銀行口座の保有率が低いカンボジアで、銀行に代わり個人間の振込や送金、支払い決済の役割を担っているのが「携帯電話」だ。俗に言う、モバイル送金・決済サービスである。携帯電話さえ持っていれば、誰でも誰へでも、国内のいたる場所に現金を送ったり受領したりすることができる便利なサービスである。
現在このサービスでトップシェアを誇るのが「Wing」である。2009年に国内大手財閥ロイヤルグループ系列のANZロイヤル銀行が国内初の電子マネー事業として開始し(※)、あっという間にユーザーを増やしてモバイル送金サービスを全国的に普及させた。
以降、Wingは順調に業績を伸ばし、2013年には取引総額が15億ドルに達し、うち約10億ドルは送金サービスが占めた。
※現在は独立しWing (Cambodia) Limited Specialised Bankとして銀行ライセンスを取得している。
Wingで送金する方法は、店舗を介するか、携帯電話アプリを介するかのどちらかだ。アプリ利用の場合、現金の預け入れや引き出しのできるのWing独自のウェブ口座を作り、それを利用する。しかし、いずれにせよ口座開設や現金の受け取りには店舗へ足を運ぶ必要がある。
店で送金をする場合には、口座の有無に関わらず携帯電話のみで誰でも送受金できる。そのため、アプリに親しみのある都市部の若者以外は、店舗に行き1回1回手続きをする人が圧倒的に多い。
送金方法は簡単。携帯電話を持ちWingの店へ行く。直径5cm程度の小さな紙切れに、自分と受け取り側の携帯番号、送金額、署名を記入する。それを渡すと店の人が手続きをしてくれる。その間わずか1分程度。完了後、8桁の暗証番号が記載されているレシートが発行されるので、その番号を送金者自身が受金者へ伝え、受金者はその番号と携帯電話を持って近くのWingの店に行けば、お金を受領できるという具合だ。
手数料は送金500ドルまでは1.5ドル、それ以上は2.5ドル。送金者、受領者のどちらが支払ってもよい。1回の送金は2.5ドル~1000ドルまでで、それを超える場合は回数を分けて送る。
Wingの爆発的普及の背景には、店舗数の多さと利用の簡易性がある。店は本社が定めた資本金と場所やスペースなどの一定を満たせば誰でも開業できるため、両替商や携帯電話販売店、よろず屋など、個人商店が兼業として営んでいることも多く、出店数は年々伸びている。11月現在、全国の店舗数は約3700店。「街を歩けばWingに当たる」といえるほど、実感としてもその数は多い。
国内最大手で最大の支店数を誇るアクレダ銀行が、全国300行(出張所含む)に満たないことを考えれば、その数の多さは歴然だ。
カンボジアはインフラ整備の遅れから、地方に行けば行くほど道路状況は悪く、街へ出るには時間も労力もかかる。農村部の人たちにとって、遠くへ出向かずとも地元でサービスを利用できることは大きな魅力である。また、教育水準の低い人にとって「小難しい書類に必要事項を記入する」というようなハードルがないのも、受け入れられた理由の1つであろう。
Wingの専用口座を作ると手数料のディスカウントもあるため、こちらを利用する人もいる。
携帯電話、身分証明書、手数料の2.5ドルを店に持参すれば、すぐに開設手続きができ、キャッシュカードのようなプラスチックのカードをもらえる。与信審査もなく誰でも簡単に開設できる、利息のつかない簡易銀行口座のようなものである。預金限度額は1000ドルと低いが「銀行口座みたいでかっこいい」というある種のステータス感が、銀行口座を持たない低下層部にも受けている。
シェムリアップの目抜き通り「シヴァタ通り」に面するWingの代理店には、筆者が訪れたたった15分程度の間にも、約10人のカンボジア人が来店。シェムリアップに出稼ぎに来ているという中年女性は、地方にいる子どもに学費35ドルを送ると話していた。またある男性は、3000ドルをビジネスパートナーへ送金していた。店主の女性が言うには、1日の平均来店数は100人ほどで、100ドル以下の送金が多いという。
長らくWing1社のみの独占市場だったモバイル送金市場だが、ここ1年で新規参入が相次いでいる。大手携帯電話会社スマートによる「SmartLuy」、同じくメットフォンの「eMoney」、タイ資本の「True Money」、マイクロファイナンスAMKの「Mobile Money Transfer」など。
いずれもウィング同様のサービス、価格帯である。携帯電話会社は同社のSIM利用で手数料が安くなるなどのタイアップ商品も展開しているが、参入の遅れによりどこまで伸びるかは未知数である。各社しのぎを削るモバイル送金戦争はこれからだ。
(編集協力:岡徳之)
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