仙台を拠点に活動するハードウェアスタートアップ、JDSoundが新たに手掛けたのは、USBバスパワー方式のコンパクトスピーカ「OVO」だ。Bluetoothとバッテリ内蔵によるワイヤレススピーカ全盛の今、あえてUSBバスパワー方式のスピーカを作ったのには、もちろん理由がある。
今までのUSBスピーカでは実現し得なかった大音量の再生とクリアなステレオ感を再現できる技術が整ったからだ。「元はポータブルDJの内蔵スピーカだった」というOVOがどうして、単体スピーカとして日の目をみることになったのか。半導体設計がスタートというJDSoundがなぜ、モノづくりを始めたのかを、代表取締役の宮崎晃一郎氏に聞いた。
JDSoundが設立したのは、東日本大震災から1年も経たない2012年の2月。とある企業の仙台事業所に勤めていた宮崎氏が立ち上げた。当時の仙台は復興に向け、各地からボランティアの人が集まってきたり、支援企業が集うなど、多くの人が出入りしていたのとのこと。その中で起業に対する関心も高まっており「地元で産業を作るしかない」(宮崎氏)との思いから始めた。
大学卒業後、半導体エンジニアとして自身のキャリアをスタート。15年のエンジニア生活の中で、パチンコやパチスロ向けの音源チップやCDコンポ、カラオケ機器、ポータブルオーディオプレーヤーなど、オーディオ製品の開発に一貫して携わり、オーディオ開発のノウハウを蓄積していったという。
「オーディオ製品の開発に携わるうちに、自分でもプロダクトを作ってみたいという思いが湧いてきた。半導体の設計、製造はなかなか日の目を見ることが少ない部分。半導体の知識をいかして、自分たちでモノづくりがしてみたかった」と宮崎氏は当時を振り返る。
初めて作ったプロダクトは完全自律型のポータブルDJシステム「Monster GODJ」。iPhoneを2台つなぎ合わせたようなコンパクトボディに、ボリューム、エフェクト、キューなどの操作ボタンとノブ、6つの機能を持つスクリーン、SDカードスロットなどを搭載した超小型のDJシステムだ。
「当時DJ用のアプリが登場してきており、DJニーズが裾野まで広がっているように感じた。でもDJ機材は高価で、大きく、持ち運びしにくい。ならば、手軽にできる一体型のものを作れば受け入れられるのではと思った」(宮崎氏)という。
パチンコの音源チップ開発で得た、音の高速応答技術や、カラオケ機器で身につけた音の上げ下げ、速度調整など、半導体で培ってきた技術も数多く投入されている。「ベンチャーとして勝負するからには自分たちが持つ技術を数多く使える機器を作りたかった」との思い通り、複数の技術を融合した製品に仕上がった。
「実際に発売してみると、やはりニッチな市場で、思ったほど数は伸びない。しかしモノづくり自体は大変貴重で楽しい経験だったし、購入してくれた方がSNSに製品をアップしてくれたり、思いもよらぬ使い方をしてくれたりと、今までにないうれしい体験が得られた。モノづくりは面白いと思った」と宮崎氏は話す。
転機が訪れたのは2013年に米国で開催された「サウスバイサウスウエスト(SXSW)」だ。ITとマルチメディアの祭典として知られるSXSWに完全自律型のポータブルDJシステムを出展したところ、斜め前のブースの人から声を掛けられたという。
「GODJを知っていてくれたようで『なんでそれをもっているのだ』と。よくよく聞いてみると、米国の音響機器メーカー『モンスターケーブル』のCEOであるノエル・リー氏で、会場内でそのままプレゼン。帰国の飛行機をキャンセルして、本社まで行ったところ、そのまま販売の契約まで進んだ」(宮崎氏)と、展示会への出展が大口の契約に結びついた。
GODJの頭に「Monster」と付いているのはこのため。モンスターケーブルは、ケーブル、ヘッドホン、スピーカの開発、製造を手がけるが、そのすべてをつなぎ合わせて使えるのはDJの機器のみ。しかしDJメーカーは、ケーブルやヘッドホンで競合に当たり、共同プロモーションができるDJ機器を探していたとのこと。
「モンスターケーブルとの出会いはなかなかないめぐり合わせ。しかし展示会はこうした思わぬチャンスが転がっている場所だとも思っている。だからこそ、その場にいることは大事」とチャンスのめぐり合わせについて体験談を話した。
モンスターケーブルとの契約によって、海外進出を果たしたGODJだが、日本市場においても、コンパクトさやほかにはないガジェット感から少しずつコアなユーザーを獲得。「DJのメイン機材と言うのはおこがましいと思っていて、自宅やパーティの二次会など、少しリラックスした場所で楽しむのにちょうどいいデバイス。サブ機を狙っている」と宮崎氏は位置付けを話す。
