この新たな研究所でオープンイノベーションをやってほしいと会社から要望があった。具体的には、3つの点でシフトしていく狙いがあった。「日本の化粧品メーカーからグローバルなビューティーカンパニーになること。化粧品以外にもビューティーに貢献できるプロダクトやサービスはたくさんあると思うので、そういうものを生み出していきたい」(中西氏)。
また、メーカー視点でのものづくりからお客様との共創へのシフトも取り組む。「昔はメーカーがたくさんの情報を持っていて、それをお客さんに提供するスタイルだったが、現在はSNSの浸透もあり、他社製品も含めてお客様の方が知っているということも多くなってきた」と中西氏はその理由を説明する。
そして研究に没頭できる環境からファッション・トレンドに触れることへのシフトも狙う。「誰のために作っているのかを、実際にその人たちを見たり、感じたりしながら研究して欲しいというディレクションがあった」(中西氏)。
これらを踏まえ、中西氏が担当するオープンイノベーションプログラム「fibona」は4つの方向性を定めている。ひとつは、「Collaboration w/startups」。ビューティーテック業界を中心とするスタートアップ企業との共創プログラムだ。「アカデミアや大企業とは共同研究を行ってきたが、スタートアップとの共創はチャレンジできていなかったので、今後加速していきたいと考えている」(中西氏)。
2つめは「Collaboration w/consumers」。お客様とともに"もの"を作ることをやっていくという。3つめは「Speedy Trial」。中西氏は「同じ悩みを抱えている企業は多いのでは」と前置きしながら、「世の中にローンチするには、大量に生産した際の安定性を確保した状況で出す。これには時間がかかる。また、設備導入などをする場合には、その費用がまかなえるのかといった議論を長くしていると、先にOEMから類似商品が出てしまうことがある。そのジレンマに悩まされていたので、それを打破するためにクラウドファンディングの活用やベータ版のローンチなどをいち早くできないかと取り組んでいる」と述べた。
最後は「Cultivation」。ビューティー分野に関連する異業種メンバーと資生堂研究員とのミートアップだ。いろいろな視野を持つことを目的に、2カ月に1回開催している。
中西氏がオープンイノベーションプログラムの設計を行ったときに考えたことは2つあった。「オープンイノベーションが資生堂内で有効に働くのはどのような切り口か」「どのようにしたら、プログラムが単体で機能するのではなく、世の中のイノベーターや既存の資生堂の社内の活動や仕組みにブリッジさせ、ビューティーイノベーションのためのエコシステムを形成できるか」だ。
「オープンイノベーションは会社によってさまざまな文脈があると感じていた。だからこそ資生堂のR&Iとしての切り口はかなり考えた。資生堂のミッションを叶えるひとつの手段としてfibonaがある、ということを重要視している。また、スタートアップなどの外圧を使うものと内側の研究員の熱とのバランスを考えて、4つのプログラムを設計した。また、資生堂の場合は既存事業とは切り離さず、既存事業にも貢献するという位置付けで実施する方向性が適していると考えている」(中西氏)。
中西氏は「Collaboration w/startups」での取り組みを説明した。米国に関しては、2つの事例を紹介した。「MATCHCo」はスマホで肌色をセンシングし、自分にぴったりのファンデーションが判定されるパーソナライゼーションサービスだ。そのサービスを提供する米国企業とジョインして、資生堂の米国ブランドで展開している。「Giaran」はスマホやウェブ上でメイクアップのシミュレーションが可能なサービス。こちらもその会社にジョインし、サービス開発を一緒に行っている。
日本ではどうすべきか、異業種のオープンイノベーションプログラムを担当する人や自治体などを呼んでカンファレンスを開き、そこでさまざまな立場からの話を聞き、社内で検討したという。そこで出た結論としては、「研究開発を一緒に行うパートナーとしてスタートアップをとらえる」ことだった。「そのスタイルをきちんと伝えて、それでも弊社と一緒に取り組んでもらえる会社を募集した。その中から3社を選定し、いま共創プログラムを開始している」(中西氏)。
中西氏は3社の説明をした。Digital Artisanは3Dのモデリングとスキャニング技術を持つ企業だ。美容業界では肌の内部などミクロなモノに対する3D技術はあるが、顔全体の捉え方は難しいため共創を行うことに決定した。ユカシカドは尿の成分を解析し、それにあったサプリメントを提供する事業を持つ会社だ。「ヘルスケアではなくビューティーの分野でどのような研究開発が創出できるか、いま考えているところだ」と中西氏は述べた。no new folk studioはスマートフットウェア「ORPHE TRACK」を販売する会社だ。「ランニングステーションとの相関関係もある。動きや姿勢の美しさについても追及したい」(中西氏)。
「Collaboration w/consumers」の取り組みは、「toCの会社らしさ」を大切にした。「たとえば、ランニングステーションには資生堂のシャンプーやボディソープ、スキンケア商品を置いている。夏場は日焼け止めに関してランナーが心地よく使用していないのではないかという仮説があり、研究員とお客様とで一緒に同じプロダクトを同じように使うなどして、改善の方向性を共に感じたり考えたりし、その後、改善されたプロダクトに対してさらに意見をいただく機会を設けた」(中西氏)。
また、Z世代との共創を行うプログラムも実施した。「Z世代の価値観はこれまでの世代と大きく違うと言われていたので、顔を“盛る”とはどのようなことか、また、今の美容に関連するプロダクトやサービスをどう捉えているかを知り、そのニーズに合うアイデアを一緒に考えた」(中西氏)。今はプロトタイプを作ろうとしている段階とのことだ。
「Speedy Trial」に関しては、「イノベーターはスタートアップのCEOなど、社外にいると捉えられがちだが社内にも情熱を持ってやっている人は多く、それが資生堂にとっては一番の資産」と中西氏は語り、そのパフォーマンスをもっとも発揮するにはどうしたらいいかを考えているという。そのため、クラウドファウンディングのプラットフォームを有する「makuake」と取り組みを行っている。
「Makuake Incubation Studio(MIS)」は、大手企業の新規事業創出に対して商品企画から人材育成まで同時にサポートするプログラムだ。資生堂からは参加者が10~15名ほど参加している。
最後のコンセプト、「Cultivation」は内側と外側のコラボレーションを期待している。「オープンイノベーションは、研究員の視座にも影響を与えると考えた。去年1000人ぐらいの人と名刺交換をし、世の中にはいろいろな人がいて、私の考え方に影響を与える人が他社や他業界にもたくさんいると改めて感じた。多くの人に会い、いろんな意見を聞くと注意散漫になるという指摘もあるが、回り回って会社や自分の価値観、自分の強みを再認識すると考えている」と、中西氏は社外とのコミュニケーションの重要性を語った。
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