グランフロント大阪を拠点とするナレッジキャピタルは、1月29日から4月19日まで運営を手掛ける「The Lab.」にて、「HYBRID Living in Paradox アート×生命科学の探求展」を開催している。昨年秋から始まった、オーストリアのリンツにある世界的クリエイティブ機関「アルスエレクトロニカ」とのコラボレーション企画の第2弾にあたり、今回はバイオアートの世界で活躍する2組のアーティストによる作品などを無料で公開した。
この中でも注目したいのは、オロン・カッツ(Oron Catts)氏の「Better Dead Than Dying(死にかけなら死んだ方がましだ)」という作品である。女性のシルエットをかたどった細胞を、作品用にデザインされたフラスコ中で培養するという不思議な作品で、世界で初めて不死化されたヒト由来細胞のHeLa(ヒーラ)細胞が実際に使われている。この細胞は生命力が強く、世界中のウェットラボ(バイオテクノロジーの研究施設)で実験用として扱われている。
展示会に合わせて初来阪したカッツ氏は、「生きた細胞をアート作品にすることで、生と死について考えると同時に、バイオテクノロジを取り巻く複雑なストーリーを知るきっかけにもしている」と話す。カッツ氏は、世界でも珍しい、アーティストとサイエンティストが共に研究するオーストラリア大学内の研究施設、シンビオティカ(SymbioticA)の所長を務めており、「バイオロジにアーティストが参画するのは科学の未来にとって大事な行為」ともコメント。「1つの研究も異なる立場から見ることで互いの気づきにつながり、ハイスピードで変遷する研究の現場で何が起きているかを伝える手段ともなる」と、バイオアートの意義について説明した。
約3カ月にわたる展示期間中は、フラスコ内にある細胞のライフサイクルを観測でき、ウェットラボの環境が疑似体験できるのも、今回の展示の大きな特長となっている。「ヒーラ細胞はとても生命力が強いが、閉塞した空間の中でどう変化していくのかは、私自身もわからない。また、細胞は生きているのか、それとも死んでいると捉えるのかは、専門家の間でも議論されている。それゆえにバイオアートは難解だと言われるが、だからこそ直接作品に触れて、いろいろなことを感じてほしい」(カッツ氏)
福原志保氏、ゲオアグ・トレメル氏、吉岡裕記氏による、バイオアートのユニットのBCLは、作品のコンセプトを紹介するかたちでの展示となっている。1つは、故人のDNAをリンゴの木に組み込んだハイブリッドな「生きている記念碑」を造るという「Bio Presence」。2005年に発表され、バイオアートを代表する作品として知られている。ヒトのDNAを組み込んでも木としての生態系に影響は無いという実験結果は得られているが、昨年12月に総務省の異能vation事業に選ばれたことから、実際に木を育てる計画もあるという。
もう1つの、「Common Flowers/White out」は、遺伝子組み換えされた青いカーネーションを、再び白に戻すという実験をベースにした作品。見た目には同じ白いカーネーションだが、遺伝子レベルで同じだと言えるのか、という哲学的な問いにつながる、バイオテクノロジ研究への関心と考察を生む内容となっている。
アーティストのゲオアグ・トレメル氏はBCLの活動について、「バイオテクノロジを題材にアートやデザイン作品を作ることで、一部の閉ざされた環境で使われているマテリアルをオープンにし、テクノロジに対する問題提議や、発展による社会のインパクトをテーマに扱うことが多い」と説明する。最近は拠点を日本へ移しており、早稲田大学理の岩崎秀雄研究室ともコラボレーション作品を発表している。吉岡裕記氏は「自分たちの作品はリアルな研究をベースにしており、実際にリサーチ活動もしている。日本では、細胞やバイオテクノロジーに対する関心が高まっており、バイオアートにも興味を持ってもらえる機会だと感じている」とコメントしている。
キュレーションに携わったアルスエレクトロニカの小川秀明氏リサーチャーも、「世界でも注目されはじめたばかりのバイオアートについて、ここまで踏み込んだカタチで展示しているのはナレッジキャピタルが初めて」としている。見るだけでバイオアートが理解できるかという点については、かなりハードルが高いかもしれないが、シンビオティカ研究所での活動をはじめ、アルスエレクトロニカが2007年から実施するハイブリッドアート部門の作品も紹介されており、最先端に触れられる場であることは間違いない。アイデアも空間もさまざまなハイブリッドで構成された、まさしく「生きた展示会」となっており、これからのバイオアート界にも何らかの影響をもたらすものになるかもしれない。
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