ITやM2M、クラウドで農業を変革--ルートレック・ネットワークスの挑戦 - (page 2)

別井貴志 (編集部)2014年03月20日 10時00分

 そして、最初に手がけたのが2010年に総務省「地域ICT利活用広域事業」として委託を受けた「食の安心・安全構築」事業だった。これは、特定非営利活動法人の銀座ミツバチプロジェクトが受託し、この受託案件に対してルートレックが「土壌センサー対応ZeRo」で技術支援するかたちとなった。岡山県新庄村のあいがも農法と、栃木県茂木町のブルーベリー畑で導入し、食の安心・安全を目的に生産者と消費者を結ぶ「みつばちの里プロジェクト」として動いた。

  • 農業クラウド「みつばちの里」での事例

 Wi-Fiを搭載した太陽電池動作の汎用的なほ場(菜園)センサーを「電脳みつばち」と称し、気温や土壌温度、土壌水分量、土壌EC値(肥料濃度)、位置、時刻を自動計測し、それを参考にして肥料や水を与えるタイミングなどを計ってもらう。この事業に取り組んでいるときに東日本大震災があったため、放射能センサーも導入した。こうした一連の取り組みは、すべてポータルサイトで公開した。

 佐々木氏は、このプロジェクトについて「生き物のミツバチというのは環境センサーで、農薬を撒くなどすると、居なくなったり、場合によっては死んでしまったりする。そのため、土の上では生き物のミツバチが、土の下は我われの電脳みつばちがモニターするということ。取り組み自体は非常に反響があったが、反省点も含めて、ここでの経験は多くのことを学び非常に貴重だった。やってみてわかったが、農業をやってらっしゃる方は、“見える化”を望んでいるのではなく、見えることによって、その次のアクションを望んでいる。何のアクションかというと、水が足りなくなったなとわかったときに自動的に水を与える、肥料が足りなくなったとわかれば、肥料を自動的に与える。そういうことをやってくれない限りは、ITは結局自分たちの仕事を逆に増やしているだけ、そういう風に受け止められた感が強い」とし、ITを本格的に農業に導入する課題を次のように示した。

  • システムが高価
    初期費用とランニングコストが高いので、商品にした場合の価格が高価になってしまう。
  • 各種データが農業活動に活かされていない
    現在のICTの関与は情報の“見える化”に力をいれており、収量に直接関係する、栽培技術への結びつきが弱いので生産者の農業活動に活かされていない。
  • 農業従事者のICT機器に対する壁
    平均年齢66歳の高齢者へのICT機器利活用の限界。経験と勘による生産ノウハウの伝承をICTで解決する工夫が足りない。
  • 出口戦略
    IT農業による収量アップ分の農作物の販売先の確保、ブランド戦略を併せ持つビジネスモデル必要。

 そして、こうした課題をクリアするために生み出したのが、ICT養液土耕・施設栽培支援システム「ZeRo.agri」だ。養液土耕とは、以下の特徴を有する。養液土耕には点滴灌水というイスラエル人が1959年代に開発した栽培技術が使われ、1滴ずつ養液を与えることで根に必要な酸素が土の中に保たれ、根の活動が活発化することで、作物の品質向上が期待できる。

  • 水に肥料を混合した養液を点滴することにより培養液を供給。
  • 作物が必要とする成分を、必要な時に必要な量だけの培養液を供給することが狙い。
  • 基肥(苗などを植え付ける前にあらかじめ土壌に施しておく肥料。原肥ともいう)を使用しないため、定植直後の苗にストレスがかからず、安定した生育が期待できる。
  • 過剰施肥による土壌や水質の汚染を軽減できる。
  • 土耕栽培からの移行が容易。

 さらに、ZeRo.agriの特徴は以下の通りだ。

  • 作物が必要とする成分を、必要な時に必要な量だけ培養液を供給。
  • 培養液の供給制御は、日射追従制御、土壌水分、培養液濃度の定値制御をする。
  • 生育を見て、目標水分値、培養液の濃度をタブレット端末(Windows 8)で変更できる
  • 日射量、土壌水分、地温、肥料濃度、目標水分値はすべてクラウドに10分間隔で集約され、いつでもどこでも閲覧可能。グループなどでデータ共有もできる。
  • 基本的な培養液の供給はすべて自動。
  • ZeRo.agriのネットワーク

