「時間と技術はあるけれどお金がない」――学生、アーティスト、起業家など、そんな悩みを持つ人は少なくない。では、お金がないのにサービスを受けるにはどうすればいいか。友人や知り合いの間であれば、「ギブ・アンド・テイク」の精神で自分たちの技術を出し合ってお互いを助け合うのが一般的だろう。この助け合いコミュニティを広範囲に拡大し、「時間」を流通単位とした経済システムが「タイムバンキング」である。
もともとアメリカやイギリスで始まったタイムバンキング、オランダではハーグ市を中心に広がっている。同市のアーティストたちが中心となって作ったウェブサイト「Timebank.cc」がタイムバンキングの経済活動を仲介し、ユーザーはお金を介さず、労働時間のやり取りによって、サービスを受けたり提供したりできる。経済危機を経て、現在の経済システムに不信感がくすぶる中、貨幣経済を補完するもう1つの経済システムとして注目されている。
ユーザーはまず、Timebank.ccでユーザー登録をする。プロフィールに自分の専門や特技を書き込んで登録すると、実際に提供できるサービスの広告を載せたり、他のユーザーと連絡を取り合ったりできる。登録は無料。ただし、他の人のサービスを受けるためには、初めに自分が何かを提供して「タイムバンク時間」を稼がなければならない。労働時間のローンは不可能で、自分が持っている時間分だけしか消費はできない。時間のやり取りは同ウェブサイトで管理され、サービス授受後のフィードバックはウェブ上で公開されている。
たとえば、1時間のヨガレッスンを提供した人は、労働1時間分の「1タイムバンク時間」を稼ぐ。そして、稼いだ時間で今度は「1タイムバンク時間」分の自転車修理サービスを受けられるのだ。サービスの内容はピアノレッスンからウェブアプリのプログラミング、引っ越し手伝いからビジネスコンサルティングまで多岐にわたる。
個人的なサービス提供のみならず、もう少し大きなプロジェクトのサポート機能もある。主に非営利団体のプロジェクトが対象で、プロジェクトが立ち上がるとウェブ上の広告で「タイムバンク時間」の寄付が募られる。プロジェクト実行者は、集まった時間を用いてプロジェクトに必要なサービスを調達するというシステムだ。
プロジェクトにはたとえば、個人事業者向けの無料の税申告ガイドを作る、自作の石窯でピザを焼くオープンイベントを立ち上げる、といったものがあり、すべて非営利である。あくまでも時間を介したサービスの実現というコンセプトになっている。このほかには、Timebank.ccが主宰するマッチングイベントも開催されている。
このタイムバンキングという考え方、実は新しいコンセプトではない。古くは産業革命後の1827年、アメリカ人アナキストのジョシア・ワレン氏がオハイオ州シンシナティ市にオープンした「Time Store」にさかのぼる。ここでは店頭での労働時間を基準に商品が購入されたという。
1832年には英ウェールズでロバート・オーウェン氏が労働者の窮状を目の当たりにし、労働時間を価値化した「Labor Note(労働紙幣)」を発行。交換所を設立し、労働紙幣と生産物との交換を実施した。ほかにも第1次世界大戦終盤のドイツにおけるハイパーインフレ時など、経済危機のたびに緊急通貨が非公式に流通してきた。
現在のタイムバンキングの拡大も、近年の経済危機における既存の金融・経済システムに対する不信感や、アート活動に対する容赦ない政府の予算カットなどが背景となっており、通貨に代わる新しい価値観を模索する動きの一環となっている。
Timebank.ccの母体となる「Time/Bank at e-flux」は2010年、アーティストのジュリエタ・アランダ氏とアントン・ヴィドクル氏により設立された。オランダでは2011年5月にハーグ市で支部が立ち上げられ、2013年6月には独立機関としてTimebank.ccが生まれた。Timebank.ccはボランティアグループにより運営されており、彼らも労働を提供し、時間を稼ぐシステムの中で働いている。
2014年時点の登録ユーザー数は約1300人。ユーザーの住所はハーグ市が中心で、全体の過半数を占めているほか、市内200カ所で「Hour Notes(労働紙幣)」が使えるという。毎月約15人が新たにユーザー登録をしており、オランダで最も成長の速いコミュニティとして注目されている。
ユーザー数が増えれば、サービスの種類も拡充し、ユーザーにとっての利便性が高まるほか、経済システムとしての基盤も固まる。現在の貨幣経済システムを補うオルタナティブ経済としてのタイムバンキングは、今後の経済危機へのバッファーとしても期待される。
(編集協力:岡徳之)
CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)
ものづくりの革新と社会課題の解決
ニコンが描く「人と機械が共創する社会」
ZDNET×マイクロソフトが贈る特別企画
今、必要な戦略的セキュリティとガバナンス