「進化の謎」「不完全の美」など白熱する議論や交流--TED 2013レポート2日目

 2月25日からカリフォルニア州ロングビーチで開催されている「TED Conference 2013」。2日目の2月26日は、いよいよTEDのセッションがスタートし、イベントも本格的にスタートした。

 1つのセッションにはそれぞれテーマが与えられ、6名のスピーカーがスピーチする。各スピーチはビデオで収録され、翌日にはTED.comのウェブサイトで公開される。このプロダクションについては、次回レポートするTEDの舞台裏でご紹介したい。また、TED Blogでは、スピーチの内容がテキストでまとめられているので、こちらも参照するといいだろう。

水洗トイレのない生活と、iPhoneのない生活、どっち?

 セッション初日は、「Session 1:Progress Enigma」(進化の謎)、「Session 2:Beautiful Imperfection」(不完全の美しさ)、「Session 3:The Spark」(スパーク)の3つのテーマが行われた。

 トップバッターとなったのは経済学者Robert J. Gordon氏。経済成長の歴史についてふり返り、現在の成長は「人口動態」「教育」「負債」「不公平」の4つによって阻害されつつあると指摘。1700年まで続く0%成長に戻るとして、成長の終焉を語った。

 特にITに従事している読者の皆さんや筆者は、「デジタルが成長要因になるのではないか」と信じているが、Gordon氏は、2007年以前に発明されたモノについて、例えば「水洗トイレがない生活と、iPhoneがない生活、どちらを選ぶ?」と考えると、デジタルが人間の生活にさほど大きな影響を与えているわけではないと指摘できるという。

 これに対して、次のスピーカー、MIT Center for Digital Businessでディレクターを務めるErik Brynjolfsson氏は、冒頭でこれに反論し「成長は終わっていない」と切り出した。Brynjolfsson氏が指摘する「新しい機械時代」は機械によって、これまでの肉体的な生産性向上ではなく、アイデアの生産性向上を求める事を意味する。

 現在の子どもが遊ぶPlayStation 3の性能が1996年の軍事用スーパーコンピュータを越えるほどに進んでいる。そして、例えば「TurboTax」(PC用の確定申告用ソフト)の価格である39ドルで、人間の税理士に仕事が頼めるか、といわれると、価格競争力でコンピュータに勝てない。

 そこで人間が機械に勝つ方法は、物理的にコンピュータを破壊するハンマーではなく、これらの機械とより良いチームワークを作ることであると締めくくった。

  • スピーチ後にディスカッションをするRobert J. Gordon氏(左)、Erik Brynjolfsson氏(右)とキュレーターのChris Anderson氏(中央)。

    (提供:TED Conference)

  • TED Prize 2013を獲得した英国Newcastle大学のSugita Mitra氏。

    (提供:TED Conference)

TEDの醍醐味はスピーチの間のディスカッション

 この2つのスピーチが終わり、セッションのキュレーターを努めるChris Anderson氏が2人をステージに招き入れ、対立する議論についてのディベートを展開した。

 TEDのスピーチは「TED Talks」としてウェブですぐに公開されるが、それ以外にも、スピーチの間にそのセッションを担当するキュレーターがコメントをしたり、前後の登壇者を壇上に招いて質疑応答したり、ディスカッションしたりもする。例えばこの日は、経済成長について議論された。これは、TEDの会場ならではの楽しみだ。

「TED Prize 2013」受賞者が提唱する「SOLE」とは

 TEDでは毎年、「TED Prize」を表彰する。世界を変えるアイデアに対して100万ドルの資金とTEDによる支援が与えられる。2005年から行われ、第1回目に選ばれたのは、TED 2013でSession 1にも登壇したU2のBono氏だった。

 ちなみにBono氏はこの日のスピーチで、ロックスターから「Evidence Based Activist」になったとし、アフリカの国々での飢餓対策の取り組みによって1990年以降その割合は半減し、2030年までに「ゼロ」にできるという「データ」を披露した。

