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編集記者のアンテナ

クラウド会計「freee」の“近所の美味しいカレー屋さん”の話

井指啓吾 (編集部)2014年11月16日 10時00分
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 まるで友人と接するように消費者とコミュニケーションをとり、企業の堅苦しいイメージを払拭するTwitter軟式企業アカウントが認知され始めてから約5年。当時の盛り上がりに比べれば熱がさめてきたように思えるが、まだ現役を続けるシャープ(@SHARP_JP)やタニタ(@TANITAofficial)、NHK(@NHK_PR)、井村屋(@IMURAYA_DM)などには多くのファンが付いている。


 同様のコミュニケーションはFacebookやLINE@でも可能で、“ゆるめ”の投稿でファンを増やしている企業や店舗は多い。これらは元からそのような使い方が想定されているため特に驚きはないが、また一つ、少し毛色の違うところで、同じ手法を応用できる新たな機会が見つかった。

 「とりわけ大きいアップデートでなく、尺が足りないため、近所の美味しいカレー屋さんの情報を共有しておきます」――10月初旬、クラウド会計ソフト「freee(フリー)」のiOSアプリ、バージョン1.5.2へのアップデート説明文がネットの局所で話題となっていた。

 そこに書かれていたのは、ランチタイムに税込100円でカレーを販売する「一発屋 五反田本店」の紹介文だ。10月1日のアップデート後、この異変に気付いたユーザーの@kasumiiさんがTwitterに「アプリのアップデート内容文で近所のカレー屋さん紹介するのあたらしい」と画像付きで投稿すると、多くのTwitterユーザーにリツイートされ広まり、その内容の意外性からニュースサイトやブログにも取り上げられた。


 なお、過去にはiPad/iPhone用SSHクライアントアプリ「Prompt(プロンプト)」がクラムチャウダーのレシピを掲載して話題になったこともある。同アプリは「Prompt 2」のリリースとともに削除されたようで、現在はそのアップデート文をApp Storeで確認できない。

ユーザーが「読みたくなる仕掛け」を

 「freeeのような“中の人が見えないサービス”は、その“中の人”がちらついて見えたほうが面白い」――アップデート説明文を書いたfreee マーケティング担当の藤崎裕也氏はこう語り、「これだけ話題になるとは思わなかったが、狙っていなかったわけではない」とこれまでを振り返る。

 「これまで」と書いたのは、藤崎氏がアップデート説明文に機能面の以外の情報を入れたのが、今回の“美味しいカレー屋さん”が初めてではないからだ。機能面以外の情報とは、同氏のプライベートの話などである。

 その兆候が見られたのは、6月19日、iOSアプリのバージョン1.2.0の文面。「こんにちは。freeeモバイルチームです。この度はオフィスを引っ越したばかりで、浮足立った状態でのアップデートとなります」。

 アプリのアップデート説明文には、季節の挨拶を入れたり、言葉を多少崩してみたりといったものは割と多いように思う。そのため、カレー屋の件を知らなければおそらく何も感じられないかもしれない。だが、ここには確かに、かすかに藤崎氏によるTwitter軟式企業アカウントならぬ“軟式アプリアップデート説明文”の産声が響いていた。

◇freee、運命の地・五反田へ
創業2周年「freee」の新オフィス--ツバメ会議室やミニ四駆コースも

 続くバージョン1.3.0の文面では「こんにちは。freeeモバイルチームです。どんどん夏めいてきていますが、いかがお過ごしでしょうか。梅雨や、ワールドカップ日本の敗退などで、うなだれている経営者の方々に朗報です」。優しさを見せた。

 その後2回分のアップデート説明文は特に見どころがないが、その次、バージョン1.4.0の文面でついに本性を現す。「こんにちは。freeeモバイルチームです。先日、初めて焼き小籠包を食べたのですが、中から肉汁が飛び出るなんてテレビ的な演出だと思っていたら、かなり勢い良く飛び出てズボンが肉汁まみれになりました。非常に美味しかったです」。

  • この味わい深さ、である。相手のことなど歯牙にも掛けず、ただひたすらに己を主張する飢えた子猫のような鬼気迫る筆致。軽快な起・承・転から、焼き小籠包の味とズボンが肉汁まみれになったことを掛けて「非常に美味しかった」と結ぶことで心地よい余韻を残している。コクとキレが共存するクリアアサヒのような絶妙な味わいだ

 残念ながら、同作は世間の目に止まることなくインターネットの海の底へと沈んでいったわけだが、程なくして、冒頭の「近所の美味しいカレー屋さん」で大ブレイクを果たすことになる。なお、過去のアップデート説明文はすべてApp Storeのアプリページから閲覧可能だ。

 今回話題になったことで、アプリのダウンロード数にはどのような影響があったのか。藤崎氏によれば「微増。少しベースアップした感じ」と、従来とそこまで大きな変化はなかったもよう。確かに、freeeは会計ソフトであり誰もが使うようなものではないため、たとえカレー屋の情報が参考になったとしてもダウンロードには及ばなさそうだ。

 ただし今回は、「freeeがサービスを訴求したいターゲット層に対して影響力の強い人が、Twitterやブログなどで取り上げてくれた。この点はマーケティングとしてよかった」(藤崎氏)。また、今は会計ソフトを使っていない人であっても、今後その人が個人事業主になったり、会社などで会計ソフトを選ぶ立場になったりした時にfreeeの名前を出してくれれば、ブランド認知の向上につながると想定している。

 一方で危惧すべきことも。App StoreやGoogle Playにおいて、サービスの正当な評価を受けられなくなる恐れがある。実際、藤崎氏がカレー屋を紹介した時には「100円玉握りしめてお店に走ったのですが、100円で食べられるのはご飯とルーだけなのですね。非常に悲しかったので★1です。(略)アプリはいつも使ってて凄く便利なのでオススメです」との愛情たっぷりのレビューが寄せられた。


きっといい人

 これを受け藤崎氏は最新版のアップデート説明文で、「本アプリはカレー屋紹介アプリではございませんので、カレー屋に関するコメントで評価を下げるのは控えていただけますようお願い申し上げます」とのカウンターを華麗に決めており、11月15日時点ではカレー屋レビューの抑制に成功している。

 「普通、アップデート説明文なんてほとんど読んでもらえない」と藤崎氏。メルマガの開封率が低いという話もよく聞くが、本来の目的とは別にユーザーが楽しめるよう工夫したこのアプローチは、その1つの解決策となり得るのかもしれない。「このアップデート説明文が、ブランドや新機能の認知の促進に一役買っていると信じている」(藤崎氏)。


「freee」アップデート説明文の中の人こと藤崎裕也氏

 なお、ここまで散々「カレー屋」と紹介してきた一発屋 五反田本店の本来の業態は「居酒屋」である。

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