  • ZeRo.agriのシステム

  • Windows 8タブレットアプリのトップ画面。アプリはWindowsストアからダウンロードできる

  • Windows 8タブレットアプリの制御画面

  • ZeRo.agriシステムの構成と仕様

 ZeRo.agriシステム構成一式は120万円の価格を設定している。佐々木氏によると、農業経営体数は全体で167万あり、その中でルートレックが狙っているのは施設栽培で、それは19万2000経営体数ある。だいたい施設栽培は、面積10アールで稼げる金額が年間で300万円くらい。一般的には20~30アールを経営しているところが多く、つまり年間1000万円前後の売上の人が多いそうだ。その水準で数千万円もの投資ができる人は少ないだろう。また、ZeRo.agriを使うと収量が約2割くらい上がる予想で、そうなれば1000万円の売上が2割上がり、1200万円が見込まれる。もちろん、減価償却や仕入れなどのコストもあるが、1年半くらいで初期投資が回収でき、2年目からは増加した2割の分がすべて利益として回収できるという計算で、120万円に設定した。

 ただし、システム費用のほかにランニングコストとして、通信費込みのクラウド利用料が年間12万円かかる。この金額はスマートフォンなど携帯電話にかかっている金額を参考に設定したそうだ。タブレット端末はWindowsのみの対応で、これはユーザーが別途用意しなければならない。

 いずれにせよ、この価格にできたのはクラウドを活用することが大きかったようだ。電脳みつばちの頃は、Windows AzureとAmazon Web Servicesを両方使っていたというが、現在はAzureのみ。佐々木氏は「アマゾンはもともとクラウドの企業ではなく、言い方は悪くて恐縮だが本業のEC事業で余った部分を実質的にサービスとして提供しているわけで、クラウドそのものを本業にしているところと組まないと将来的なサポートに不安があるのではないかと考えた」という。

 また、このZeRo.agriシステムの特徴として佐々木氏は、「クラウドには、あるアルゴリズムが入っていて、作物がどれだけ養液を吸ったかというのが計算機でわかる。それで、吸って足りなくなった分を適宜撒きなさいということを10分単位で見ながら、自動化している。量や濃度もコントロールしているが、自動である程度育ってもこれだけでは実はうまく育たない。やはり天気の影響を受けるなど、センサーではなかなか計れない、想定できない外部要因に対して“熟練者の勘と経験”による調整が必要になるわけだ。そこで、タブレットで数値を見ながら、手動調整できるようになっている」と説明した。

 こうした熟練者の操作も、そもそもモニタリングしているデータが見られなければ調整することもできないだろう。また、高齢者が敬遠するようなキーボードを打つこともなく、できるだけ簡単に操作できるようにユーザーインターフェースも配慮されている。熟練者の手動調整もデータとして取り込んでいるので、来年度にはこうした学習効果もアルゴリズムに適用できるようにする計画だ。さらに、天気予報自体はタブレットでも表示されるが、将来的には天気予報も加味した学習効果を発揮できるようにするかまえ。

 ZeRo.agriシステムは現在神奈川県、群馬県、岩手県、沖縄県の農家でパイロット顧客のようなかたちで既に導入されており、合計10セットが稼働している。2014年の春からは、栃木県、秋田県、宮城県の農家でも利用される見込みだ。佐々木氏は「この4月からは代理店を全国に設置するので、本格的に広げていこうとしているところ。農業の方もきちんと休日がとれて、それでもなお収穫量、収入が上がりビジネスとして成り立つようにお手伝いしていきたい。また施設栽培のIT農業というのは、世界で通用すると考えているので、日本の栽培のノウハウをきちんとパッケージにして、将来的にはアジアをはじめとして海外へも広げていきたい」と締めくくった。

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