ただ、佐藤さん側はふたつの点で権利侵害だと主張します。ひとつは、これは原曲の編曲になりそうですが、実はJASRACは編曲の許可は出さないのです。というより、JASRACが管理しているのは演奏や録音といった「曲をそのまま利用する」部分の権利であって、編曲に関わる権利は最初から扱っていません(多くは、音楽出版社という別な会社が管理します)。ですから許可は出しようがないのです。つまり第5回で説明した「編曲権」の侵害が問題になる。
もうひとつは、仮に編曲権の点は度外視するとしても、無断改変には違いないから著作者人格権(同一性保持権)の侵害だというのです。この裁判では、レーベルは「JASRAC許可でいける」という意見だったようですが、結局はPE’Z側が販売をあきらめてCDは出荷停止で終わっています。
理論上は、確かにきつめのアレンジは編曲権や同一性保持権の侵害かもしれません。ですから、実務では音楽出版社などの権利者サイドに「挨拶」を入れてカヴァーをするケースも多いようです。もっとも、いつも厳密に出版社(→編曲権)にも作詞家・作曲家本人(→同一性保持権)にも挨拶を入れているかと言えば、実際にはもう少しゆるくやっていますね。
そもそもジャズは、アドリブも含めて既存曲をアレンジするのが信条ですし、やってみないとどんなアレンジになるかもわかりません。それをいちいち、JASRACの許可や支払のほかに別な権利者の了承「も」取れというのは無理だ、という指摘もあります。理屈としてはわかります。
実際、現場では音楽出版社は全般にカヴァーに寛容だとも言われます(アレンジ版でも、原曲の著作権収入は入るのですから当然ではありますね)。また、作曲家とアレンジャーが別れがちなポップス系は、そもそもアレンジはその都度変わって当然だという発想もあるようです。他方、いわゆる純音楽系は、作曲家がオーケストラ編成含めて創作しますから、アレンジを勝手に変えられると困ると感じやすいのだ、とも説明されます。
このように、法律は法律として、現場ではジャンルごとの事情を加味しつつ、適宜相手の顔や事情も「斟酌(しんしゃく)」しながら、カヴァーは花盛りを続けています。間違いなく、原曲に新しい命を吹き込み、我々に新鮮な感動を与える音楽文化の重要な一翼ですね。いわば、法律論だけではない、グレー領域がうまく機能しているように思います。
このグレー領域の効能と、それが直面しつつある変化を、次回は「二次創作」を題材にもう少し掘り下げてみましょう。
(続きは次回)
レビューテスト(18):JASRACは原曲の演奏や録音の許可は出せるが、編曲や原曲の改変の許可は出せない。○か×か。正解は本文中に!
【第1回】著作物って何?--文章・映像・音楽・写真…まずイメージをつかもう1991年 東京大学法学部卒。1993年 弁護士登録。米国コロンビア大学法学修士課程修了(セゾン文化財団スカラシップ)など経て、現在、骨董通り法律事務所 代表パートナー。
著書に「著作権とは何か」「著作権の世紀」(共に集英社新書)、「エンタテインメントと著作権」全5巻(編者、CRIC)、「契約の教科書」(文春新書)、「『ネットの自由』vs. 著作権」(光文社新書)ほか。9月17日に新著「誰が『知』を独占するのか」(集英社新書)発行
専門は著作権法・芸術文化法。クライアントには各ジャンルのクリエイター、出版社、プロダクション、音楽レーベル、劇団など多数。
国会図書館審議会・文化庁ほか委員、「本の未来基金」ほか理事、think C世話人、東京芸術大学兼任講師などを務める。Twitter: @fukuikensaku
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