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市役所職員からオープンイノベーション企業へ--フィラメント角氏

阿久津良和 別井貴志 (編集部)2019年05月01日 10時00分
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 「効率から創造へ」をキーワードに、新規事業創出支援やアクセラレーションプログラム構築、オープンイノベーションイベント企画やイノベーティブな人材の育成などを手掛ける「フィラメント」の代表取締役CEOを務める角勝氏は、20年間の大阪市役所職員勤務を経ての起業という風変わりな経歴を持つ。今回は2015年に同社設立に至るまでの背景を伺った。聞き手は朝日インタラクティブ 編集統括 CNET Japan編集長の別井貴志が務めた。

フィラメントの代表取締役CEOを務める角勝氏
フィラメントの代表取締役CEOを務める角勝氏

――本日は角さんがどのような人物か。そしてフィラメントはどのような事業をなされているか。この2点に絞ってお話をお伺いしたいと思います。まずは角さんの市役所時代をお聞かせください。

 関西学院大学から大阪市役所に入所したのが1995年の話です。そこから20年間の役人人生が始まりました。最初の配属は鶴見区役所税務課固定資産税係。新築建物の建築資材をチェックして固定資産税の額を決める仕事でした。

 次は福祉局です。ここは圧倒的に労働集約型の職場でした。福祉分野だと毎年のように法改正があるため、そのたびにプロジェクトチームを組まなければなりません。法規や介護保険、高齢福祉、障がい福祉を担当し、ほぼフルスタックの福祉のエキスパートになりました。中でも、障がい福祉では、さまざまな方が異なる障がいをお持ち(複数の障害が重複してある場合も含めると限りなくパターンが増える)ですから、支援内容も多岐にわたります。しかし、高齢福者と比べると対象者は少ない。そのためシステム化が難しく人間の労働力に頼る部分が多いのですが人員も予算も潤沢ではありません。

 そのころは小泉政権時代で障害者自立支援法(以前の障害者福祉サービスの利用料は、所得に応じて支払う応能負担だが、原則1割の定率の負担をする仕組みに改変)が施行され、かなり苦労したことを覚えています。制度を一から設計する必要があったので、毎月のように霞が関(の厚生労働省)に足を運び、政令市の担当者が集まってディスカッションが行われました。

 その後、厚労省が作成した省令や通知をかみ砕き、現場に即したマニュアルやシステム改修を行います。そのチームリーダーを務めていました。この時に障がい者向けサービスメニューをおそらく日本一早く作りました。「こういう障がいのある方は、このようなサービスが利用できます」という基準を明確にするものですが、話を聞いた自治体からテンプレートとして使わせてほしいとの要望が集まり、中にはお礼として段ボール一杯のピーマンを送ってくださった自治体もありました(笑)。この仕事には外部とのタフな交渉も求められますが、自分は存外にも障がい者の方々には気に入っていただき、その後、異動した先のオフィスにも障がい者の方々が来られて「戻ってきてほしい」とおっしゃってくださいました。

 次の異動は市政改革室でした。ここではコストカットや、各部局の意見調整を行いました。役所内でも部門毎に主張することが違いますので調整のキツさは市政改革室が一番でしたね。このときの経験がオープンイノベーションの実戦で課題となるハンドオーバー問題(事業の引き継ぎ。事業部門が新規事業創出部署からの事業移管を引き受けず頓挫するケースを指す)の理解と対策立案につながっています。

――やはり役所時代が今の活動を生み出した原点なんですね。

 「実行」することばかりやっていたので、「逃げずにやる」という意識が培われました。もちろん言い訳もできません。物事を進める上では、「ぶつかってこじ開けていく」という感覚があります。

――なぜ、役所を辞められたのですか。

 最後の3年間は「大阪イノベーションハブ」の立ち上げと運営に関わりました。立ち上げに1年、運営2年です。大阪イノベーションハブは多様な属性とバックグラウンドを持つ方が集まり、忌憚ない議論からアイデアを創出し、プロジェクト化、事業が生まれる場所をめざしました。僕が携わった当初は産学連携の場所と位置づけられており、大阪市が大阪グランフロント内の約6,000平方メートルの床を借り上げ、大学に転貸するプランでした。当時は産学連携=オープンイノベーションというイメージが強かった時代です。しかし、市長が平松氏から橋下氏に代わり、方針の見直しが入りました。

