「リンクを貼る行為も、リンク先のコンテンツに対する著作権侵害になり得る」。長い文章だが、確かに何度読んでもそう書いてある。
何かと言えば、先週の欧州司法裁判所の判決である。事の発端はプレイボーイ誌。同誌は2011年暮れ、オランダの人気女性司会者Britt Decker氏のヌード写真を独占掲載する予定だった。ところが、何者かがその写真を入手し、事前にオーストラリアのサイトにリークしてしまう。そしてオランダで人気ニュースサイトを展開するGS Media社が、記事とともに写真のリンクを紹介したのだ。プレイボーイを発行するサノマ社は激怒して抗議し、次いでGSを訴えた。
欧州指令は、「コンテンツを公衆に向けて送信(communication)する行為は著作権者の専権」と定めている。それで単なるリンクでも「公衆への送信」にあたるのか、欧州司法裁(CJEU)に判断のおはちが回ってきた格好だ。
9月8日、CJEUはリンク先が無断掲載コンテンツの場合、「リンクを貼る行為自体が広く著作権侵害になり得る」との判決を公表した。BBC・ブルームバーグなど欧米主要メディアも次々書き立てている。
果たしてリンクは著作権侵害か。従来の日本の通説は「あたらない」だ。リンクの場合、コンテンツをネットにアップしているのは別の者であって、リンク元は、そのリンク先のアドレスをいわば人々に紹介しているにすぎない。よく「ネット上の道路標識」に見立てられるが、つまり自らは著作物の複製も送信行為も行っていない。ここで、間接侵害だ、不法行為だ、人格権だといった議論が複雑に絡んではくるが、ようするに単純リンク行為は著作権侵害ではないという意見が多数だろう。
だから我々は日々、現に無数のリンクを掲載した記事やブログやツイートを発信できている。米国も、著作権で問題視される中心はむしろ「サムネール」や「フレーミング」と言われる行為で、リンク行為自体は著作権侵害ではないという前提が支配的だった。
EUでも、ニュース記事へのリンクを集めて商売するグーグルなどを問題視して、「リンク税」の導入が議論されることはあっても、一般のリンク行為はそもそも著作物の利用行為ではないという前提に立ってきたように見える。少なくとも2014年、「適法コンテンツへの無断リンクは問題なし」とするCJEUの判決が広く報じられたばかりだった。
今回の裁判でもEU司法官は、リンク行為は著作権で規制されるべきでないという意見を事前に発表して、裁判所を牽制していた。しかし、判決はそれを振り切る形で、相手先が侵害コンテンツの場合には、ケースによってリンク自体が公衆への送信にあたる(よって侵害にあたり得る)と判断した。
そこでは、「行為がどこまで意図的か」「アクセスするのは不特定・多数の者か」「営利目的はあるか」といった要素の総合考慮が重視された。つまり裁判所は、「そもそもリンクは仕組みとしてコンテンツに触っていないので侵害はあり得ない」といった前提には、立たなかった。
むしろ、「リンク先が無許諾でアップされたコンテンツだと知っていたか、知るべきだったとき」にはリンク自体が公衆送信にあたるとし、特に「営利目的でリンクを貼る際には侵害コンテンツかどうかチェックすべきなので、侵害を知っていたと推定される」と踏み込んだ。まとめれば、(1)リンク先が無許諾コンテンツだと疑うべき状況ならリンクだけでも公衆送信といえ、(2)特に営利目的でリンクする場合はリンク先の適法性を調べる義務まである、と読める内容だ。
なぜ、「送信したかどうか」という物理的な問題がリンク先に関する知識によって変わるのか、すぐには理解困難だ。だが、判決の影響が甚大になり得ることは専門知識がなくてもわかる。たとえば、YouTubeにアップされている動画には無許諾コンテンツは多数含まれている。無許諾である可能性など容易に想像できるので、動画のリンク掲載自体が侵害になりそうだ。また、いわゆるリーク文書は当然、元の作者に無断で掲載されている。そして人々は当然それを知っている。とするとリーク文書へのリンクは掲載できないのか。
いずれも、差止ばかりか理論上は刑事罰の可能性もある。特に「営利目的の場合にはリンク先の適法性をチェックする義務を負う」点の射程は、どの程度だろう。そういうなら、ほとんどのネットメディアやプロのブロガーの文章は営利目的だとも言える。
こうしたことから、判決も、リンクは意見や情報の交換にとって重要な役割を果たすことを認めた上で、その規制は表現の自由との「公正なバランス」が重要であると明文で認めている。では、判決の結論はその最適のバランスを取ったものと言えるのか。敗訴したGSはそうは考えない。「出来事を紹介するためのリンクの自由を賭け戦う」として、徹底抗戦を宣言した。
他方、侵害コンテンツへのリンクが悪用されると、深刻な問題を招くのは事実だ。代表格は「リーチサイト」だろう。ネット上の膨大なマンガ・アニメ海賊版は、今や海外などのストレージサイト「サイバーロッカー」に身元を隠してアップされる形が主流だ。サイバーロッカーは当然、「ここに海賊版があるよ」とは宣伝しない。それは、海賊版の置き場のリンクを大量に集めるリンク集「リーチサイト」の役割だ。
リーチサイトの影響は極めて大きく、上位サイトが表示するマンガ作品は万に及ぶとも、月の訪問者数は国内6000万人に達するとも言われる。人々はリーチサイトがあるから、海外の無尽蔵な海賊版コンテンツにアクセスできる。何がうれしくてそんなにリンクを表示するのかと言えば、広告収入のほか、アクセスが増えて喜ぶサイバーロッカーからのキックバック収入を受けているのだ。
しかも、彼らは(表面上は)単に海賊版へのリンクを表示しているだけだから法的な問題はない、という立場だ。ユーザー同士の掲示板では、「●●1巻お願いします!」といった海賊版のアップ依頼が公然と飛び交うシャングリラ状態である。
そこでコンテンツが何十万回視聴されようが、お金は国内外の海賊版アップローダーやリーチサイト経営者に入るだけで漫画家にもそれを支えた人々にも、一銭も入りはしない。この行き過ぎは是正するほかないと、筆者も加わった内閣知財本部の「次世代知財システム」委員会でも議論の末「法制面の対応検討を進める」と打ち出し、現在もその検討が続いている状況だ。
こうしたリーチサイト対策には、「サーバが海外にある以上、国内法でできることは限られていて、もう海外の悪質サイトに日本からアクセスできなくする『サイト・ブロッキング』しかない」といった指摘もある。とはいえ、国内の有力リンク集もある以上、国内法での対策も急務には違いないだろう。
しかし、それは相当に場面を絞って、特別法的に規制するのが限界のはずだ。EU判決がいみじくも認めたように、リンクは意見と情報の交換にとって不可欠な情報社会のツールである。「無許諾コンテンツと疑われる場面ではリンク即著作権侵害」といった大味な議論は、かえって事態を混乱させ、悪質なサイトの対策さえ難しくしかねない。
悪質なリーチサイトを抑制しつつ、ネット言論の要といえる「リンクの自由」をどう守るか。この舵取りは、わが日本の課題でもある。
執筆:福井健策(弁護士・日本大学芸術学部 客員教授)
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