革新的なIT技術が世の中に投入されて大輪の花を咲き誇らせんとするなか、その利活用が遅れていると囁かれていた不動産業界にも、徐々にではあるが革新の波は押し寄せている。
11月7日に開催されたカンファレンス「テクノロジで変革する不動産業界の最前線 〜Real Estate Tech 2018〜」では、業界のトップランナーらによる先進の取り組み事例が紹介されたほか、さまざまな講演が開かれた。本稿では、業界のリーダーたちが“不動産×IT”というフィールドで、どんなUI・UXを構築していくのか、そのとき業界はどう変革していくのかが議論されたパネルディスカッションの様子をお届けする。
「未来の住環境と不動産業の在り方」と題されたパネルディスカッションでは、ハウスコム代表取締役社長執行役員の田村穂氏、東急住宅リース 執行役員 事業戦略本部長 兼 戦略企画部長の佐瀬篤史氏、ナーブ代表取締役の多田英起氏、Tryell代表取締役社長の野田伸一郎氏、セイルボート代表取締役の西野量氏らがパネリストとして登壇。ソフトバンク コマース&サービス IMAoS開発責任者の小野誠人氏がモデレーターを務め、オンライン化の影響や業界特有の“紙”が主体な体質、そして注目しているテクノロジなど、5つのトピックについて熱い議論が繰り広げられた。
パネルディスカッション最初のテーマは「オンライン化が進むと仲介店舗はなくなるか?」。トップバッターに指名されたハウスコムの田村氏は「店舗を道具としてみるのか、制度や役割を持ったものとしてみるのかの違いではないか」と語り、もし道具としてみるのであれば、電話機が固定電話から携帯電話、スマートフォンへと移り変わっていったように、それがARやVR、AIへと変わり、われわれが考えていなかった方向へと変わる可能性があるのではと述べた。
しかし、田村氏は「リアルな店舗というものは健全な地域を作るうえで必要」だとし、その存在意義について確かな役割があり、なくなることはないとの見方を示した。東急住宅リースの佐瀬氏は、落合陽一氏の著書『日本再興戦略』を引用し、カースト制度がいまだ根付くインドでのエピソードより「仲介店舗というポジションは契約のみならず、契約以前の引越しなどを含めたトータルコーディネートをするように転換していくのではないか」と語った。
また、ポータルサイト出身のセイルボート西野氏は「今の機能のまま進んでいくのだとしたら(仲介店舗は)減っていくのでは」と話す。野田氏も「企業の戦略としてなくす方向に持っていくのであればなくせると思うが、店舗はなくならないと思っている」と話し、現在進んでいるオンライン化は、業務効率化やユーザーの家探しにおける満足度を高めることが目的であり、仲介店舗はなくならないと見る。
一方で、「どこでもストア」で新時代のVR無人店舗サービスを提供するナーブの多田氏は、「仲介会社をなくしたいのですか?とよく聞かれるが、まったくそのような考えはない。しかし、変わるか変わらないかで言えば変わるのでは」と語り、新しい仲介店舗の未来を関係者とともに創り上げられればとした。
続いてのテーマは「なぜ不動産業界は紙が多くデジタル化が進んでないのか?」。これについて、セイルボート西野氏は「不動産業界は紙が好き、Faxが好き、電話が好き、ITリテラシーが低いと言われているが、業界構造を見誤っている」と指摘し、相手に依存し自己完結できない業務構造ゆえに、デジタル化をしようにも周囲のプレーヤーを巻き込まなければならないため、アナログな手法で止まってしまっているのではと考察した。
その西野氏の考えに対して、ハウスコムの田村氏も同意するとともに、「ユーザーからすれば、シンガポールのように建物を建てるところからデータを持つようにしていれば、いろいろなサービスが展開できる可能性も生まれる。先人たちの築いた役割分担が、実はユーザーに向いていないことが原因なのでは」と、一貫したデジタル化の重要性を説いた。
デジタル化が進まない理由と関連し、引き続き「REAL ESTATE TECHが普及していくには何が必要か?」というテーマへと話は移り、管理業としてさまざまな形でITを利活用する東急住宅リースの佐瀬氏は、“MVP(Minimum Viable Product)戦略”という考え方が重要だと述べた。同社が電子契約を推進する際、「第三者機関の認証が必要なのでは?」などとプロダクトの作り込みの際に思案していたのだそう。しかし、システムの本質として“真に重要か?”を見つめ直したことで道がひらけたと振り返った。
ナーブの多田氏は、「バーチャル店舗も、今この段階だからこそ皆さんに受け入れられているのでは」と語り、時流を見定めたサービスの提供が普及の鍵を握るのではと述べた。また、Tryellの野田氏は「導入して動けるか、オペレーションに組み込めるか、効果を検証できるか。この3点ができている企業はオンライン化が進んでいると感じる」と語るとともに、徹底して利活用する姿勢の重要性を説いた。
ここまで業界内の動向や意識といったテーマが中心だったが、続いてはユーザーを中心とした意識や価値観の変化について議論が交わされた。「物件の選び方や住み方の変化、賃貸に対する価値観の変化とは?」というテーマで、まず口火を切ったハウスコムの田村氏は、「ライフスタイルを重視されるお客さまが増えた印象はあったが、この数年ではライフサイクルを踏まえた考え方をする方が多く見られるようになった」と語り、人生設計の考え方の変化とともに、部屋探しで重視するポイントも変化してきている実感があるという。
東急住宅リースの佐瀬氏も、多様性が見られるようになったと語るとともに、ITの利活用によってより高精度なマッチングが可能になったことから、今後不動産業においてビジネスモデルのロングテール化が進んでいくのではないかと述べた。ナーブの多田氏は「今までは万人受けする物件が主流だったが、ある人には0点でもある人には100点満点という尖った物件が増えたと実感している。これは、高い精度でマッチングできるようになったからこそ、供給側が意図を持った物件を展開できるようになったのでは」と語り、この流れはリノベーションにおいても同様に起こるのではないかと見通した。
盛り上がりを見せたパネルディスカッションも、いよいよ最後のテーマ「注目するテクノロジ」へと移り、各パネリストが意見を述べ合った。セイルボートの西野氏は、10兆円にも上る市場規模を誇る「家賃」に注目しているという。東急住宅リースの佐瀬氏は修繕工事関係の不動産テックに注目しているといい、現状を鑑みるにブルーオーシャンであること、そしてそこで得られるデータにも新たな価値を見出せるのではないかと語った。
ナーブの多田氏は「面白いな」と感じているものとしてワークスペースを提供するWeWorkを挙げ、Tryellの野田氏はオンライン化・テック化したい領域として“紹介”の部分に注目していると明かす。ハウスコムの田村氏は、IoTの利活用が進むなかで耳にする機会も増えた「デジタルツイン」が不動産業界にもやって来るのではないか、住まいの在り方や価値観が変わっていくのではないかと述べ、パネルディスカッションは締め括られた。
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