話題になった特許の内容をみてみたら「なんか当たり前のことが書いてあるよね」「これで特許なの!?」――。そんな経験のある方も少なくないようです。
こうした反応はとても自然なことで、特許実務に携わる者の間では「後知恵」と呼ばれ、避けるべきものとして広く自覚されています。今からみると、つまり発明を知ってしまった後ではどのような発明でも当たり前にみえてしまう傾向にあるため、それは厳に慎まなければ、発明の新しさを正しく評価することができないと理解されています。画期的なものほどシンプルで後からみたら当然にように感じられたりします。
たとえば、特許庁は発明を審査する上で各審査官の拠りどころとなる「審査基準」というものを定めていますが、そこでは次のように記載されています(第2章2.4 進歩性判断の基本的な考え方)。
- 請求項に係る発明及び引用発明(一又は複数)を認定した後、論理づけに最も適した一の引用発明を選び、請求項に係る発明と引用発明を対比して、
- 請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明を特定するための事項との一致点・相違点を明らかにした上で、
- この引用発明や他の引用発明(周知・慣用技術も含む)の内容及び技術常識から、請求項に係る発明に対して進歩性の存在を否定し得る論理の構築を試みる。
また、知的財産高等裁判所は、特許庁の判断の当否が争われた事件において、このことを次のようにも表現しています(知財高判平成22年12月28日、平成22年(行ケ)第10187号)。
- 特許法29条2項所定の要件を備えているか否かを判断するに当たっては、本願(補正)発明とこれに最も近い特定の引用発明とを対比し、
- 本願(補正)発明の相違点に係る構成(技術的事項)について、
- 当業者の出願時の技術常識等に照らして、引用発明から出発して容易に到達できたか否かを検討することによって判断される。
注:「新しさ」の判断は、特許法上29条1項(新規性)と同条2項(進歩性)の二段階で行われていて、多くの場合は2項が問題となります。
分かりづらいですが、解説していきます。
まず、(1)のステップで、審査官・裁判官は、今から「新しさ」を判断すべき発明を知ってしまいます。発明者が発明したときはもちろん、それを知らずに生み出したわけですが、審査を行う上で審査対象の発明を理解することは必須ですよね。
まず理解することがスタート地点となりますので、原理的に審査官・裁判官は「なんか分かるし当たり前のことが書いてあるよね」という印象を持つ方向にどうしても引っ張られているわけです。発明を知った上で、審査対象の発明に最も近い、審査対象の発明の出願前の技術を「引用発明」として選択します。
次の(2)のステップでは、両者の対比結果として、違い(相違点)があるかどうかを明らかにします。違いがなければ、審査対象の発明は、その出願日前から一般に知られていたことになり、新規性がないと判断されます。
そして違いがある場合には、(3)のステップで、その違いに技術的な意味があるかどうかが検討されます。
具体的には、(1)で特定した引用発明から出発して、審査対象の出願時の常識などに照らして、違いが容易に思い付く程度のものであったと言える論理が構築できれば「新しさ」がないと判断され、逆に合理的な論理が成立しないのであれば「新しさ」があると判断されます。今知っていることではなく、引用発明から出発というところが大切だったりします。
いかがでしょうか。
(1)のステップで発明を知ってしまわなければ、その発明の「新しさ」を判断することができないという原理的な問題点に対して、(2)のステップではそのことを受け入れ、(3)のステップで、判断の根拠をあくまで審査対象の出願前に知られていたことの範囲に縛ることで後知恵を排し、今審査している発明が特許に値するものであるのか否かを正しく評価しようとしています。
こうした判断枠組みは、「新しさ」の審査・審理の難しさと向き合う中で、時間をかけて形成されてきたものではあるものの、もちろん絶対的なものではなく、より適切なかたちがあるのかもしれません。現行制度では、審査対象の発明と対比する発明を特定するところから始まるのですが、より高い視野で、発明の「新しさ」とはなにか、それをどのように評価するのか、そんなことを考えてみてもいいかもしれませんね。
ご質問がありましたらTwitterで。
大谷 寛(おおたに かん)
弁理士
2003年 慶應義塾大学理工学部卒業。2005年 ハーバード大学大学院博士課程中退(応用物理学修士)。2006-2011年 谷・阿部特許事務所。2011-2012年 アンダーソン・毛利・友常法律事務所。2012-2016年 大野総合法律事務所。2017年 六本木通り特許事務所設立。
2016年12月 株式会社オークファン社外取締役就任。
2014-2016年 主要業界誌二誌 Managing IP 及び Intellectual Asset Management により、3年連続で特許分野で各国を代表する専門家の一人に選ばれる。
専門は、電子デバイス・通信・ソフトウェア分野を中心とした特許紛争・国内外特許出願と、スタートアップ・ベンチャー企業のIP戦略実行支援。
Twitter @kan_otani
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