ここ数年、デジタルマーケットプレイスは大きく変化した。CPM(インプレッション単価制)からCPC(クリック単価制)入札への移行が行われ、新たな検索エンジンの登場やAPI(Application Program Interface)、RTB(Real-Time Bidding)を通したアドエクスチェンジ上でのディスプレイ広告の売買なども見られる。近年では、ソーシャルマーケティングも重要性を増しつつある。このコラムでは5回に渡り、マーケットの歴史を紐解くと同時に、テクノロジーがどのようにデジタルマーケティングの市場を形作ってきたかを紹介していく。
初期のテクノロジーは、リスティング広告において多数のキーワード管理を可能とすることを目的としたもので、この頃はエクセル等を利用した手動でのキーワードや入札の管理が一般的だった。パフォーマンスの向上と、管理のスケーラビリティに重点を置いた部分的な自動化により、キーワードの拡張を助長し、多大なクリックやコンバージョンデータを処理、分析することを可能とした。この時点では、リスティング自体がまだ比較的新しい広告であったこともあり、予測アルゴリズムはキャンペーンの成功においてそれほど重要視されてはいなかった。
これらのテクノロジーが持つ特徴の背景はGoTo.comに遠因となる。GoToはリスティング広告のオープン式オークションマーケットプレイスで、何位に入札しているのかを常時閲覧することができたので、順位を維持するための入札額の調整が容易に行えるシステムだった。その後、GoTo はOvertureと名を変え、Yahooに買収される。
2002年に、GoogleはCPCベースの広告システムを発表し、品質スコアというより不透明な要素を導入する。これにより、市場は大きく変化を遂げることになる。2006年、YahooはOvertureに替わり、PanamaというGoogleに似たシステムを発表し、MicrosoftのadCenterもこれに続く。大手の媒体が、外部には不透明なマーケットプレイスを導入したことにより、市場の全体像の確定は不可能となり、アルゴリズムによる予測や最適化が重要性を増した。
テクノロジープロバイダーが次に着目したのは、リスティング広告担当者の生産性を向上させるためのキャンペーン管理とワークフローの自動化機能だった。ワークフローとプロセスの自動化は複数キャンペーンを並行して管理することを可能とし、キーワードの自動生成やアカウント構成への組み込み機能などの需要も増した。在庫連動や広告作成機能により、在庫に応じた商品広告の停止や、価格の変更と連動した広告文の自動入稿なども可能となった。ワークフロー機能の充実により、広告文やランディングページの検証なども容易に行える。
多くのテクノロジーは、どうすれば開発した機能が重要なものとして認められ、プラットフォームの価値として理解されるようになるかを常に考えている。激しい機能拡張競争の中、マーケットの要求に応えつつも他社との差別化を図り、技術革新に勤しんでいる。
インターネット人口が増加する中、インプレッション数は引き続き増加し、細分化ターゲティングなどにより収益を得る機会が増加するだろう。検索エンジンは、広告主に新しい広告種類やターゲティングのオプションを提供し続けている。
サイトリンクやプロダクトエクステンション、プロダクトリスティング、地域ターゲティング、新たなマッチタイプなど、近日でも多くの広告オプションが発表されており、今後も次々と追加されていくことが予想される。
新規のマーケットプレイスでは、インターネットの成長と共に広告数が飛躍的に伸び、リスティング広告と同様にAPIにより管理され、オークションで売買される傾向にある。余ったディスプレイ広告枠は、ターゲティング対象のカテゴリーを付与されてアドエクスチェンジで取引される。ソーシャルメディアでの広告在庫も同様にオークションモデルで売買され、ユーザーのプロフィール、興味関心などをターゲットとした配信を可能としている。
これらの新しいチャネルの増加は、APIにより管理し、入札を行い、最適化することが可能な広告が増えていることを意味する。媒体が増えると共に重要性が増すクロスチャネルでの計測や最適化については、後の記事で紹介したい。
ヨーロッパの広告主は、早い時点でアメリカの広告主の事例にならって自動入札のテクノロジーを採用した。この早い普及の背景には、複数の国と言語を持つヨーロッパの市場ではキーワードの管理が煩雑になるため、テクノロジーの必要性が高かったことがある。同時期にテクノロジープロバイダーもヨーロッパ全土で勃興し、独自の自動入札機能の開発を進めた。しかし、多くの企業は予測モデルではなくルールベースのアプローチを選択した。
ヨーロッパでは、Googleが独占的なシェアを誇るようになっており、国によっては95%以上のマーケットシェアを握っている。しかし、ヨーロッパでは国ごとに特性を持った検索エンジンも存在する。例えば、欧州で2番目に大きいマーケットであるロシアでは、YandexがGoogleを差し置いて独占的な地位を占めている。Yandexは独自の広告システムを開発しており、APIを通して自動入札や入稿などが行える。