このGODJにフルデジタルスピーカを搭載した「GODJ Plus」が、実は今回発表したスピーカOVOの元だ。GODJ Plusは高さ40mm×幅282mm×奥行き210mmの卓上型DJシステム。ポータブル製品ながらフルデジタルスピーカを搭載し、薄さ40mmの筐体からは想像ができないような迫力ある音質を再現する。
「薄い形状のため、フラットパネルスピーカを搭載しなければならず、いくつか探したがなかなかいいものが見つからない。自分たちでスピーカを作るしかないと思った」(宮崎氏)。その時に出会ったのが、半導体ベンチャーであるTrigence Semiconductorが手がけた半導体チップ「Dnote」だ。
宮崎氏は「使ってみたら品質が良く、予想以上の大音量が出た。これなら、筐体が小さくてもいい音が再現できる」とDnoteの感想を話す。自身が半導体のエンジニアで、ベンチャーに勤めていた経験から、Dnoteの素性の良さを見極め、採用を決めたという。Dnoteがポータブルスピーカに搭載されるのは世界初のケースになる。
さらに「これだけ良い音が出るのであれば」と単体スピーカOVOを開発。製品化決定の背景には「せっかくいいものができたのでDJをしない人にもこの音を楽しんでもらいたい」という思いがあったからだという。
OVOは48mmのフルレンジユニット2つとパッシブラジエータを1つ搭載した、ワンボディスピーカ。USB端子のみを備え、Bluetoothやステレオミニ接続などを持たないシンプルな設計だ。一般的にUSBバスパワーでは、音が小さく、出にくいといった課題があるが、OVOは半導体チップDnoteがこれらの欠点を払拭。その秘密は「ピークパワーアシスト回路」と呼ばれる電源供給回路で、小音量時に電力をため、大音量時に一気に吐き出す。これによりUSBバスパワーでもハイパワーの音が出せる。
「そもそもUSBバスパワーだけで動くスピーカ自体の数が少なく、一般的なポータブルスピーカとは設計思想そのものが異なる。またフルデジタル伝送のため、スピーカから音が出る直前までフルデジタル処理することで、ノイズが混ざりにくく、LRがくっきりと分離。通常のスピーカでは得られない解像度とステレオ感が味わえる」と宮崎氏はその音を表現する。
大音量、低ノイズ、分離感などはDnoteと自社開発の専用回路が寄与する部分が大きく「そう簡単に同じものは作れない」と自信を見せる。現在のスピーカーのトレンドとも言われるBluetooth対応については「Bluetoothスピーカにはワイヤレスならではのデメリットもある。ペアリングの手間やバッテリ、接続切れの心配など、それらすべては有線で解決できるもの。JDSoundはベンチャーらしく、ほかとは全然違うものを作らなければならない」とした。
“ベンチャーらしく、ほかとは全然違うもの”という発想は、用途についても引き継いでいる。音楽視聴用を謳うポータブルスピーカが多い中、OVOはPCやタブレットでの映像視聴用にも最適としている。「ステレオ感ある再生音は音楽用としてはもちろんだが、ぜひ映像をみる時に使ってみてほしい。アクション映画など迫力ある音も、ハイパワーで聞かせられ、再現力は抜群。また人の声が聞こえやすいチューニングにしているため、セリフが良く聞こえ、プライベートシアターになる。Bluetoothスピーカにありがちな音の劣化や伝送遅延も一切無い」と提案する。
一方で、プレゼン用スピーカとしての活用も考えており「プロジェクタの普及で、画面が大きくなったが、音はPC内蔵スピーカのままというケースは多い。これをOVOで解決していきたい」と意気込む。
OVOは1月から、クラウドファンディングサイト「GREEN FUNDING by T-SITE」で支援金を募る予定。現在は ティザーサイトがオープンし、登録を促している。目標額は2000万円で、数量限定で超早期割プランを設定する予定。「ベンチャーにとって、初期費用が調達できることはありがたい仕組み。加えて市場性を確認する意味でも、クラウドファンディングの力は大きい。本当に何人の人がスピーカを欲しがっているのか、マーケティングも含め取り組んでいきたい」とした。
GREEN FUNDINGでは、動画による製品説明に力を入れるとともに、グループ会社であるTSUTAYAと連動した店頭プロモーションなども計画している。
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス