スタートアップに新たな可能性--「いきなり!ステーキ」が切り拓いた特許の最前線

大谷 寛(弁理士)2019年01月09日 11時30分

 2013年12月に1号店をオープンした「いきなり!ステーキ」は目覚ましい急成長を遂げています。グラム単位の量り売りで、前菜などを抜いて思う存分“いきなりステーキ”を堪能できるお店という独自のコンセプトによって注目を集め、積極的な出店が大きな利益を生んでいます。

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収益と店舗数の推移

 現在では着席形式の席も多く見かけますが、立食形式とすることによって小さな店舗でも収容人数を増やすとともに回転率を上げ、利益率を高めています。さらに、いきなり!ステーキでは、人数を少なくしてもスタッフによるステーキの提供ミスが生じないよう、独自のオペレーションを採用しており、これは人件費を下げても回転率を下げないための仕組みと言えます。営業利益率1桁の事業にとって、オペレーション・エクセレンスは大きな違いをもたらします。

 いきなり!ステーキを運営するペッパーフードサービスは、この独自のオペレーションを2014年6月に出願して特許化しています(特許第5946491号)。

店舗内のオペレーションが特許!?

 特許制度に馴染みのないスタートアップにとって、どのようなものが特許法の保護対象であるのか、言い換えれば、どのようなものが特許法上の発明であるのかは分かりにくいところがあります。我が国の特許法は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」を発明と定義していて、この定義に該当すれば特許法の保護対象となり、該当しなければ保護対象とならないのですが、この定義からは結局、どのようなものが保護対象となるのか分からないですよね。

 一般論としては、人の行為が含まれていると保護対象となりにくいと実務家の間で考えられています。いきなり!ステーキ特許は、店舗内のオペレーションという人の行為を必ず含む発明を対象として成立したケースで、これまで特許化可能と考えられていなかった発明が特許法の保護対象となり得ることを示し、実務家の間でも大きな話題となりました。

知財高裁の判断

 このように一般的に特許法の保護対象にはなりにくいと考えられている内容が問題となっていることから、特許庁では、実は特許化すべきものではないと判断しました。具体的には、いきなり!ステーキ特許は次のような内容です。長くなるので、前半と後半に分けて書きます。

 (A)お客様を立食形式のテーブルに案内するステップと、お客様からステーキの量を伺うステップと、伺ったステーキの量を肉のブロックからカットするステップと、カットした肉を焼くステップと、焼いた肉をお客様のテーブルまで運ぶステップとを含むステーキの提供方法を実施するステーキの提供システムであって、

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 ここまで、すべてスタッフの行為ですね。

 (B)上記お客様を案内したテーブル番号が記載された札と、

 (C)上記お客様の要望に応じてカットした肉を計量する計量機と、

 (D)上記お客様の要望に応じてカットした肉を他のお客様のものと区別する印しとを備え、

 (E)上記計量機が計測した肉の量と上記札に記載されたテーブル番号を記載したシールを出力することと、

 (F)上記印しが上記計量機が出力した肉の量とテーブル番号が記載されたシールであることを特徴とする、

 (G)ステーキの提供システム。

 後半では、前半で規定されたオペレーションの中でスタッフが用いる道具が規定されています。

「いきなり!ステーキ」で利用されている「札」と「シール」
「いきなり!ステーキ」で利用されている「札」と「シール」

 特許庁は、この発明は「札」「計量機」「印し」「シール」という物をともなうが、これらの物を単に道具として用いることが特定されているにすぎないと指摘。そのため、お客様に好みの量のステーキを安価に提供するという飲食店における店舗運営方法であって、経済活動それ自体であるから、「自然法則を利用した技術思想の創作」に該当しないと判断しました。要するに、店舗における人の行為を特定しているにすぎないと判断しました。

 これに対し、知的財産高等裁判所では、特許庁の判断が否定されました(知財高判H30.10.17)。知的財産高等裁判所では、この発明は、ステーキ店において注文を受けて配膳をするまでの人の手順を要素として含むものの、それにとどまらず、お客様に好みの量のステーキを提供するという目的のためにお客様に伺った量でカットした肉とそのお客様とを1対1に対応づける際に生じ得る、他のお客様の肉との混同を防止するものであると判断しました。肉の種類が同一であってもグラム数が異なれば、お客様に伺った量の肉ではなく、提供ミスとなってしまうのです。

 より具体的には、裁判所は、「札」はテーブル番号の情報を正確に持ち運ぶことを可能とし、「計量機」はその情報を肉の量の情報と組み合わせて「シール」に出力し、他のお客様の肉との混同という課題を解決するための技術的手段であって、特許法上の発明であると判断しました。

スタートアップにとっての示唆

 この判決は、結局「自然法則を利用した技術的思想の創作」とは一体何なのかについて明確な基準を示すものではありません。しかしながら、(1)「お客様に好みの量のステーキを安価に提供する」という、これまでにない新しい提供価値を実現しようとした際に生じる(2)「他のお客様の肉との混同」という課題を防止するために、(3)「札」「計量機」「印し」「シール」という特定の技術的手段を提供することは、発明に該当するということが示されました。

 スタートアップは、これまでにない新しい提供価値(1)を提供します。その価値を実際に提供するためには解決すべき課題(2)が出てきます。そして、ソフトウェアであれ、ハードウェアであれ、そうした課題を解決するプロダクト(3)を生み出すことがスタートアップの役割です。

 このように考えると、いきなり!ステーキ特許は、我が国の特許法の保護対象はスタートアップのプロダクトすべてとは言わないものの、それを広範にカバーし得るものであることを示したと言えます。特許制度を活用できないか、ぜひ一度は社内で議論してみてください。

大谷 寛(おおたに かん)

六本木通り特許事務所

弁理士

2003年 慶應義塾大学理工学部卒業。2005年 ハーバード大学大学院博士課程中退(応用物理学修士)。2006-2011年 谷・阿部特許事務所 。2011-2012年 アンダーソン・毛利・友常法律事務所。2012-2016年大野総合法律事務所。2017年 六本木通り特許事務所設立。

2016年12月 株式会社オークファン社外取締役就任。

2017年4月 日本弁理士会関東支部中小企業ベンチャー支援委員会ベンチャー部会長就任。

2014-2017年 主要業界誌 Intellectual Asset Management により、4年連続で特許出願分野で各国を代表する専門家の一人に選ばれる。

2014-2016年 主要業界誌 Managing IP により、3年連続で特許分野で各国を代表する専門家の一人に選ばれる。

専門は、未来を変えていくスタートアップの特許・商標を中心とした知財戦略実行支援。

Twitter @kan_otani

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