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コ・クリエーションとマーケティングとの接点

阿久津聡(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)2011年10月16日 11時00分
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モノから経験価値への流れを技術革新が現実化する

 近年のマーケティングの流れとして、「サービス化」という概念がある。「モノ」ベースの経済が「サービス」化されてきている、という議論だ。従来の考え方では、モノにはその中に価値があり、商品として購入される時にその価値が判断され評価されることで価格が決まり、一度の交換で取引が成立するというのが基本であった。しかしサービスはそうではなく、サービスを受けているその瞬間瞬間に価値が生まれていく。

 そういった状況を踏まえて出てきた「サービス・ドミナント・ロジック」においては、モノはサービスを提供するメディアに過ぎないとされる。すべてはサービスであり、その中のひとつの特殊な形が従来型のモノの交換である、と。

 例えば880円のホチキス。今まではそれを買ったらホチキスそのものの価値が880円だという発想だったが、実はそうではなくて紙を綴じるというサービスの提供とも考えられる。そのサービス提供のひとつの特殊なケースとして所有関係を変えましょう、それに際して対価をくださいというもの。

 そもそもサービスは即時性、再現不能性などの特徴を持っているが、もっと普通に考えればサービスの価値とは「その場」で出来るもの、つまり経験価値と言うことが出来る。そしてその経験とは、サービスを受ける側と提供する側のやりとりの中で生じる。

 このような考察から価値の「共創(=コ・クリエーション)」という発想が出てきて、結果的にすべての議論に当てはまることとなった。サービスの価値は、受け手側と提供側の両方で共創されている。このように考えると、すべての経済は価値の共創から成り立つと捉えることさえできる。

 一昔前であれば、マスにモノを売る際はマス・プロダクションをしてマス・マーケティングをして売る。一個一個に対応なんてできませんよという世界だった。ホテルのサービスのような「いわゆるサービス」のほうが特殊だった。

 しかし、経済が成熟し、モノが溢れ、人間の基本的な欲求が満たされていく中で、より高い価値を目指そうとする時には、経験価値こそが重要な差別化の源泉になる。モノよりも経験。所有よりも使うこと。そういうものに視点がシフトしてきた。

 しかし、そんなことを言っても、現実的には個々に対応することは多くの場合、難しかった。そこに昨今の技術革新が起こる。それは状況に合致し、共創を現実的な形で可能にし、サービスのレベルを引き上げた。ユーザー側が中心となってクルマのプロトコルまで作れるようになってしまった。こうなると提供側と享受する側の垣根が本当になくなってしまったようにすら思える。サービスの共創という概念と、それを可能にする技術革新。二つが合致することで、新しい経済の未来像が築かれることになった。

「何かしなきゃ」の思いが世の中を動かしていく。そのための4つの原則

 一般の人々が共創に参加するかしないかは、基本的にそこに参加したいと思うか、というその人の価値観によって決められる。

 「ドラゴンフライ エフェクト」という本は、ソーシャルメディアが確立した現在の世界を前提に、これまで無力だと思われてきた一般の個人でも「何かしなきゃ」、「何かを動かさなきゃ」と強く思えば、これまでとても無理だと思われていたことが出来ることを教えてくれる。そして、それを実現していくための方法とプロセスを、豊富な事例をもとに伝授してくれる。

 この本によれば、ソーシャルテクノロジーを使って世の中に影響を与えていく方法は、「焦点(Focus)」、「注目(Grab Attention)」、「魅力(Engage)」、「行動(Take Action)」という、四つの段階ないしは原則から成る。若者たちは、それらをドラゴンフライ(とんぼ)の四枚の羽に見立ててそこから得られる効果を「ドラゴンフライエフェクト」と呼んでいる。

 すなわち、(1)焦点:まずひとつに絞り込まれた明確で具体的な目標を設定すること、(2)注目:おびただしい数の雑音に埋もれることなく目立つこと、(3)魅力:相手の心をつかみ魅了するストーリーを話すこと、(4)行動:人々が必要とする力と方法を与えて運動を発展させること、ということになる。

 急性骨髄性白血病をわずらった友人のために、二万分の一というわずかな確率の骨髄ドナーを二、三カ月の間に探し出さなければいけないという事態に直面した有志たちが、ソーシャルテクノロジーを駆使して動の輪を広げ、ついにはドナーを探し当てるという実話が中心的な事例として生々しく描かれている。

 この本の発端となったのは、著者の一人であるジェニファー・アーカーのスタンフォード大学での授業の学生プロジェクトだった。ごくごく最近まで、一個人、とりわけ取り立てて社会的地位があるわけでもない若者が、何とか世の中を変えたいといくら思ったとしても、理想で終わって実現することはまずなかった。しかし、最新のソーシャルテクノロジーを使えば、それはもはや過去の話なのかもしれない。出発点はたった一人の思いであっても、それが共感をよぶ話であれば、これまで考えられないほど多くの人が具体的に協力してくれる可能性が飛躍的に増えたのだ。

 一個人の思いでも、ソーシャルテクノロジーを上手く使えば、社会の大きな動きに転換されるというのが、「ドラゴンフライエフェクト」のキーメッセージだが、より一般的にも、ネットでの発言が社会に大きな影響を与えるようになったとつくづく思う。かつては「ネットでの意見」として小さく片付けられていた発言が、ソーシャルメディア上で広く伝播し、あっという間に現実の世界を動かしていく。もちろん、実世界で影響力を持っている人達が、どんどんネットを使うようになったからということもあるだろう。メディアとしての影響力が大きくなるにつれ、ネットに流れる情報や議論の質も上がってきた、ということもあるのかもしれない。

 どんな理由にせよ、インターネット、そして新しいソーシャルテクノロジーが、私たちの生活やコミュニケーションの在り方をこれからもどんどん変えていきそうだ。

*この記事はキャビネッツドゥロワーズ「The Social Insight Updater」からの転載です。

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