では、VR ZONEの戦略はどうだったのか。小山氏は市場代替によって家庭用ゲーム機やスマホなど、家でゲームが遊べるようになり、ゲームコーナーやゲームセンターに人が来なくなったと話す。「人を呼び戻すには、輪廻と代替の法則を使うことだと考えた。分析してみると、この8年間でカップルやリア充(※リアルの生活が充実している人)グループの来店が消滅しており、市場が半分になっていた。2000年、大規模小売店舗立地法が改正され、日本中に大型ショッピングモールが乱立した。そこには必ずゲームコーナーが存在した。クレーンゲームやメダルゲームなど、各メーカー開発競争に明け暮れ、差別化戦略をした結果、どこの店も一緒になってしまった。そして従来のゲームセンターは、音楽ゲームやネット対戦ゲームなど、やり込みゲームが主体になった。そこで各メーカーはやり込みゲームの開発に明け暮れた。その結果、特定タイトル目的のマニア店になってしまった」(小山氏)。
小山氏は「こうしてリア充とカップルがゲームコーナーやゲームセンターに来なくなった。そこで、バンナムで取りこぼしてきたリア充をターゲットに定めた」と振り返る。ここまではトップも理解したが、会社のコアコンピテンシー(企業の中核となる強み)を活用させようと、ゲームセンターにVRゲームを作って来店させるように言われたという。
だが「もうゲームセンターに彼らは来ないことはわかっていた。社内と戦うには理念を盾にとることが大事。そこでお台場のアパレルが並ぶ場所で行ったVR実験店での調査結果をアピールした。また、強みの中心に名称を付けることも大事なので、”スーパーVR”テクノロジー“と名付けた。コアコンピテンシーを別の視点で再認識させるビジョンを見せ、エンタメのリーダー企業へと成長できる道筋をアピール、いつものやり方でできることも示した。会社の理念である”世界で最も期待されるエンターテインメント企業グループ”についても触れた」と、VR ZONEの企画を上層部に説得した課程を明かした。
こうして、VR ZONE SHINJUKUの計画が認可されたが、リア充に刺さる独自的ベネフィットがないと失敗してしまう。「本質のニーズを探ることが大事。ニーズには、幸福追求ニーズ、深層ニーズ、表層ニーズの3層がある。これにVR ZONEを当てはめると、さらに深層ニーズは”驚きや感動を仲間と共有したい”ことになる。それをさらにユニークにすると独自的ベネフィットになる」と小山氏は述べた。
そこでVR ZONEの独自的ベネフィットは「生きてるうちに体験したいと渇望しても不可能な驚きと感動を全身で味わえる」こととなった。これから生まれたキャッチコピーは「渇望しても不可能だった驚きと感動を全身で味わうと……人は絶叫する。そこから『さあ,取り乱せ。』となった」。そして狙った層の客が集まり、男女比は5:5、SNSで動画の共有も行われた。VR ZONEでリア充を来店させる目的を達成したのだ。
小山氏は、もっと苦労した話として「キッズメダル市場への後発参入」についても語った。キッズメダルについては、利益が出そうにもないとの考えから、同社では手つかずのジャンルだったが、「上司からキッズメダル開発について指示が来た。成長市場でも市場輪廻でもないため、差別化戦略では勝ち筋が見えない。なので、独自化戦略を行った」(小山氏)。
小山氏がキッズメダルのカテゴリに投入したのは「釣りスピリッツ」という魚釣り体験メダルゲーム。「ゲームコーナーに視察に行くと、子どもたちが楽しそうにゲーム機を叩いていた。その理由を聞いて考えたところ、本当は少しでも長く遊んでいたい、ビデオゲームを存分に遊びたい、クレーンゲームをガンガンやりたい、カードも景品もほしいという、子どもの本音が見えた。自分が自分の力で勝ちたいという深層ニーズも感じた」とし、そこでメダルを使ったビデオゲームの遊びはイケるかもと考えたという。
しかし、子どもはお金が有限なので知らないテーマはやらないもの。「そこで、幼稚園から知っている遊びである釣りを考えた。さらにチャンスだと考えたのは、釣り人口が減っていること。これは問題があるから下がっているので解消すれば大丈夫だととらえた。」(小山氏)。
小山氏は、「ドキドキしたい」「本当の釣りと同じ感覚を味わいたい」などの条件を付加し、「ワガママニーズ」を満たす施策を考えた。アイディアスケッチを作り、社内社外問わず意見を聞いた。アイデアを文章化(ステートメント)し、商品コンセプトが完成。そして各専門家を集め、プロジェクトを発足。商品コンセプトの完成から3年かけ、「釣りスピリッツ」が誕生したとのことだ。
「このプロジェクトでは、自分の力で魚を釣り上げたいという”目的”、水面で泳ぐリアルな魚を釣り竿で釣れる必要ありとする”課題”、平面ディスプレイと竿コントローラーを開発する”手段”があった。これは目的から手段へと進んでいくだけでなく、手段から持ち上げていってもぶれてはいけない。この構造はいつも自分の中に留めている。なぜなら、上下の因果関係が綺麗に流れていると、開発者は試行錯誤に集中できるからだ」(小山氏)。
これは新規事業についても同様だと小山氏は語る。「目的は、この斬新な商品コンセプトを成功に導きたい。課題は我が社の事業領域以外で勝負する必要あり。手段は新規事業をやる。ここの循環をうまく回さなければならない。新規事業はあくまでも手段で、目的を忘れないことだ」と小山氏は事業開発における心構えを述べ、講演を締めくくった。
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