 今回TED Prize 2013に選ばれたのは、Sugata Mitra氏。

 インドでコンピュータを活用した教育の取り組みから「Self Organized Learning Environment」(SOLE)を提唱している。そして、学びの方法をプラットホーム化して世界中で活用できるようにし、世界中から有用なデータを集める取り組みを考え出した。

 SOLEには、新しい教育環境をモデル化し、ブロードバンド回線、子ども同士のコラボレーション、激励と称賛、質問を中心としたカリキュラム、お互いによる評価、試験以外の方法による単位認定というコンセプトがある。今までの教室型の授業とは違い、自律的に学習するための場として学校を設定するという考え方と、これをモデル化して「キット」として配布することで、世界中で新しい学びの環境が作れるようになるというアイデアだ。

  • 「ファクティビスト」(Factivist)についてスピーチをしたBono氏。

    (提供:TED Conference)

  • ダイオウイカの潜水艇のデザインについて語るEdith Widder氏。

    (提供:TED Conference)

 TED Prizeも含め、この日の3つのセッションは、教育による問題解決、自然や科学、人間生活に対する好奇心といったテーマが集められていた。あるいは「無知を祝福しよう」というスピーチがあったり、「20代の危機」に対して「Identity Capital」への投資という考え方を提案したり、さまざまなレベルでの学びや成長について考えさせられる1日だった、と振り返ることができる。

 日本でも非常に話題になったダイオウイカのドキュメンタリーに携わった海洋生物学者のEdith Widder氏は、NHKで放映された映像をふんだんに使い、どのようにして新しい潜水機械をデザインしたかについてアイデアを披露した。ダイオウイカのシーンは、会場からも驚きの声が上がっていた。

 このように、キュレーションによって集められたスピーカーが持っているテーマと、それをつなぐキュレーターのトークは、来場者たちの意識や思考を1つの方向に向けさせ、さまざまなアイディアを来場者同士が自然に交わし始める、そんな空気が、TEDのセッションによって作り出されている。セッションで終わりではなく、その後に誰と何を話したか、ということも大切な体験となる。

 これらのセッションはすぐに編集され、世界中の人びとの目に触れる。TEDではよく「Ripple Effect」という言葉と、波紋の写真が使われているが、まさに外側の方で波紋を感じる体験を経て、その水滴が落ちる瞬間に居合わせて、どのようにTEDを活用すれば良いのか、理解し始めたように感じた。

ホールだけではないセッションの多彩な楽しみ方

  • 「ソーシャルスペース」での交流が醍醐味。

 TEDのセッションは、メインステージで行われるが、セッションはメインステージ以外でも楽しめる。TEDの会場には「ソーシャルスペース」と呼ばれるエリアが多数用意されており、スライド用とスピーカー用の2台のソニー製大型テレビが設置され、会場の映像が生中継される仕組みだ。

 リラックスできるソファや電源などが用意されていて、ちょっと広めの家のリビングルームのような空間だ。近くにあるコーヒーバーのラテを飲みながらTEDのセッションを聞く、といった体験ができる。しかし、ただ家でストリーミングを見ているのとは違う。

 同じテレビ画面を見ている隣の人と、パフォーマンスに驚いたり、美しい写真に溜め気を漏らしたり、場と感情を共有しながら自然に会話を弾ませる光景が広がっているのだ。こうした共通のテーマがインプットされ、前提を共有しながら始まる交流こそが、TEDへ参加する醍醐味であることを知った。

 また、ソーシャルスペースは企業によって提供されている。例えば、IntelとKnight Foundationは「The Hub」というソーシャルスペースを提供しており、企業の色を出したTED体験を提供するチャンスと言えるだろう。

 次の2月27日午前中のセッションでは、東京で行われたオーディションで選ばれたヨーヨー世界チャンピオンの日本人、Black氏が登壇する。この日のセッションが終わってから会場で、照明やカメラワークなどを含めた念入りなリハーサルも行われていた。彼がどのような水滴を落とすのか、楽しみである。

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