電子書籍ビジネスの真相

ついにキャズム超え--コミック市場の4分の1は、すでに電子書籍になっていた - (page 3)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2015年01月23日 08時30分

 これは別に意外なことでもなんでもありません。米国や英国の出版界では、2009年からの取り組みを通じて以下のような洞察を得ていました。

 “電子書籍は紙の書籍とは「別物」であり、カニバリズムはほとんど生じず、逆に、読書全体を「拡大」する効能を持つ”

 「別物」の意味は4つ。(1)体験が違う、(2)読者が違う、(3)ジャンルが違う、(4)消費目的・シーンが違う。

 「拡大」の意味は5つ。(1)読書習慣をもともと持っている人は、もっと本を読むようになる、(2)読書習慣のなかった人、特にネットユーザーが新たに本の魅力に目覚め、本を読むようになる、(3)これまで知られていなかった本が電子書籍化によって知られ、買われるようになる、(4)自己出版というコストゼロの出版チャンネルが開かれることで、これまでなら世に出られなかった才能がデビューの機会を与えられる、つまり「著者」の幅が広がる、(5)初期投資が少なくてすむ電子出版に、新興の出版社(者)が参入してくる。つまり出版社(者)の幅が広がる。

 その結果、スマートデバイスの普及により、SNS、ゲーム、音楽、映画など、他のエンターテインメントが身近になっているにも関わらず、米国の書籍市場(紙+電子)は横ばい、英国の場合は拡大を果たしているというわけです。

 ベン図にしてみると、次のようになります。


電子書籍と紙の書籍:4つのシナリオ

 この図は電子書籍と紙の書籍の関係について、これまで語られてきた仮説をまとめたものです。米国や英国では、結局、(4)のシナリオが正しかったという結論になりました。これは、紙本と電子本の関係が、先に触れた「補完財」ということになります。カミソリが売れればカミソリの刃の売り上げも増える、といった関係にあるもののことです。

 そして日本でも、少なくともコミックスに関しては、(4)の仮説がほぼ実証されたというわけです。

 となると、次の課題は、コミックスで起きた「逆・カニバリズム」の流れを、いかにしてそれ以外――「文字もの」――の書籍に広げるか、ということに移ります。

 すでに世界の大手出版社、たとえばHarperCollinsなどは、「たとえ価格が半額であっても、電子書籍の方が高い利益を上げられる」と主張しています。

 日本でそうならないのは、何らかの障害があるからです。それらをどう取り除いていくかはまた別の機会に論じることにしますが、少なくとも、「紙か、電子か」の二項対立の思考法が、決定的に時代遅れとなったことは間違いありません。

 1月最終週は、例年、前年の出版統計(紙の出版物)が発表されます。2014年は消費増税もあり、おそらくかなり悪い数字が出るものと思います。たぶんそれを受けて、「出版不況が深刻化」といった記事が、例年と同じように、大量に書かれることでしょう。

 しかし、今や「紙」だけの売り上げを見て一喜一憂するのは、さほど生産的な態度とは思えません。

 すでに「出版」は次のステージに移っており、統計一つとっても、新しい時代にふさわしい「見方」が求められているのではないか――。

 そんなことを思わせる、統計数値でした。

 もう一度牛丼にもどると、ネギだく、汁だく、アタマの大盛り、特盛り……などなど、牛丼にもいろいろバリエーションがありますが、消費者からすれば、ネギ(コミックス)が増量されたのは朗報。今後は、肉(文字ものの本)が質量ともに向上してくれることを、牛丼ファンとしては切に望むものであります。

 ……とここまで書いておいてなんですが、どうやら「吉野家築地1号店」では、「肉多め」「ネギ多め」はトレードオフじゃないらしいです。つまり、「肉多め」は、通常の「並」に、肉の増量分がそのままアドオンされている……らしい。

 ホントですか? 原稿書き終えたのでちょっと確かめに行ってきます!

林 智彦(はやし ともひこ)

朝日新聞社デジタル本部

1968年生まれ。1993年、朝日新聞社入社。 「週刊朝日」「論座」「朝日新書」編集部、書籍編集部などで記者・編集者として活動。この間、日本の出版社では初のウェブサイトの立ち上げやCD-ROMの製作などを経験する。

2009年からデジタル部門へ。2010年7月~2012年6月、電子書籍配信事業会社・ブックリスタ取締役。

現在は、ストリーミング型電子書籍「WEB新書」と、マイクロコンテンツ「朝日新聞デジタルSELECT」の編成・企画に携わる一方、日本電子出版協会(JEPA)、電子出版制作・流通協議会(AEBS)などで講演活動を行う。

英国立リーズ大学大学院修士課程修了(国際研究修士)、早稲田大学政治経済学部卒。

近著に「出版大復活」(仮題、朝日新書より2014年12月刊行予定)、監訳書に「文化の商人」(仮題、三和書籍より刊行予定)などがある。業界誌「出版ニュース」で「Digital Publishing」を隔月連載中。

Ruby技術者認定試験(Silver)合格。

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