韓国ネット市場の現状と機会

海老原秀幸(CyberAgent Ventures, Inc. ソウル事務所代表)2013年06月25日 08時30分

 前回の記事においてスマートフォンゲーム市場についてお伝えしたが、韓国のネットビジネス市場は隣国にも関わらず、これまでその市場動向や実態について日本国内では情報が限られていると感じている。そこで今回は韓国ネット市場の現状と機会をお伝えしたい。

高いインターネット普及率と強固なインフラ。AndroidとSamsungを中心とした世界有数のスマートフォン大国

 韓国のネット普及率は80%超、インターネット回線速度は世界で第一位(2012 Akamai調査結果)、スマートフォン普及率は現時点で70%超、今年中には90%を超える予測である。また、スマートフォンに関しては30%以上がLTE(4G)機であり、まさにスマートフォン大国の面目躍如といった状況である。サムスンのお膝元ということで、アンドロイドが市場の80%以上を占め、iPhoneは大幅な後塵を拝している。地下鉄では多くの人々がスマートフォンで動画やゲーム、ネットサーフィンに興じるのを見ることが出来る。特にAndroid端末の中でもGalaxy Noteのような画面サイズが大きい機種が人気なのだが、動画やゲームを楽しむには、まさにこのような大画面の機種が最適なのであろう。実際、Galaxy Noteを使うと手軽に持ち歩けるスマートフォンのサイズとしては最適であると思える程に使い易い。電子書籍もストレス無く読め、メモ帳としても活用することが出来、タブレットとスマートフォン双方の長所を兼ね備えていると感じる。今後、Samsungは更に一回り大きいGalaxy Megaを発売予定だが、タブレット市場の一部を大画面スマートフォンが侵食する可能性は大いにある。その大画面機が一足早く普及しているという観点からも韓国は実験的な市場であると言えるだろう。

ネットビジネスを牽引する新たなサービスを生み出す先見的な市場

 韓国ネット市場の特徴のひとつとして、世界的に早い段階で次世代のスタンダードとなるサービスが生まれる傾向があるという事が挙げられる。

 ソーシャルネットワークサービスであるCyworldは、現在でこそ個人情報流出の事故や類似・代替サービスの台頭により、当時の勢いは無い状態であるが、2001年というネットビジネス黎明期に生まれ、国民的なSNSの地位(会員数2,700万人。人口が約5,000万人の半分以上が登録)を獲得しており、オンラインゲームにおいてもアイテム課金というビジネススキームをいち早く取り入れ、ネクソン・ネオウィズといった世界的なオンラインゲーム企業を数社輩出している。昨今ではスマートフォン向けのメッセンジャーアプリであるKAKAO TALKが世界的にも早い段階で登場し、こちらも全人口の50%以上が登録する国民的サービスになっている。

 この新たなサービスがいち早く生まれる土壌は当社がソウルに拠点を設けた理由の一つでもある。

 ここで特筆すべきが、サービス出現の時期に加えて、国民の50%以上が利用するサービスが歴史上2つ以上も生まれている点だ。

 その理由については、その国民性と人口の約半分である2,200万人がソウルとその周辺に居住する人口密度の高さが相まって伝播性が高い市場を醸成しているという説など諸説ある。いずれにしても良いサービスは短期間で一気に拡散するという市場の性質がいち早く次世代のサービスを生む事に寄与しているのは間違いないであろう。

ウェブからスマートフォンへのデバイス移行が呼び起こすネットビジネスの地殻変動

 実際に韓国で仕事を始めて実感したことが幾つかあるが、「ネットビジネス市場におけるNAVERの影響力の大きさ」がその内のひとつである。約70%のシェアを保有するポータルサイト・検索サービスのみならず、そのトラフィックを基点としてブログサービスやコミュニティサービスであるNAVER CAFEなど幅広いネットサービスを提供している。また、インターネット広告市場もNAVERのみで市場規模の約60%を占有しており、これまでの韓国ネットビジネス市場でNAVERがどれ程大きい影響力と存在感を持っているかを示している。この大きな巨人の影響は韓国のネットビジネス市場に幾つかの特徴をもたらしている。

 例えば、NAVER上にはGoogleやYahoo!の様なSEOの概念は存在しない。NAVERのブログに多く記載されている事項が上位表示される仕組みはあるようだが、GoogleやYahoo!のように、運営者側がサイト構成やコンテンツ内容、その他様々な対策を施す必要がある類のものではない。また、インターネット広告市場の60%をNAVERが占め、インターネット広告市場全体の約80%をNAVERと2位のDAUMで占有していることが、広告代理店のポジションやアドテクノロジーの発達に影響を及ぼしている。

