ソフトバンクのARM買収、3.3兆円は高いか安いか - (page 2)

成熟したモバイル市場、未開のフロンティアの存在

 孫社長が買収を発表したときに、ARMの強みであるモバイル市場では市場占有率が85%だとした。モバイル市場はすでに先進国では成熟した製品になり、今後も成長するとしてもいきなり倍になるということは難しいだろう。また、それ以外のコンピューティング市場、たとえばPCやサーバはIntelの牙城になっており、短期間にそれを突き崩すのは難しいと考えられている。

 だが、言ってみれば未開のフロンティアが、まさに今半導体業界の前に存在を表しつつある。それがIoT(Internet of Things)だ。IoTとは”モノのインターネット"なる意味不明な訳語が充てられることもあるが、要するに今まではインターネットに接続する機能を持っていなかった機器に、何らかのインターネット接続機能が入るという意味だ。

 たとえば、時計、カメラ、エアコン、洗濯機、冷蔵庫などの家電、さらにはそもそもデジタル機器ですらない靴や服、カバン、財布……ありとあらゆるモノにインターネットに接続する機能が入り、それぞれが相互に通信したり、自分の位置を通知したりすることができるようになる。

 今なら財布を落としたら誰かが警察に届けてくれるのを祈るだけだが、将来の財布は自分の落ちている位置を持ち主に通知までしてくれるかもしれない。そういう今は想像できないようなデジタル社会を作る、それがIoTの本質だ。かつ、そうしたコンシューマー向けだけでなく、交通、流通、都市インフラ、農業といった今はデジタルとは縁遠いような産業にも、IoTは適用されていくと考えられている。

IoT機器の例、Lenovoが開発しているスマートシューズ。ARMベースの半導体ではなく、ARMの競合のIntelの半導体ベースで製造されている。このようにIoT市場での競争は非常に激しい
IoT機器の例、Lenovoが開発しているスマートシューズ。ARMベースの半導体ではなく、ARMの競合のIntelの半導体ベースで製造されている。このようにIoT市場での競争は非常に激しい

 そのIoTを実現するには、今はインターネットの機能が入っていないようなデバイスにも入れられる、低消費電力な半導体が必要になる。たとえば、財布を毎日充電する人はいないだろう。そのため、一度電池を入れ替えたらそれで半年なり1年なりという長期間動くようになっていなければならない程度の低消費電力の半導体が必要になっていく。

 そういう世界で、低消費電力をアドバンテージにモバイルコンピューティングの世界を制覇してきたARMは有望な選択肢だと考えられているのだ。しかも、IoTの市場規模は、現在のモバイルの市場よりもさらに大きな可能性がある。

 ちょっと考えてみればわかると思うが、家庭の中にあるスマートフォンの台数と、先ほど挙げたIoTになる可能性が高い機器(家電、靴、カバン、財布……)の数を比較したらどちらが多いだろうか。おそらく、スマートフォンの台数の方が多いという人はかなり少数派のはずだ。

 市場規模は桁が1つ、場合によっては2つ違うくらいだと考えてもいい。そこをARMが押さえられれば、100%株主となるソフトバンクが得るべきものは、約3.3兆円の投資などはるかに安い。半導体業界ではそう受け止められているのだ。

 ソフトバンクによる買収を株主に対して説明するビデオの中で、ARMホールディング CEOのサイモン・セガー氏は「ARMベースのチップはこれまで累計で約900億個が出荷されてきたが、それで十分だとは考えていない」と述べている。また今後も研究開発に多大な投資を行い、IoTそして自動車向けといった成長市場への投資を、ソフトバンクの後押しを利用して行っていきたいと説明している。

 そしてソフトバンクの孫社長も、7月21日に行われたソフトバンク・ワールドの基調講演で「今後20年の間に1兆個のチップを地球上にばらまく」と語った。まさにソフトバンクが、そしてARMが向いている方向はそこであり、それは決して夢物語ではなく、十分実現可能な未来なのだ。

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