倒産寸前だった家業を変貌させ、いまやウェアラブルIoT企業へと成長を遂げたミツフジの社長である三寺歩氏のこれまでの決断や挑戦、ものづくりへのこだわりなどをビズリーチの竹内真CTOが聞いた。今回はその後編をお届けする。
竹内氏:前編では、倒産寸前の実家の繊維メーカーを継いで立て直し、IoTサービス事業にシフトさせてきた過程をお伺いしました。三寺さんはもともと家電メーカー出身で、外資系のIT企業数社の「営業職」として働いていました。デジタル系の企業で働いていた経験があるとはいえ、ソフトウェアではなく、自社ブランドでものづくりをするのは大きな挑戦だったと思います。どうして、三寺さんは事業をたてなおすことができたのでしょうか。
三寺氏:日本の中小企業、ものづくり系企業には「失敗する罠」がいっぱいあるんです。これまでその罠を1つ1つ慎重に避けながらやってきたんです。
竹内氏:罠と言うのは………例えばどのようなことでしょう?
三寺氏:日本で「ものづくり」をするのってお金が要るんです。売れるかどうか分からない段階から、お金を投資しないといけません。100%完成してからでないと、顧客も投資家も評価してくれないからです。だから、一度開発を始めると、もう後戻りができない。結局、市場に出してから、誰も買わないと分かり、失敗するんです。
一方、IT企業、例えばシリコンバレーなどでは100%完成する前の段階、60%、70%の段階からでも、「製品」として世の中に出しています。製品にするかどうか企画段階から、PoC(Proof of Concept:概念実証)を実施して、ニーズがあるかどうか探っています。経営者も投資家も少しでも成功する確度を高めるための工夫をしているんです。
ミツフジも失敗の罠に陥らないように、一歩一歩、確度を高めながらものづくりをしています。PoCはもちろんやるし、そのPoCの費用も取引先から支援してもらえるようにしています。その他にも、スピーディーに開発できるように、取引先が決済しやすい予算内で検証を行うなど………いろんな工夫をしていますね。IT企業の成功パターンは参考になります。
竹内氏:なるほど。IT企業の経営において、その他に参考にしている点はありますか。
三寺氏:企業の技術力とマーケティングのバランスですね。ものづくりでは、技術力に自信がある企業ほどマーケティングに気を使わないでしょう。しかし、IT業界では、技術的には2番手、3番手でもマーケティングでトップに躍り出る企業もあります。「ハードウェアベンダー」を名乗っていても、実はソフトウェアで稼いでいるとか………。私は家電メーカー出身で、いくつか外資系IT企業にもいたので、その違いを見ていたのですが、経営者という立場だからこそ分かってきたこともあります。
竹内氏:三寺さんは、実家を引き継いだ時、多くの事業を撤退する一方で、高い付加価値が見込める素材に対しては価格を10倍以上に引き上げた(前編参照)。どうして、「価格を上げる決断ができたのかな」と思ったんですが、海外企業の行動をみていたからなんですね。
三寺氏:そうですね。製品からサービスまでワンストップで取り扱っている企業も、実は安くなってしまいそうなものは売ってない。高く売れるものしか売ってないんです。「付加価値」「利益率」を大切にする姿勢は、ものづくりをしている中小企業はもっと見習うべきだと思っています。先代、うちの親父は高価な銀メッキ素材を、「いっぺん使ってみてください」とタダで取引先に配っていましたからね。赤字になります(笑)。竹内氏:今日、この話を一番聞きたったのですが、よく「良いものさえ作っていれば、やがては売れる」という考え方がありますね。でも、実際は、良いものを作っていても売れないことの方が多い。ミツフジさんのお話の中でも、先代は情熱をもって新しい素材をみつけた。でも、売れなくなり倒産の危機に直面するまでになったんですよね。こうした経験から、これからの起業家、ものづくりを続けている人たちに、助言を頂けないでしょうか。