Seznamもチェコで大きなシェアを占める。アジアでは中国のBaiduや韓国のNaverが大きなシェアを保持し、複数の検索エンジンで並行して広告を配信することにより、キャンペーン管理の複雑さが増す。
日本のデジタルマーケティングは、当初はYahoo! JAPAN のようなパブリッシャーや、電通や博報堂のような大手の広告代理店が強い力を持っていた。しかし、ネット専業代理店やGoogleのような媒体が参入することにより市場が広がり、複雑さを増しつつある。メディアバイイングに対する考え方も変化の兆しが見られる。
過去の日本では、入札管理のテクノロジーはすべて自動入札ツールとして捉えられ、最適化についての性能はそれほど重視されない傾向にあった。多くの業界では成果の良いキーワードの組み合わせが多数ではなく、管理も複雑ではなかったため、西欧と比べて自動入札の普及が遅かったことが理由の一つに挙げられる。自動入札を行うためには、市場で入手可能なツールのいずれかを選択しても結果は変わらないと思いがちだ。しかし、ツール一つ一つにパフォーマンスや機能面での差異があるため、どれも同じと思い込んでしまうと、スケーラビリティ、成果の向上、効率化などの可能性を見逃してしまうことも考えられる。
現在、Yahoo! JAPAN がバックエンドにGoogleのシステムを採用するという発表は市場を震撼させている。プラットフォームが変わることによって、パフォーマンスにどのような影響があるかを期待している広告主も多いのではなかろうか。アルゴリズムに裏打ちされたテクノロジープラットフォームこそが、刷新されるマーケットプレイスの微妙な変化を感知することにより最適な入札を行うことができ、メリットを享受することができると思われる。
日本では、DSP(Demand-Side Platform、広告主側の広告配信プラットフォーム)ツールのニーズも急速に高まっている。DSPを利用したSEMキャンペーンのリターゲティングは、効果の良いインプレッションを購入するための有効な方法として知られる。伸び続けるFacebookのユーザー数(全世界で8億人)や、アドエクスチェンジなどの入札式のディスプレイ広告は、業界関係者や広告主の“次の”広告チャネルへの期待の表れと捉えることができる。2012年には、広告の予算配分に大きな変化が見られるだろう。
ソーシャルマーケティングは、これまで主に無料の広報ツールとして認識されてきた。しかし、今年2011年はFacebookやTwitterを含め、ソーシャルチャネルに広告予算の流入が見られる。近頃開催されたFacebookの開発者向けカンファレンス「F8」では、新たなターゲット設定や広告種類が発表され、さらなる進化が期待できる。
eMarketerによると、米国の検索連動型広告の広告費は2012年に170億ドルに達すると予測されている。これからのグローバルデジタルマーケットでは、広告のさらなる細分化ターゲットや商品在庫連動が可能となり、アドエクスチェンジやソーシャルのような、新たな媒体や広告種類の増加により複雑化が加速することだろう。この難解な環境を適切に管理するために生まれたツールは、上手く利用すれば広告主に大きな利益をもたらす可能性がある。
次回の記事では、広告主がどのように自動化プラットフォームを使い、どのようなメリットを享受しているのかについて書きたい。
◇特集:デジタルマーケティングテクノロジーの歴史と近未来
世界のリスティング広告自動化の歴史と現状:第1回
異なるアプローチのリスティング広告自動化:第2回
ディスプレイ広告の進化とクロスチャネルの重要性:第3回
Facebookの台頭と高精度化するデジタルマーケティング:第4回
複雑になるデジタルマーケティングにおけるテクノロジーの役割:第5回
【著者】ビル・ラン
エフィシェント・フロンティア(Efficient Frontier)
事業部長兼アジア・パシフィック担当ジェネラルマネージャー
マーケティング業界において15年間、小売りなどの業種のクライアントにおける、データベースマーケティング、オンラインマーケティング・プログラムを企画/実施した豊富な経験を持つ。エフィシェント・フロンティアでは6年在籍。旅行、自動車、金融、テクノロジー、保険などの業界の主要クライアントのデジタルマーケティング戦略・キャンペーン実施をリード。また、エフィシェント・フロンティアのアジア太平洋地域の市場の成長戦略を担当。シカゴ大学(経済学専攻)卒業。問い合わせはsalesinfo@efrontier.comまで。
【翻訳】杉原剛
代表取締役CEO
オーバーチュア、グーグルでの両検索エンジンの広告事業に携わる。現在はアタラ合同会社 代表取締役CEO。Web APIを活用したリスティング広告の自動化/効率化システム開発、リスティング広告体制構築のコンサルティングを行う。また、アトリビューションマネジメント手法によるマーケティング全体最適を提唱しており、欧米の事情にも詳しい。
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