「イノベーション」という言葉は、最近の流行語のようになっているように思います。
イノベーションには、新しいことを起こすとか創るとかといったイメージがあると思います。でも、それを日本語に翻訳したら、人によって似ているけどもそれぞれ違う言葉になるような気がしませんか? 「スィーツ」を日本語に無理矢理しようとしたら「お菓子」「ケーキ」「おやつ」などとなってしまうのと同じような感じで。
イノベーションはもともと経済学の言葉で、シュンペーター(1883〜1950)という学者が最初に使い出したものです。19世紀生まれのシュンペーターさんが言い出したことなので、イノベーション研究はそれなりに歴史がある学問だと言っていいかもしれません。
ちょっと横道にそれますが、イノベーション学には時間と共に派生した様々な流派のようなものがあります。有名どころでは、チェスブロウの「オープン・イノベーション」、フォン・ヒッペルの「ユーザーイノベーション」、クリステンセンの「破壊的イノベーション」、アッターバックの「デザイン・インスパイアド・イノベーション」などがあります。
このように理論に関する様々な考えがあるばかりか、誤解や拡大解釈まで含めると「イノベーション」という言葉がどこにもかしこにも溢れているために、もううんざりという方もいらっしゃることでしょう。
シュンペーターは物作りを「物質と物質を労働によって結合させること」と考えました。そして、「一種の飛躍がない限り達成できないような劇的な現象が起きる場合に、はじめて経済発展に寄与するような変化が現れるのだ」と主張しました。
たとえば、梅干しとご飯という物質を握れば「おにぎり」という製品ができます。そして、おにぎりは具を変えたり混ぜご飯にしたりしてだんだん変化させていけるので、どんどん新しい製品を開発できます。
でもこれは、まだ、イノベーションではありません。
ある時、おにぎりを作っていたお弁当屋さんの主人が、「そうか、お客さんがおにぎりを買って、そこで食べられる店を作れば儲かるぞ!」と思いついて、「おにぎりレストラン」を作ったとします。つまり、「おにぎり」という製品と「レストラン」というサービスを結びつけたわけです。おにぎりを作っていたお弁当屋さんにとってレストランを経営するというのは、それまで考えてもみなかった一種の飛躍があると思います。
でもこれでも、まだ、イノベーションとは言いません。
では、何が「イノベーション」なのかといえば、実は「おにぎりレストランを作ったこと」と、さらにその「おにぎりレストラン」というアイデアの価値が認められてお店が大繁盛する現象の両方のことなのです。
私もよく使う東京駅や品川駅の構内の「おにぎりレストラン」はいつも繁盛しているように思いますが、実際に「おにぎりレストラン」という商売が上手くいくかはわかりません。これは説明のための例としてお許しいただきます。
ウィキペディアにはわかりやすくイノベーションの定義が掲載されています。そこには「イノベーションとは、新たしい技術の発明だけでなく…中略…社会的に大きな変化をもたらす幅広い改革である」とあります。簡単にいうと、イノベーションは、「技術の変化」と「社会の変化」の両方から成るということです。
ところが、日本では1958年の『経済白書』において、innovation(イノベーション)という英語が「技術革新」と翻訳されたこともあり、それ以来、科学技術を礼賛する時代の背景もあって「イノベーションとは技術の革新だけから成る」と何となく誤解されるようになってしまい、それが今に続いているように見受けられます。
誤解を恐れずに大雑把に言うと、「技術的な革新」は「インベンション(発明)」とほぼ同義であるし、「社会的な変化」は「マネタイズ(収益化)」ということもできそうです。こう言い換えると、どちらかだけではイノベーションとして不十分であることが、よりわかりやすくなるかもしれません。
ともあれ、このようにモノやコトが新しく結びつき、それが新しい価値として社会的に受け入れられ(シュンペーターはこれを「新結合」と言いました)、経済が発展した状態の事が、「イノベーション」の最初の意味でした。「技術の変化」と「社会の変化」がセットで起きることによって「イノベーション」が成立するわけです。この2つがそろっていることに(そして、今回は触れませんでしたが、それらが相互作用を与え合うことに)重要な意味があります。
「イノベーション」という言葉の説明の、そのはじめの部分を随分と乱暴にやっただけで、もう誌面がつきてしまいました。次回は、前回お話しした、SHIBUYA109系ファッションやオンラインゲームのビジネスが、なぜ「マーケットイン」ではなく「イノベーション」なのかを見ながら、そこにある収益化拡大の要因について探っていきたいと思います。
ところで、過去2回のエントリには沢山の反響をいただきまして、ありがとうございました。この連載のユーザーである読者の皆さんの意見を取り入れたモノ作り=執筆をしていきたいと思っておりますので、CNET Japanやソーシャルブックマークのコメントなどでご意見をお寄せ下さい。
東京大学大学院情報学環准教授。1970年静岡生まれ。博士(工学)。ネットワーク解析など数理的手法を用いて、知識の生産と伝播によるイノベーションを研究。コンテンツビジネスにおける能力形成のモデル化や企業の戦略分析を行うとともに、プロデューサ育成も行っている。特にアニメ・動画には造詣が深く、また、UNIX技術本の翻訳なども手がけている。2008年度はキャラクタービジネス研究で注目を集めた。
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