 このタイミングで、シリコンバレーで活躍されていた校條浩氏にアドバイザリーに入っていただきましたが、産学連携は20~30年かかり、梅田という一等地ではコスト的に見合わないという結論から当初の10分の1の規模となる約600平方メートルを借りることになりました。しかし、これも今では良かったと思っています。6,000平方メートルのままでしたら、そこを埋めるコンテンツ集めで苦労したことでしょう。転貸についても誰の利益となるのか不明確で、地代に関しても税金に見合った効果を問われます。きっと短期間で閉鎖を迎えたことでしょう。

 10分の1への規模縮小は「ピンチではなくチャンス」と捉えました。今でしたらスタートアップなど多様な選択肢があるものの、当時はまったく知りません。そこでCNET Japanなどを見て勉強するわけです(笑)。当時のCNET Japanでは、サンフランシスコで開催されたピッチイベントの記事が掲載されており、同様の催しを大阪で実行しようと考えました。メニューに落とし込みましたが、大きな不安が残ります。そもそも行政がオープンイノベーションの場に取り組んでも流行(はや)る気がしませんよね(笑)。なので、なぜ「行政の作る箱がつまらないのか」と自分なりに考えたところ、3つの課題がありました。

 1つは「立地が悪い」。多くの場合は空き地を選択しますが、市役所は本来であれば考慮すべき必要性や導線を考えず、点で考えてしまいます。もう1つは「コンテンツ発想がない」。役所の人間は「建てて終わり」と考えてしまいがちで、後は運営を委託先に任せてしまうため、流行らせるためのアクションに取りかからず、ルーチンワークとなります。そうなると人が集まるコンテンツも生まれません。最後の1つは「情報の伝達」です。大阪イノベーションハブにはエンジニアやデザイナーが集う場にしたいものの、彼らに同ハブのメリットを訴えるルートを持っていません。市役所は広報物とWebしかありませんでした。まとめると「立地・コンテンツ不足・情報の伝達導線がない」ですね。

 逆に見れば、3つの課題をクリアすれば流行るはずだと考えました。立地は梅田なので問題ありませんし、コンテンツは自分自身がコンテンツになることをめざしましした。大阪イノベーションハブでは単発型のイベントも開催していましたが、東京から大阪を訪れた際には「大阪イノベーションハブには角という面白いヤツがいるから会ってみるといいよ」と言われるように色々考えました。情報の伝達導線に関しては、自分がエンジニアの勉強会などコミュニティイベントに参加し、自ら「Lightning Talksやります」と挙手してプレゼン後に名刺を配っていました。皆さん「こんなところに地方公務員が来るのか」と面白がり、帰りの電車ではFacebookの友達申請を行い続けたところ、1年間で約1000人ずつ増えていきました。

 このような取り組みを大阪イノベーションハブのオープン半年前から行ったところ、開設時にはコミュニティを主宰するオーガナイザーの方々もたくさん集まり、同ハブをどのような場にするか討議しました。その流れで同ハブのユーザーグループをFacebook上で立ち上げ、皆さんに参加してもらう。こんな感じで色々工夫しながら情報の伝達導線を増やしていきました。当初は厳しかった運営もイベントの集客数を増やすため、色々な仕掛けを行っています。たとえば、ある企業が大阪で新オフィスのお披露目パーティーを開催することを帰宅の途中の電車内でFacebookで知りました。そこで「出待ちしたら集客できるかも」と考え、即座に電車を降りて会場に向かい、出てくる方々にビラを配りつつ"辻プレゼン"しました(笑)。

 このような流れで集客と情報伝達ルートを確立させたところ、Facebookでイベント告知を行っただけで参加者が集まる様になりました。さらに当初思い描いていたようなイノベーティブなコミュニティが集まる場になっていくと、イベントを開催したいという方も増え始めます。ここまで来ると大阪市としては、イベント企画のコストを発生させずに大企業の方々にイベントを開催してもらえるようになります。同時に自身のナレッジも蓄積できます。

 場と自分、両方の価値が高まりつつあるところで異動の話が出てきました。一連の活動は役人としてイレギュラーなので、自分を評価できません。今振り返ればセルフOKR(目標と主要な結果)を実行していましたが、他者に同じことを求めることは難しいでしょう。この頃からオープンイノベーションに関わる活動が天職なんだと思い始めました。

――致し方ない部分はありますね。同じことを伝播(でんぱ)させることもできず、役所の構造を鑑みても属人化せざるを得ません。人事異動の辞令を持って退所されたのですか。

