朝日インタラクティブは2月18~19日に開催したイベント「CNET Japan Live 2020」において、パーソルプロセス&テクノロジーで社内ベンチャーSEEDS COMPANYを率いる陳 シェン氏が「新陳代謝2.0」と題した講演を行った。2015年10月より立ち上げた社内ベンチャーと2つの新規事業について、妄想期・立ち上げ期・奮闘期の3フェーズから振り返り、新規事業の「爆速成長」に欠かせない重要なポイントを紹介した。
SEEDS COMPANYでは、アルバイト・パート採用領域で、2つのSaaSを提供している。採用支援/管理システム「HITO-Manager」(ヒトマネジャー)と、2019年10月29日にリリースした、スマート採用支援ツール「x:eee」(エクシー)だ。パーソルが大切にしている「人」の力に「テクノロジー」を加え、「寝ていても採用が進む世界」を目指すという。
本記事では、パーソルプロセス&テクノロジーのイントレプレナーである陳氏が、新規事業の失敗や危機から何を学んだか、テンポよく語り尽くした50分間をレポートする。
祖母から「この世に生を授かったからには、世の中に役立つことをしないと意味がない」と聞かされて育ったという陳氏は、リーマンショック直後の2009年、パーソルキャリア(旧インテリジェンス)に入社した。
リーマンショックの影響で、入社と同時にUSENへ出向。インターネット回線個人向け販売に従事し、売上全国トップ、最年少でチームリーダー昇格を果たす。インテリジェンスに戻った後も、求人媒体広告事業で大活躍。リテール営業において、営業実績の営業達成率が300%を超え、大手顧客営業では他の営業と比較して1桁違う売上を達成。売上全国トップとなり、最年少でゼネラルマネジャー昇格を果たす。
圧倒的な存在感を放った営業時代を経て、陳氏に大きな転機が訪れたのは、サービス企画への異動だ。企画と営業を兼務する組織を立ち上げ、赤字だったHITO-Managerを、1年という短期間で黒字転換。しかしここで、大きな違和感を感じ始めたという。
「採用担当である店長さんはすごく忙しく、多くの方が採用活動に精通していない。しかし店舗が忙しくて人が辞めてしまうと、さらに採用しなければならず、負のスパイラル。採用についての相談先は、求人媒体の営業担当だが、予算達成のために営業員は予算が大きい企業に注力せざるを得ないのが実情」(陳氏)
こうした状況で営業を続けるなか、陳氏は「すごく気持ち悪いと思うようになった」という。
「4年間、僕が営業している間、相対しているお客様の課題が変わっていない。困り事も変わっていない。もっというと、その状態に対して僕が提供しているサービス・ソリューションも変わっていない。営業個人の能力に頼るのには限界があり、テクノロジーがこんなに進化しているのに、人材業界のビジネスモデルが50年近く変わっていないのはおかしいと思った。」(陳氏)
この違和感こそが、新規事業を“妄想”する始まりだった。「寝ずに働く店主を救いたい」との想いは、社内ベンチャーSEEDS COMPANYの種となり、HR×Tech構想を生むこととなる。
たくさんの課題を抱える採用担当者のため、新しいサービスを作りたいと考えた陳氏は、すぐに動き始めた。まず、課題をヒアリングできた顧客に対し、ソリューション案を提示し意見を聞いた。新規事業の研修やイベントに参加して提案も試みた。
ITを活用したデータドリブンの新規事業は、既存事業とコンフリクトするという上司層には、ネガティブな意見やビジネスモデルのイメージが湧かないなどの意見が多かったので、当時陳氏が所属していたパーソルキャリアの社長やCTO、役員といった経営層の数名と直に会って現場の課題を説明し、理解を求めた。幸いにも、経営層には理解者が多くいたという。経営会議に持ち込む前には、「こういうやり方は本当は嫌い」としながらも、社内のさまざまなステークホルダーたちとの調整を入念に行なったという。
ソリューションを磨き、組織を動かし、ようやく新規事業立ち上げのスタートラインに立てた当時を振り返り、陳氏は「想い」こそ最重要だと強調した。それは新規事業立ち上げに際して、想定しきれないさまざまな壁が立ちはだかったためだ。
最初の障壁は、社内ルールだった。優秀なエンジニアを自前で採用したくても、特定のグループ会社へ外注するよう求められた。「自分たちで100%の責任を持ち、スピーディーに事業を進めるために」と、組織内にプチ人事機能を置き、企画の人と説明しつつも自前でエンジニア採用を強行した。
また営業用のPCで開発を強いられたときは、ネットで最安値を調べ、秋葉原でMacを自腹で買った。「Mac10台分の立替清算、承認されなかったらどうしようと思ったけれど、何よりMac10台を運んで帰るのが重たくて大変だった」と話し、会場を和ませた。
開発環境構築に至っては、もはや強行突破。初期の開発においては、自社のオンプレミスではなくAWSの開発環境を作り、自身のクレジットカードで契約。「毎月、いくら引き落とされるのか、ドキドキした」と陳氏。今では新サービス開発にMac、AWSの利用が許され、今ではクラウド利用はパーソルグループ全体に浸透しているという。
