超高齢社会の到来など、医療やヘルスケア業界の課題は多く、こうした課題の解決や新サービス、新ビジネスなど、新たな価値を生み出すためにこの業界でもITの活用が必須になってきている。こうした中、医師でありながらIT活用の重要性に早くから気づき、実際に起業し、医師限定のソーシャルネットワークサービス「MedPeer(メドピア)」を運営しているメドピアの代表取締役社長である石見陽氏に、起業にいたる思いや今後のビジネスについて話を聞いた。メドピアは、11月4日、5日の2日間、医療・ヘルステックのグローバルカンファレンス「Health 2.0」を日本で初めて開催する。
--初めに、医師を経て起業したきっかけや、起業にかけた思いについて聞かせてください。
石見氏:起業したのは医師になって5年目である2004年12月でした。ただ、当時は何か強い覚悟をもって起業したというわけではありませんでした。
元々、私の母方が医師の家系で、私も医師として一人前になることを目標に、1999年に医師になったのち、2001年から東京女子医大の臨床系大学院で心臓カテーテル治療を学びながら博士を目指して、一流のカテーテル医師になろうと考えていました。しかしちょうどそのころ、いわゆる「東京女子医大事件」(編集部注:東京女子医大において2001年に発生した、心臓手術中の医療事故を隠蔽した事件)が発生して、同校が特定機能病院(編集部注:厚生労働省によって高度医療を提供することを認可された病院)の認可をはく奪されてしまい、その影響で所属する循環器内科にも患者さんが来なくなってしまい、カテーテル治療ができなくなってしまったのです。これが大きな転機でした。
結果、私は別の大学に出向し、主にマウスなどを使った血管再生学の研究をすることになったのですが、患者を担当することがなくなったので、それで生まれた時間をどのように活かすかということを考えたときに、さまざまな業界の方と交流しようと考えたのです。その中で、起業ブームの盛り上がりに触れる機会もあり、自分で会社を設立して、ビジネスに挑戦してみようと思ったのです。最初、「ビジネスは副業」という位置づけで、医師を辞めるつもりはありませんでしたし、気楽な気持ちでの起業だったのかもしれません。
2004年に起業した当時は3名程度のメンバーで、医師を対象とした人材紹介サイトへの送客サービスを立ち上げました。その後、ミクシィが上場するなどソーシャルネットワーキングサービスが大きな盛り上がりを見せてきたときに、医師に限定したコミュニティを創り出して交流を生み出すことは、医師にとって必要ではないかと考えたのです。ビジネスになるかどうかは未知数でしたが、ミクシィの上場は、コミュニティがビジネスとして成り立つ可能性を見せてくれました。ただこの時点で、臨床(患者を診察・治療すること)に没頭して一流の医師を目指すか、はたまた一流の医師という目標を捨てて大きなビジネスを生み出すことを目指すのか、大きな岐路に立たされてとても悩みました。
患者を診て治療するというのは、医師ができる一番イメージしやすい社会貢献です。一方で視野を広げてみると、医系技官といって、医師という立場で国の役人になって医療制度の整備などを通じて社会に貢献する人もいます。さらに世界まで広げると米国ではベンチャーに就職したり起業したりする医師がいるなか、日本では医療分野のアントレプレナーとして世の中に貢献しようという医師はあまりいませんでした。スピード感をもって社会にインパクトを与えられる可能性のあるこの立場が、自分に合っているのかもしれないと思ったのです。これも医師が社会に貢献するひとつの方法なのではないかと。そうして、2006年には、医師としての診療は週に1回とし、副業であったビジネスを本業としてコミットすることを決意しました。
--当時、医師で起業するというのは稀なケースだったのですよね?
石見氏:医師という立場で起業した人はほとんどいなかったと思います。化粧品メーカーを立ち上げたり、有料老人ホームを立ち上げたりといったケースはありましたが、私のようにIT分野のスタートアップで起業しようという人は、まずいなかったでしょう。道のないところを進むということで困難も多かったのですが、ITビジネスの立場で医療へ貢献したいという考えは、今でも強く持ち続けています。
--MedPeerが生まれた背景として「医師同士が交流する場が絶対に必要」を挙げてらっしゃいますが、その意味について教えてください。
石見氏:まず、サービスを立ち上げようとした当時、東京女子医大事件があったということもあり、医師は世の中から厳しいバッシングを受けるような存在でした。「医師は隠蔽体質で、本音では何を思っているかわからない」という意味で「医療不信」という言葉が生まれ、インターネットの発展で医療をめぐるさまざまな情報が飛び交うようになったことが背景にあるのかもしれません。世の中と医師の信頼感のギャップが生じている状態でした。こうした状況において、医師同士が医局(病院や大学で作られる医師のコミュニティ)や診療科、地域といった垣根を超えて交流し、意見を共有するような場はありませんでした。単純に、「ほかの先生たちは今の状況に対して何を考えているのか」という疑問など、医師同士で意見を共有することで課題を解決できる機会が必要だったのです。
一方、臨床という面では、医師は自分の診療科に関する最新の情報はたくさん入手できるものの、他の診療科については手元に一切情報ないという課題がありました。自分の診療科ではない分野の疑問や質問を手軽に相談でき、それを解決できる場があれば、医師にとってはとても便利だろうと考えたのです。医師同士のコミュニティサービスというのは、MedPeerを立ち上げた当時もあったのですが、実はこの臨床面の情報共有が充実していなかったり、医師以外も参加しているのではないかという不安があったりしていたので、しっかりとメンテナンスされた建設的な意見交換ができる場所が必要だと感じていました。この両面で、サービスとしては成立すると考えました。
