オフライン翻訳機「ili」のログバーがRingの失敗から学んだこと--吉田CEOインタビュー - (page 2)

機能を「引き算」するのが最も難しい

——ここからは、iliについて聞かせて下さい。開発期間はどれほどでしょうか。

 最初のプロトタイプを作るまでに半年。実際に動くまでに1年くらいでしょうか。量産開始まで1年半から2年はかかりましたね。2015年には、ちょっと炎上しかけた「キス動画」でティザー広告を展開しました。日本人には面白いねと言われる内容だったのですが、(動画で起用した俳優がイギリス人だったため)イギリス人からは「そんことはしない」と反発が大きかった。ただ結果的に、それで一気に広がりまして、2017年1月にようやく実物を発表したという流れです。

個人向けの「ili」(ホワイト)と法人向けの「ili Pro」(ブラック)
個人向けの「ili」(ホワイト)と法人向けの「ili Pro」(ブラック)

——iliの開発にあたり特に苦労した点を教えて下さい。

 ハードウェアでは「何をやらないか」がすごく大変で、かつ大事なことだと思います。iliでもボタンを1個にするところが難しかったですね。たとえば、なぜスティーブ・ジョブズがiPhoneのホームボタンを1個にしたのかと考えたときに、おそらく彼もさまざまなパターンを作って、多くのユーザーからのフィードバックを受けて、あの形に落ち着いたんだと思うんです。

 というのも、僕の経験上、ボタンが2個あった瞬間にカスタマーサポートに電話かかってくるんですよ。「どっちを使うの?」と。僕たちが自分目線で考えると、2個あっても「これくらいわかるじゃない」と思ってしまいがちですが、一般のユーザーはiliの存在を普段まったく気にしていなくて、たまたまAmazonで見て面白そうだから買ったみたいな感覚なんですよね。そういう人たちでも簡単に使えるものでないと、結局「使えないね」という評価になってしまうんです。

 それを理解していても、やっぱり機能は追加したくなるんですよね。ボタンや機能を増やすかどうかは、社内でのディスカッションでも大きく意見が割れたりします。最終的には僕が決めますけど、その“引き算”をする決断が一番難しいんだなと気付きました。Ringのときもそうでしたけど、iliではそれがもっとシビアになりましたね。iliでは最初ボリューム調整ボタンを設けることも検討したんですが、結局なくしました。

 実はiliのユーザーはいま40〜70代の方が85%なんです。ボタンを1つにしたおかげか、「この使いやすさが一番いい」と言っていただけるのがすごく嬉しいですね。

——iliで最も強みとなるポイントはどこだと考えていますか。

 やはりオフラインで使えることですね。Ringのときにユーザーサポートで課題となったのが、ユーザーから「使えない」と言われたときに、ジェスチャーで間違えているパターンと、Bluetoothの電波に問題があるパターンの2つがあったことでした。ジェスチャーができないと問い合わせがあっても、どちらが原因なのかすぐにはわからない。その2つのパターンが掛け合わさると、とたんに解決が難しくなってしまいました。

 一方で、iliで気になるのは翻訳を間違えたかどうかくらいです。これが、オンライン翻訳で電波が通じる通じないを意識しなければならない状況になったとすると、まったく使えないものになってしまいます。だから、今回はユーザーが気にすべき機能は翻訳するためのボタン1個にしました。2個、3個と機能があってオンライン翻訳だったりすると最初は面白いと思って使うんですけど、2回目、3回目は実用性に疑問が出てきて、それ以降は使わなくなってしまう。なので、オフラインで電波がなくても使える点には、最初からすごくこだわりました。