当時、大切だと考えたことは2つある。1つは、自分たちで責任と権限を持って素早く動ける組織を作ること。もう1つは、キャッシュエンジンの既存事業とともに新規事業を立ち上げることだ。自ら黒字化したHR TechサービスのHITO-Managerを、SEEDS COMPANYへ移管、最初から組織に売上がある状態で新規事業に着手した。
しかし、SEEDS COMPANYが立ち上ったのとほぼ同時に、消滅の危機が襲い掛かかる。アルバイト業界にも、SEEDS COMPANYという存在にも、これまで関わりのなかった人物が、新しくボードメンバーに加わり新規事業に難色を示したのだ。ある意味“客観的”だったのだろうか。
陳氏は日夜、顧客のニーズを把握している現場を武器にして、「SEEDS COMPANYの新規サービスをローンチさせたい」という声を届けた。最も効果があったのは顧客の声。顧客との打合せに同席を願い、「SEEDS COMPANYの新規事業に賛同している。これがないとダメだ」といった話を直接聞いてもらって説得し続けた。
こうしてなんとか生き残るも、またもや緊急事態発生。順調だと思っていた新規サービスの開発が全く進んでいなかったのだ。当時の心境は「地獄だった」と一言。自分自身のものづくりに対する知見の欠落、アジャイル開発をしようと決めただけで開発体制を構築できていなかったことなど、課題を洗い出した。
ここで開発を任せっきりにするのはダメであり、みんなでやっていくべきことに気づく。さらに、アジャイルでちょっとずつ開発してのだから、ちょっとずつ確認する周期を作る必要があるということにも気づく。そのため、開発物の共通認識から開発フェイズ、確認、リリースへという周期を作り、上記の体制に変更した。
「アジャイルとは納期がないものだから納期通りにはできない」「開発中に話しかけられたら集中できないから、会話は全てslackで」など、組織内は混沌としていた。
陳氏はまず、自らエンジニアリングを学んだ。チーム内でお互いに感謝を伝えあえるサービスを、学んだばかりのRuby on Railsで作った。
納期を守れない、手戻りが多いという課題に対しては、タスク分割を行なった。
体制も変更して、陳氏の直下に、プロジェクト全体を統括するPMを配置した。
また、原点に立ち返り、「自分たちは何者で、何を目指しているのか、どういうサービスを作っていきたいのか」を議論するため、ロングミーティングを何度も繰り返し、認識をすり合わせた。
その結果、組織に一体感が生まれ、手戻りがなくなり、開発は納期通りに進み始めたが、さらなる問題が生じたという。「事業スピード」と「エンジニアの自由な発想」という、新規事業に欠かせないものを失ってしまったのだ。
新たな課題に直面したが、新しいエンジニア責任者を迎え、新体制で打開策を講じた。外部から人材を招き入れた非連続的な成長は時として軋轢を生むが、陳氏は既存メンバーに十分配慮し、このように説いたという。
「僕たちは、改善、改善を積み重ねてきた。連続的な成長はもうできるのだから、これからは非連続的な成長も目指していこう。顧客の目線に立ち返って考えたら、もっと素早くいろんなことをしていかないといけない。やり方を変えてみよう。今までもたくさんの改善をしてきたように、変化への適応も我々の強みではないか。もしうまくいかなかったら、元に戻せばいいよ」
「自分たちが理想とする組織が、ようやくでき始め、ユーザーが本当に欲しいものを作り始めることができた」と陳氏は話し、新サービスのx:eeeをお披露目した。スマートフォン1台で採用活動を完結できる、目新しさからか注目度は高く、すでに100以上のメディアに取り上げられたそうだ。
「x:eeeを使うことで、これまで困っていたことが解決できたという、ユーザーの声が一番嬉しかった」と陳氏は笑顔を見せ、最後に今後の展開を語った。
「アルバイト・パート採用領域では、法人は慢性的な人手不足。一方で働き手のニーズは多様化している。例えば1日のうち数時間だけ働けるオンデマンドワークサービスが台頭しているが、こうしたニーズに適応できていない法人は多い。採用活動に関する情報入手経路は依然として少なく、新しいサービスを知らないこともある。x:eeeは、新しいサービスと法人を繋ぐプラットフォームを目指し、ゆくゆくはスマートスピーカーに話しかけるだけで採用を始められるような“思考停止型の今までにないユーザー体験”を届けたい」
陳氏は冒頭、「新規事業は、これからの世の中を生き抜いていくための道しるべ」だと切り出したが、講演の締めくくりには比喩を用いて、VUCAの時代における新規事業にチャレンジする魅力をこのように示した。
「大きな岩を、山の頂上まで押して持っていくのはものすごく大変だけど、いざ頂上についてポンと押すと、ものすごいスピードで転がっていく。新規事業はこれと同じ。形にするまでは、不確実性が高くとても大変だけど、いざサービスを開始しユーザーの課題を解決できると、これまで体感したことのないような爽快感がある。新規事業は間違いなく、VUCA時代の不確実性を乗り越えていくためのフレームワークとなるだろう。不確実性いかに楽しみ、どう乗り越えていくか。ぜひ新規事業にチャレンジしてほしい」
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