はいかがですか。
自販機は、さまざまな可能性があって面白いですね。先頃アンケート調査をして外国の方にも意外と使われていることがわかりましたが、購入シーンを目にすることは多くありません。何らかの困りごとがあると察しますので、今回の実証実験を通じて支援できる方法を見いだしたいと思います。ただし、コンテンツ作成は高いハードルがありますね。自販機の製造や実装を期日までに完成させなければならないことも、苦労が多い部分でした。
――貴社にとって自販機はどのような位置づけでしょう。将来的に「自販機はこうあるべきだ」と想定していることも併せて教えてください。
通常の自販機と、駅ナカにある自販機は若干異なります。エキナカでの自販機ニーズは多岐に渡ります。例えば、スピーディーに購入したいお客さまのために、Suicaでの決済がすべてのアキュアの自販機で可能です。またタッチパネル式のイノベーション自販機は、アプリと連携させることでキャンペーンやタイムセールなど従来の自販機にはない買い方ができるようにしました。イノベーション自販機は単に飲料を購入したいだけではなく、そこに「楽しみ」を求めるお客様の欲求を満たす存在です。将来的な視点で見ると、自販機に求める需要が多様化するのではないでしょうか。「喉を潤すだけではなく、心も潤す」といったような提案をしたいと思っています。
他方で弊社は飲料自販機がメインですが、親会社は「NewDays」「KIOSK」などを運営するJR東日本リテールネットなので、グループ間連携をうまく機能させれば、より良い駅ナカ体験を提供できます。
――御社は新規事業を生み出す仕組みなどはありますか。
目的はビジネス創出ではなく社員教育プログラムの一環ですが、社員がやりたいことを提案する場は年1回開催しています。考えたアイデアが役員の承認を得ると、1年間の活動期間を得て、場合によっては予算も付きますが、具体的にビジネス化したケースはまだありません。ただ、新しいことを始めるハードルは低く、若手の意見をくみ上げる点や挑戦を評価する雰囲気がある会社だと思います。
2019年10月から開始した自販機初のサブスクリプションサービス「every pass(エブリーパス)」は社内プロジェクトで実現しましたが、サブスクリプションが主体ではなく、スマホアプリで購入した商品を駅の自販機で受け取れる「アキュアパスを活用したサービスを考える」がお題目でした。サブスクリプション型に至ったのは部署横断型で5人のプロジェクトチームが考えた結果です。その意味でもビジネスを創出する土壌があると思います。
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