瞬足に見るもの作りの新しい軸

 皆さんは「瞬足」をご存じでしょうか。瞬足はアキレスが販売しているジュニアスポーツシューズで、年間540万足以上が売れているという超人気商品です。消費低迷が叫ばれる現在でも、このような超人気商品が生まれているのです。

 この成功の背景を是非知りたいと思い、先日、私が開講している講義に、瞬足の開発を指揮されたアキレス シューズ商品企画開発部の津端裕さんをお招きいたしました。講義の中では、瞬足の商品開発のご苦労や、普及のプロセスについてご説明していただきまして、いかに注目すべきもの作りであるかがよくわかりました。

 今回の記事では、この講義内容を基にして、瞬足が果たしたイノベーションのプロセスを説明していきます。

瞬足が生まれるまで

 そもそもジュニアスポーツシューズ市場は1200万足、350億円と呼ばれており、中心価格帯は1980円から3000円です。ためしに楽天市場で「瞬足」をキーワードとして検索してみましたら、2500円前後が中心でした。瞬足は価格面では、ちょうど真ん中に位置しているようです。

 ターゲットとなるのは、幼稚園児から小学校高学年まで(3歳〜12歳)の児童であり、およそ1150万人が該当します。このような市場で、年間540万足以上が売れているということは、単純計算で児童2人に1足が売れていることを意味し、この数値から驚異的な売れ行きがわかろうかと思います。

 2003年に誕生した瞬足は、非常に画期的な特徴を持っていました。最大の特徴は、非対称型のソールであるということです。陸上のトラックはかならず左に回ります。特に、小学校の運動上のトラックは一周の距離が短いためカーブがきつくなり、すべりやすいポイントとなります。

 津端さんは、子供達のライフスタイルを分析し、その中で運動会が重要な意味を持つことを注目され、運動会における子供の走り方を長年定点観測してこられました。その結果、非対称ソールを導入し、特にトラックを安定走行できるという特徴を持った靴をつくろうという発想を持たれました。

 しかし、単に非対称ソールを導入するだけでは、ソールにコストがかさみます。価格一定という条件の下では、アッパーと呼ばれる靴の上側のデザインを簡素化し、コストダウンを計る必要が生じます。

 そこで、アッパー側のデザインを思い切って簡素化し、大人用のスポーツシューズで利用されているようなメッシュ素材を利用し、大胆なグラデーションのカラーリングを施しました。このことによって、軽量化が同時に果たされ、他のジュニアスポーツシューズとの大きな差別化につながりました。

 瞬足ができる前から、ジュニアスポーツシューズ市場は長い歴史があり、デファクトとして商品の形状・デザインはほとんど決まっていました。すでに確立した市場の中で、瞬足のような抜本的に新しい商品を出すことは、なかなか難しいのではないかと予想されます。

 ところが、ちょうど瞬足を開発した時期は、同社の既存のラインアップ(「ランドマスター」や「レモンパイ」といった商品群)が、それまでの成功から一転、市場の苛烈な競争の結果、大幅な売上減という憂き目にあっていました。

 このような市場環境の下で、新商品を開発しなければならないという条件が設定され、これまでに無い斬新な商品開発が可能になりました。

 特に、瞬足の基本コンセプトは、「児童」というユーザーのニーズに即した商品を作るということでした。このコンセプトが急速な普及のベースとなります。では、次に瞬足の普及のプロセスについてみていきましょう。

瞬足の普及プロセス

 瞬足も通常の商品と同じように市場に投入されました。通常、ジュニアスポーツシューズではマスコミを使った大規模な宣伝をすることは少なく、店頭に陳列され、それを見て消費者は購買決定をしていくという形になります。

 第1の問題は、瞬足のコンセプトをいかにわかりやすく消費者に伝えるかということでした。そもそも、この商品はソールに特徴があるため、ソールが見えるようにして陳列されなければ、違いがわかりにくいのです。

 そのために、靴をたててソールが見えるように陳列することができるスタンドポップを作られました。これが奏功し、次第に認知が広がっていきます。

 2003年の5月に販売が開始されると、その秋には「どうも新潟で売れ出したらしい」という情報が舞い込んできました。想定されるのは、口コミによる認知の増幅です。余談ですが、津端さんも新潟の出身でいらっしゃいます。

 雪国では、冬の間運動場で走ることを待ちわびた子供達が、思いっきり運動場を走り回るといいます。この渇望感が運動会の重要性を増強し、性能上のパフォーマンスがより敏感に商品選択に影響を与えた可能性があります(可能であれば、他の雪国ではどうだったか知りたいところです)。

 ちょうどこの頃、「運動会で一番になる方法」(深代千之著 ※深代先生は東大情報学環での元同僚でもあります)という書籍がベストセラーになりました。子供の運動能力の低下がクローズアップされ、少子化の進行という背景も手伝って、子供の運動能力向上に関する関心が高まっていました。

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