三寺氏:ちょっと話は飛びますが、アップルという巨大企業は不思議ですよね。アップルをいまコンピューターメーカーという人は少ない。確かにPCやiPhoneを生産しているけど、ハードとソフトで作り上げた「サービス」を利用していると思っていますよね。最初からこうした企業像を描いていたわけじゃなく、いろんなハードやソフトサービスをつくりながら、たどり着いたのだと思うんです。
逆の見方をすると、常に「捨てる」ことで成長しているように見えます。特に、中小企業としては「捨てる」訓練をしていないなぁと思うんです。高度成長期はひたすらヒト・モノ・カネを所有することで成長できた。そして90年代の「バブル崩壊」以降の平成時代は全部抱えこんだまま、沈下している企業が少なくありません。ですから、もし、いま抱えているものがあるならば、まずは「大胆に捨てることを考えてみてはどうでしょうか」と伝えたいです。いま抱えているリソースの90%を捨てても、成長の機会があります。
竹内氏:今も、捨てていますか。
三寺氏:いまも、意図的に捨てています。例えば、私たちは2016年に銀メッキ繊維を使った伸びるセンサーを利用し、心拍などを測定できるセンサー付きのウエアを開発しました。検査着、下着、スポーツウェアなどいろいろ用途はありますが、実は、もうアパレルの企画・生産はやっていないんです。大手アパレルメーカーが一緒に生産してくれるようになったので、ウェアは専門の人たちに任せています。
その一方で、私たちは、センサーからトランスミッター、データを扱うクラウドシステムやデータ分析ソフトを一貫して提供する「プラットフォーム事業」に注力しようと思っています。社員に「ウェアの企画開発はうちではやらない」と言ったら、驚くどころか「やはり」と言われました。社員も変わり続けることに慣れてきたみたいです。
竹内氏:ビズリーチも「変わり続ける」ことがテーマなんです。
三寺氏:ビズリーチもいろんなサービスを手掛けていますが、業界内にいては思いつかないアプローチが多い。立ち位置が独特ですよね。
竹内氏:“あらゆる業界をITで再構築しよう”と見ているからかもしれません。どこに、あたらしいヒントがあるのか分からないので、360度常にいろんな業界を見ては、新しい事業を考えています。ウェアラブルセンサーも人事や労務管理、ヒューマンリソーステクノロジーとの親和性が高い分野なので、ミツフジのサービスはとても面白いです。
三寺氏:ええ。心拍などの生体情報から個人の体調、ストレス耐性も分かります。既にプロスポーツの世界では選手の体調管理、能力開発などにも活かされていますし、社員1人1人の健康管理をサポートすることに関心をもっている企業は多いです。
竹内氏:先ほど、ミツフジは「変わり続ける」とおしゃっていましたが、この先はどこを目指しているのでしょうか。
三寺氏:ビジネスとしてうまくいくかどうかは分かりません。しかし「技術的にこの時期にこうした製品を出したいね」「こうしたサービスを展開したいね」という技術ロードマップは描いています。
竹内氏:具体的にはどんな方向ですか?
三寺氏:「予防」と「予知」という言葉がありますよね。予防とは「危険が起きないよう防ぐもの」。予知は「これからどうなるかを見通すもの」。私たちとしては予知に関心があるんです。例えば、「個人のデータをもとにした予知的なサービス」はやってみたい。いわゆる「ハイパーパーソナライゼーション(超個別対応化)」の分野ですね。この分野で先行、特化することで、少なくとも簡単には潰れない会社になりたいと思っています。
2001年、電気通信大学情報工学科を卒業後、富士ソフトABC株式会社(現・富士ソフト株式会社)に入社、エンタープライズサービス向けWebサービス開発などに従事。創業準備期の株式会社ビズリーチに参画し、CTOとしてサービス開発を手掛ける。2010年、株式会社ルクサ創業に伴い、同社CTOとして約1年半の間、立ち上げに従事。2012年 株式会社ビズリーチ 取締役 CPO兼CTOに就任。
1977年2月7日生まれ。京都出身。立命館大学経営学部卒業。パナソニック入社。外資系システム会社・シスコシステムズでIT事業に携わりSAPジャパンなどを経て、2014年9月三ツ冨士繊維工業株式会社、現在のミツフジ株式会社の代表取締役に就任。
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