--サービス開始当初、まずは医師に登録してもらわなければならないと思いますが、どのように会員数を増やしていったのでしょうか。
石見氏:立ち上げ当初は会員数を増やすプランがあまり固まっていなかったので、会員の獲得は非常に苦労しました。そもそも、医師が個人情報を第三者に預けるというのには、まだまだ抵抗があったのです。そういう意味で医師の(サービスに対する)警戒感は強く、またサービスの価値もまだ具現しきっているわけではなかったので、「サービスを使う理由」もまだ見いだせていないという状況で、会員獲得は苦戦しました。それでも、ひたすらさまざまな学会に参加して多くの医師に直接説明し、サービスの目指す価値を理解してもらい、7000人程度まで会員を増やすことができました。
ただ、7000人でも日本の医師の1割にも満たない数字で、この増加ペースではビジネスとしても成立する規模になるまで程遠い状況でした。そこから、サービスが成長に転じたのは、アライアンスが大きかったです。同じく医師向けの医療情報サイトを運営する大手企業との提携が実現して、会員数を日本の医師の1割に相当する2万8000人くらいまで増やせたのです。ビジネスの話ができるようになったのも、この頃からでした。
--その後、サービスはどのように進化していったのでしょう。
石見氏:サービス開始当初の機能は、人材紹介サービスへの一括登録とディスカッション掲示板、医師会員へのアンケート調査くらいでしたが、その後は薬のクチコミ評価ができる薬剤評価掲示板や、エキスパート医師に対して症例の相談ができる場所など、いろいろなサービスが生まれていきました。これらを通じてサイト内に集まる医師の経験を、医師の「集合知」と呼んでいます。
--企業向けのサービスとビジネスモデルについて教えてください。
石見氏:現在、売上の約9割を占めているのが、主に薬剤評価掲示板を活用した製薬企業へのマーケティング支援ですね。薬剤評価掲示板というのは、「食べログ」をイメージしてもらうとわかりやすいですが、薬の基本情報と会員(=その薬を使用している医師)が書き込んだレビューで構成されています。たとえば、Aという薬について知りたくて来訪する医師会員を対象にして、そのAという薬を作る製薬会社がその薬に関する情報を掲載できる広告枠を提供することで、収益を得ています。最初はこうした自社の薬について医師が自由に意見を述べるというサービスの性質が製薬会社に受け入れられず、2年くらいは広告が売れない状況が続き、サービスの価値を理解してもらうための啓発活動を企業向けに積極的に展開していきました。私自身が医師であることで医師にとっての必要性を伝えやすかったと思いますが、途中で大手の製薬会社と提携することができニュースになったことなどが幸いして、苦しみながらもビジネスは徐々に成長してきました。
--今後のサービスの方向性や戦略について教えてください。
石見氏:現状では、MedPeerはまだ臨床の現場において不可欠なサービスというわけではありません。ただ実は医療の世界というのはIT化がとても遅れていて、本来ならITで解決できる課題が実現に至っていないという点も多いのです。こうした臨床現場の課題を感じている医師に届き、課題の解決に貢献できるサービスにしていきたいと思っています。医療には診断、治療などのプロセスがありますが、そのプロセスの中でMedPeerがなくてはならないサービスになりたいのです。医師が欠かせない存在だと思ってくれるサービスの柱を生み出していきたいと思います。
また、10万人の医師に対してリーチできるサービスというのは、国内でも数社しかないのではないかとも思います。その立場を活かしつつ、医師が考えていることを世の中にどんどん発信して医療の情報格差を解消するようなサービスも作っていきたいと思います。医師に向けたサービス、世の中に向けたサービス、双方で社会への貢献を目指したいですね。
--石見氏が指摘する、「医療の世界ではIT化がとても遅れている」その理由とは何でしょうか。
石見氏:医師の地位(の高さ)が医師と患者の情報格差によって保たれてきたから、ということがあるのかもしれません。今は、インターネットによって洪水のように情報が流れ込んできて、患者はどんどん賢くなってきています。医療現場はそれを早期に認めるべきでしょう。また最近は、医師にコンサルタントとしての資質も求められるようになってきていて、そこに医師が対応しきれていないという課題もあるのではないかと思います。
--そのような課題がある一方、11月には「Health 2.0」が開催されます。
石見氏:米国ではもうずいぶん前から、アジア各国、欧州でも医療スタートアップが成長しているという現状がありますが、特に米国では医療制度が崩壊して医療スタートアップのイノベーションは待ったなしの状態だと言うことができます。そうした中で、シリコンバレーでも成長分野として引き続き医療が挙がっていて、この分野に挑みたいという機運は高まっているのではないかと思います。
日本でもこの流れを起こすべく11月4日、5日に日本で初開催する「Health 2.0 Asia-Japan」では、今の日本のヘルスケアにおける注目トピックを総論的に扱います。海外の先進的な事例のレビューをしながら日本の現状と対比させたり、医師が今後の医療を語ったり、ロボティクス技術やスマートライフ技術などについても、海外との比較も入れながら議論することで、これまでなかった視点から参加者が多くのことを学んでもらえたらと思っています。
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