 大阪イノベーションハブ2年目の終わりに異動の打診がありましたが、当時は妻が身籠もっていたこともあり立ち消えになります。そのとき、異動させられるぐらいなら自ら辞めようと妻に相談したところ「何を言っているの?」という感じでした。出産タイミングなど鑑みると当たり前ですよね。もう1つ言われたのが「辞めて本当に大丈夫?」でした。

 そこから1年間。異動になるか分かりませんが、2つのKPI(重要業績評価指標)を設けました。1つは東京にできるだけ足を運ぶこと。なぜなら東京を相手にしないと仕事が回りません。多くの人と顔を合わせれば、勘の良い方は自分に興味を持つだろうという狙いがありました。当時は経済産業省の委員などもやっていたため、その出張のタイミングに合わせて各企業への挨拶回りやプレゼンテーションさせていただいた結果が今につながっています。もう1つは登壇機会を増やして、自身のステージを高めることです。地方自治体からもオファーが来るので、講演やパネルディスカッションに参加していたら雑誌に取り上げていただいたこともありました。そのため、「土日は不在することが多いけど勘弁してね」と妻にお願いして許諾を得ました。このような活動で目立ち始めると、組織内でも気に食わない人も出始め、異動することが決まります。自分としては1年間の準備も終えたと判断し、改めて妻に相談したところ、僕がFacebookに投稿する活動をポジティブに捉えていたらしく、「ワクワクするね」と言われました。

 2015年3月末での退所が決定し、最終登庁日の朝、ベランダでFacebookに投稿して家を後にしたところ、10分程度で100以上の「いいね!」が付いたんです。出勤途中の車内でも続々と増え、最終的には約1300まで増えました。多くの皆さんがコメントしてくださり、応援されるような人生を送れたんだと嬉(うれ)しくて泣けくると同時に、「何とかなる」という確信を得られました。

――大阪市役所からフィラメントへ話が続きますが御社はどのような事業を展開されていますか。

 2015年4月9日にフィラメントを創業し、毎年取り組みの幅を広げています。ハッカソンやアイデアソンの支援から始まり、テクノロジーやイノベーションなどワクワクするイベントの開催・運営に拡大しました。イベント自体は失敗したことはないのですが、事業開発という面で言うとイベント開催後に腰折れするケースが少なくありませんでした。そこに着目して昨年2018年からは継続的な事業開発サポートに注力しています。具体的にはアイデアを生み出すお手伝いからはじまり、そこからブラッシュアップしてビジネスプランまで磨き上げ、さらに他社も巻き込んでバリューチェーンを構築していくための支援、そしてサービスローンチしてグロースしていくまでを幅広く手掛けています。今、新たな価値の創出をすすめようとすると、社内だけで完結させることは難しく、外部の人を巻き込んでいく必要が出てきます。そのためのライトパーソンをみつけてリレーションを作り、話が盛り上がって「ぜひやりましょう!」となるようにコミュニケーションをドライブさせていく。そんな共創型コンサル(コンサルティング)を行っています。

――コンサルは人によってイメージが異なるため、使い方が難しいですね。

 そうですね。我々の共創型コンサルは、ドキュメントやリポートを提出するのではなく、一緒にモノを作り上げ、共に磨き上げる相棒のようなイメージです。弊社のミッションは「自ら変革する人を創り、その変革を導く」なのですが、事業を作る経験を通じて「新しいアクションに前向きに取り組む人を創る」というのがフィラメントの仕事の本質です。

――御社のウェブサイトを拝見したところ、個人的に「効率から構造へ」というキーワードが心に刺さりました。自分は生産性向上に否定的で、効率化できない部分が必ず存在します。

 新しい取り組みは「仮説の検証」ですよね。やってみると仮説と結果が異なるケースは珍しくありません。そういう場合、その結果を「失敗」と認識する人もいれば、「新たな発見」と捉える人もいます。失敗だと思ってそこで止まってしまうと何も創造できません。だからこそ「実はこうだった」という発見だと捉えられる人を増やすことに意義があると思います。さらに言えば、そこからさらに「ではこうしよう」というネクストアクションにつなげていく人が必要なんだと思います。こういう人は従来の仕事を効率化する仕事ではなく新しい価値を創造することを楽しめる人だと思いますし、そういう人を創っていく仕事っていうのは僕が起業するときの妻の発言ではないですが「ワクワクするね」と思いませんか(笑)。

『新しい取り組みは「仮説の検証」ですよね』と語る角勝氏
『新しい取り組みは「仮説の検証」ですよね』と語る角勝氏

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