ボタンを押しながら話しかけると、ほとんど待ち時間なしに翻訳音声が流れる
ボタンを押しながら話しかけると、ほとんど待ち時間なしに翻訳音声が流れる

——どの言語が最も使われているのでしょう。また、利用シーンとしてはどのようなものが多いですか。

 iliは韓国語、中国語、英語に対応していまして、アンケートでは利用者の4〜5割が英語、3割が中国語、1〜1.5割が韓国語を使っています。中国は出張で持っていく方が多くて、仕事の打ち合わせよりも、滞在中にご飯を食べるときとか、タクシーに乗るときに使うことが多いようです。中国語は翻訳が難しいので認識率も他の言語ほど高くはないのですが、ユーザーの皆さんからはiliで話が通じたときの感動は中国語が一番大きいと言っていただけます。お守りのように、持っているだけで安心感が違うと言われますね。

 利用シーンとして、どの言語でもよく使われているのは食事の場ですね。海外旅行へ行ったとき、確実にしゃべらないといけないタイミングは3回あります。朝、昼、夜のレストランなどでの食事のときですね。「これは辛いですか」とか「パクチーが苦手です」とか「量はどれくらいですか」とか、そういう自分の好みって、海外だと中々うまく伝えられなかったりするんですよね。店員からおすすめされたものを、なんとなくそのまま注文してしまったりとか。そういったときに活用いただいています。

——たしかに、料理の注文でモタついてしまうことはよくあるので、iliがあると心強いですね。ところで、先程ユーザーの8割以上が40〜70代とお話されていました。日頃そこまでインターネットを利用しない人もいると思うのですが、どのようなきっかけでiliを知るのでしょう。

 調査によると8割はテレビですね。テレビCMだけじゃなく、月に数回ほどテレビの取材を受けることがあるので、番組で紹介されているのを見て知ったとか。それで、いざ海外旅行へ行こうとなったときに、テレビで取り上げられていたのを思い出してご購入いただくパターンが多いようです。

最初に「ハワイ観光客」をターゲットにした理由

——草彅剛さんや伊集院光さんなど、タレントの方もiliを使われているとか。

製品サイトのトップページにはタレントの草彅剛さんを起用
製品サイトのトップページにはタレントの草彅剛さんを起用

 タレントの方にもすごく使っていただいています。草彅さんは広告として関わっていただきましたが、伊集院さんは本当に1ユーザーとしてご自分で2台購入されています。インタビューをお願いしたときも、報酬は一切発生しない形で一般ユーザーの声として紹介させていただきました。

——iliはいきなり一般販売をせず、当初はハワイ観光客向けにレンタルしたり、グローバルWiFiのレンタルモバイルルータに付属する形で提供したりしていましたが、その理由は。

 僕が一番心配しているのは“精度”に対するアプローチの仕方がすごく難しいことです。Ringのときもジェスチャーの精度が良くない、だから使えない、となって終わっていましたから、そこをすごくシビアに考えました。iliの場合、海外旅行に特化しているものの、オフライン翻訳の精度はどうしてもオンライン翻訳には劣ってしまうんですよね。そこをお客さんにどう伝えるべきか、これは試行錯誤しないといけないねと。

 iliは長文の話し言葉をなんでも翻訳できるものではなく、旅行のみにフォーカスしています。ワンフレーズでも相手に伝えられれば旅行では十分ですよね、ということをみんなに理解してから使ってもらうと、「翻訳精度が良くない」と言う人はほぼいなくなります。コンセプトを理解しないまま買ってしまうと精度にばかり目がいってしまい、「これで何ができるんだっけ?」となるんです。

利用に向いているシチュエーションをユーザーに正しく理解してもらうため、プロモーションは慎重に行っている
利用に向いているシチュエーションをユーザーに正しく理解してもらうため、プロモーションは慎重に行っている

 そういうこともあって、最初の段階ではハワイ旅行者向けに提供したり、グローバルWiFiとコラボしたりしました。日本人の性格上、ハワイで流行しているものに対しては印象が良くて、気持ちが上がって興味が湧いてくる。そこからマーケティングをまずは始めてみようと。グローバルWiFiの方は、レンタルモバイルルータの通信でiliの使用状況を収集できるので、それらを分析するのが目的の1つでした。

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