 もうひとつの大きい影響が、独立系のバーティカルサービスやコミュニティ系のサービスへの影響だ。日本にあるような独立系のコミュニティやバーティカルなサービスの大半は、NAVER CAFÉの中にコミュニティのひとつとして存在している。

 これまで続いてきたNAVERを中心とした生態系がゲーム以外のネットスタートアップに大きな影響を与えてきた事は間違い無い。

 私が投資分野のマーケットリサーチの段階で多く耳にした意見が、ゲーム分野は有望だが、非ゲーム分野はNAVERの影響力が強くて難しいというものであった。確かにこれまでのウェブを中心とした世界ではNAVERの存在は圧倒的であり、今後もその優位は簡単に揺らぐ事は無いと思える。しかし、スマートフォンとそれに伴うネイティブアプリの普及、KAKAOの登場などによって、スマートフォンプラットフォームの世界でNAVERは以前程の影響力を保ててはいない。そもそも、業界内ではNAVERはスマートフォンビジネスには遅れをとっているとの意見も多くあり、同分野でKAKAOが圧倒的な存在を誇ることからも、NAVERがスマートフォン上においてウェブと同等のエコシステムを作るには、まだ時間がかかるであろう。

 現在の状況はこれまでのエコシステムが変わる可能性のある混沌期なのだ。

 私は正にこの混沌としている時期にこそスタートアップのチャンスがあると考えている。スタートアップが、この時期の間にどれだけユーザーを惹きつけるプロダクトをリリースし、的確にマーケティングできるかが鍵である。NAVERのサービスは非常にクォリティが高く、スタートアップが中途半端なものを出してもユーザーの目が肥えているため、そう簡単には問屋が下ろさないだろうが、今後は非ゲームのビジネス分野により多くのビジネスチャンスが増えてくると予測している。

強い海外進出意欲とグローバル展開を可能とする国際的な人材。近くて大きい市場である日本・中国・アジアに熱視線。

 私が韓国投資に携わることになって以来、頻繁に受ける質問のひとつが日本と韓国のスタートアップの違いである。

 そして、その返答のひとつとして挙げられるのは、グローバル展開への意識の高さであろう。意識というよりは必然性といっていいかもしれない。韓国は人口が約5,000万人と日本の約半分程度で内需限られている事もあり、早い段階から海外を意識せざる得ない環境である。教育においても競争が激しく、多言語習得のニーズは非常に強く英語教育や受験は非常に盛んである。

 そのような背景もあり、起業を志す若者やスタートアップ経営者の大半は英語を流暢に話す。また減少傾向にはあるものの、他国と比較すると日本語を話せる人材も多い。10人規模のスタートアップであれば大半の経営陣は英語を操り、そこに時折、日本語を話せるメンバーも居たりするのが韓国スタートアップの強みであると感じている。(反面、日本のスタートアップは国内市場が巨大の為、海外展開する必然性は殆ど無いわけで、この点は大きな違いであろう)

 このような環境により、韓国のスタートアップは非常に海外進出意向が強いにもかかわらず、特にインターネットビジネスに関する日本市場の情報に関しては、絶対的な量が多くない印象だ。実際に多くのスタートアップや投資関係者に会うと、一様に日本は市場が大きいという事は認識しているが、具体的な市場やマーケティングのトレンドや方法がどうなっているかは知り得ないと意見を貰う。それに対して、アメリカや中国の情報は多く流通しているという印象だ。

 ただ、最近ではアドラッテのように韓国スタートアップが日本市場で上手くいき始めている例も出ていることやスマートフォン向けビジネスの盛り上がり、日本マーケットの市場規模を象徴するゲーム分野のニュースがきっかけとなり日本市場に興味を持つ会社が増えてきている。市場の大きさに加えて、西欧諸国と比較して文化的に通じる面も多く、距離的にも近いこと。そして、スマートフォンビジネスでは世界的にも先進しているという自負が、今後も少しずつこの流れを加速させることになるであろう。

 国内市場を橋頭堡に日本・中国市場、エマージング市場として東南アジアを見据える企業が多く、豊富な人材を抱えるこのマーケットからスマートフォンビジネスを牽引する新たなスタートアップ企業が出てくる可能性は大いにあると感じている。

政府をはじめ社会的にスタートアップ企業への支援機運が高まりベンチャーブームが再燃

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