「PlayStation VR」や「Vive」の登場により、本格的普及が期待されているVR市場。しかし360度の視野をいかしたコンテンツをどう作ればよいか、没入感を出すための装置を身につけてもらうには何が必要なのかなど、未だハードルは残る。
ライブの生配信や4K画質でのコンテンツ制作など、映像配信サービスとして常に新しい視聴環境の進化に取り組んできたdTVが仕掛けるのは、約11万人を巻き込む大胆不敵なVR戦略だ。今までに類を見ない規模と音楽ライブという強力なコンテンツで、VR普及を阻むハードルに挑む。
dTVは2014年にライブの生配信を開始。アーティストのライブを配信していく中で、「もっと好きなメンバーに寄って見たい」「手元をアップで見たい」といったユーザーの声を受け、新しい映像の楽しみの方の1つとして、2014年にVRコンテンツの取り組みを開始。2016年から本格導入を図る。
「7月にVR視聴アプリ『dTV VR』アプリをリリースしたこともあって、ブームに乗って始めたとみる向きも多いが、着手したのは2年以上前。すでにVRで見るとより没入感やライブ感が味わえるコンテンツも制作しているが、なかなか大々的にアピールする機会がなかった」とdTVを運営するエイベックス・デジタル 取締役の村本理恵子氏は、VRの取り組みを振り返る。
専用アプリdTV VRでは、現在、週に1~2本新規コンテンツを公開し、dTV非会員であっても視聴が可能。ミュージックビデオやダンス映像などを用意する。「バーチャルリアリティということで、非日常を取り扱うコンテンツが多いが、私たちが提供したいのは新たな映像の楽しみ方の1つ。ユーザーの方がより楽しめるものと考えたときにライブやミュージックビデオなど、音楽コンテンツは非常に魅力的」と独自の切り口でコンテンツをそろえる。
dTVが現在に最も注力しているのが、8月27~28日に東京都調布市の「味の素スタジアム」で開催する「a-nation stadium fes. powered by dTV」(a-nation)だ。a-nationは、エイベックス・グループが開催する国内最大級の夏フェス。2日間で約11万人の動員を予定する。
dTVでは、a-nationのライブステージを撮影し、VRコンテンツとして秋の配信を予定。さらに会場内に、a-nation出演アーティストのVRコンテンツを体験できるdTV特設ブースを設置するほか、来場者全員にVRコンテンツを、より没入感を持って見られるオリジナルVRスコープを配布する。
オリジナルVRスコープは2日間で11万個を配布する予定。アニマル柄をモチーフにした5種類のオリジナルデザインを施したほか、接着部にマジックテープを用い、組み立て工程も簡略化したオリジナル仕様だ。
「VRスコープは没入感が得られるため、VRコンテンツの魅力を引き出してくれるアイテムの1つ。しかし既成のものでは“おしゃれ感”が薄く、会場に来る女性のお客様には受けない。女性が『なんだろう』と手に取り、使ってもらうにはどうしたらいいかと考えた時に、スコープ自体をおみやげとして持ち帰りたくなるようなデザインにする必要があると思った」と村本氏は経緯を話す。
「VRアプリを用意する、VRコンテンツを配信すること以上に、VRスコープは重要な役割を果たす。かわいいから使ってみたい、持って帰りたいと思っていただくことで、これを使って見るVRというコンテンツがあり、今までにない新しい映像体験ができることを伝えられる」と独自の手法を明かす。
dTVが目指すのは、VRの普及ではなくて、映像の新たな楽しみ方の定着だ。「会場内にVRブースも設けるが、来場者全員に体験してもらうことは難しい。しかし、全員にきちんと情報を届けるためには、11万人に配るという思い切ったやり方にたどり着いた」という。「おしゃれでかわいいVRスコープであれば、自宅でも使ってくれるはず。撮影しても映えるので、Instagram、Twitterなどとも相性がいい」とソーシャルメディアでの拡散も視野に入れる。
「VRコンテンツに限らず、常にどうすればお客様に使っていただけるかは、dTVがこだわり続けている部分。逆にその部分にこだわらないと、作った人間の自己満足に終わってしまう」と村本氏は、dTVの基本姿勢を話す。
今後のVR戦略については「VRというとアイドルやゲーム作品が注目を集めてしまいがちだが、dTVではライブを中心に“映像の新しい楽しみ方”を提案していきたい。臨場感、没入感が得られることから、ホラー的なものも考えられるし、妄想系と言われるものも受けるはず。今まで制作してきたオリジナル作品にもそういった要素が入っているものがあるので、それをベースにしたVR版を作ることも考えている。
大事なのは“バーチャルリアリティ”が何かを説明するのではなくて、どんな新しい映像が見られるかをアピールすること。VRと言われても一般的なユーザーは『なんだろう』と思うくらいで、興味を抱かない。そうではなくてライブ会場にいるような臨場感が得られる。自分の好きな場所を見られる、といった“楽しみ方”を伝えないとだめ」とわかりやすさを訴えることでVRコンテンツを後押しする。
a-nationは2014年から生配信を実施するなど、dTVの中でも新しい取り組みを盛り込んできたコンテンツだ。「生配信は過去2年取り組んできて“やって当たり前”になった。その次に提供できるライブの新しい楽しみ方と考えたときに、VRは最適なジャンル。前回と同じことはやりたくない」と新たな展開には常に積極果敢な姿勢を見せる。
「今回も『VRスコープを配っても使ってくれるか』『組み立てられるか』といった意見が当然出てきた。それに対して出てきたのがデザインを変える、マジックテープを使った組み立てに変えるという解決策。どのようにすれば実現できるか、という視点を持ち、常にそういう議論を繰り返しながら進めている」。
a-nationライブステージのVRコンテンツは、dTV会員向けに秋に配信予定。ライブ映像のほかアーティストの楽屋裏なども収録される予定。「アーティストの人にもVRコンテンツを作ることを面白がってもらえることが大事。ユーザー、出演者すべてが楽しいと感じてもらうことでコンテンツも面白くなる。VRコンテンツについては私たちも試行錯誤を繰り返しているが、1つ言えるのはdTVでなければできないものを作ること。今まで培ってきたコンテンツの制作力を生かして、そこに特化しないといけない」と、道筋は明快だ。
村本氏は、VRコンテンツを配信するにあたり「VRコンテンツを配信するからといって、ものすごく新規顧客が増えるとは思っていない。しかしdTVならこういう新しい映像も見られるという先進性を感じてもらえる。大事なのは見てもらえるコンテンツを作ること。VRに限らず配信するコンテンツすべてにそこに重きを置いて作っていきたい」と、あくまでコンテンツありきの施策だと強調した。
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