月額4万円から、全国の物件に住み放題のコリビングサービス「ADDress」が、本格始動に向け、着々と拠点を増やしている。宮崎県日南市に7月にオープンした「ADDress日南」も、拡大しつつある拠点の1つ。しかし、油津商店街の真ん中という立地や、レコードが聴ける1階のオープンスペースなど、ユニークさが際立つ。
ADDressの拠点は、物件を所有するオーナーからサブリースするのが一般的だが、日南の拠点は、現在唯一のADDress所有物件。運営を地元、油津商店街の地域振興に取り組む会社、油津応援団が担っている。
油津商店街は、数年前まで「猫も歩かない」と言われたほど閑散としていたシャッター通りだった。しかし地域再生請負人を雇用し、4年間の期限付きで再生に着手。数年前からIT企業の誘致に成功し、現在11社が商店街にオフィスを構えている。
商店街はL字型で、ADDress日南は角地に位置。元は果物屋を営んでいたが、十数年前に閉店し、長らく空き店舗だったという。築70年程度だが、2階が住まいとして使われていたこともあり、状態はそれほど悪くなかった。
ADDressでは約2カ月かけてリノベーションを実施。設計デザインと施工は、日南のインテリアデザイン事務所であるPAAK DESIGNが担当した。木造家屋を活かし、2階の居室は、若干のレイアウト変更と修繕にとどめ、1階をオープンスペースへと生まれ変わらせた。
「1年ほど前から、少し上の年代の人が集まれる場所を作りたいと考えていた。ワークショップなどを重ね、周りの人に意見を聞いてみると『レコードを聴ける場所がほしい』と。そういう場所を作りたいと考えていた時に、ADDressの人たちと出会った。話しを聞いてみると1階は地域に開放したいとのこと。それであればということで、話しを進めた」と、油津応援団 代表取締役の黒田泰裕氏はきっかけを話す。
ビートルズからアース・ウインド & ファイアー、YMO、大滝詠一など、約80枚のアナログレコードが並べられ、利用者は設置しているレコードプレーヤーを使って自由に曲が聞ける。数百枚あるというレコードは、すべて寄付によるもの。「いろんな人にお願いしたら200枚程度がすぐに集まった」(黒田氏)と言う。
1階のオープンスペースには、ADDressに滞在している人はもちろん、近くで働く人や地元の人などさまざまな人が集う。電源とWi-Fiを完備しているため、コワーキングスペースとして使う人も多いという。しかし、その便利さゆえにちょっとした”事件”も起こった。
「クーラーが効いて、Wi-Fiでゲームができるこの場所は、夏休みに入った子どもたちの格好の遊び場。あまりにも長い間独占するので、向かいの店主が注意したところ、中から鍵をかけられてしまった。なんとか開けられたが、これを受けて小学生以下は保護者同伴で利用してもらうことにした」と黒田氏。オープンスペースは、思わぬ"事件”ももたらすが、地元の人たちが協力して管理し、相談して解決策を導き出すことに成功している。
ADDress日南は油津応援団が運営しているが、商店街の多くの人に支えられている。拠点の管理者である「家守(やもり)」は、油津応援団から杉本恭佑氏が任されているが、オープンスペースの鍵の開け締めは、通りの向かい側で都写真館を営む猪崎(漢字は立つ崎)正彦氏が担当。数百枚あるアナログレコードは、近くでレコードバーを開くオーナーが、コレクションの中から選別し、定期的に入れ替えている。
黒田氏は、ADDress日南ができ、多くの人が滞在するようになったこの環境を、「オープンスペースでは見慣れない人がパソコンで作業したり、レコードを聞いたりしているが、その風景は日常的なもの。油津商店街では、IT企業を誘致して人が増えたし、ゲストハウスもできた。見知らぬ人がいるのはこの場所の特徴だと思っている。元々、町自体が開放的で、外から来る人を受け入れやすい素地がある」と受け止める。ただし「ドアを開けておくなど、どんな人でも入りやすいようにしている。新しい人が増えて、以前から暮らす人が阻害されてしまうことがないようにしたい」と気を配る。
家守を担う杉本氏は今後の活用も見据える。「今までも街づくり合宿としてワークショップを開くなど活用してきたが、イベントスペースとしての利用をさらに促進させたい。もう一つは、油津商店街の中に夜作業できる場所が少ないので、日程を限定してコワーキングスペースとして利用してもらうことも考えている。個人的には、ボードゲームの部活を作っていて、その活動の場としても使いたい(笑)」と新たな展開を模索する。
IT企業の誘致でシャッター通りを再生した油津商店街は、ADDressという新たな拠点を加えた。黒田氏は「油津商店街がシャッター通りから今の姿に復活できたのは、民間企業と地域の住民、さらに行政が力をあわせ、複合的な戦略を実践したから。この時に気をつけないといけないのは、昔の町の再生ではないということ。商店街に買い物客が戻ると考えるのは間違っている。油津商店街が商店ではなくIT企業を誘致したように、新しい町を作ろうとしなければいけない」と話した。
取材協力:ADDress
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