前回は、ものづくりにおけるユーザーから作り手へと向かう情報の伝播のことを「逆潮流」といいました。
ユーザーの意図をくみ取ること自体は、「マーケットイン」とよく言われるように何も新しくはありません。しかし、ほとんどのケースにおいて勘と経験によって断片的な情報を基にユーザー動向の推定が行われ、それをもって「ニーズ」と称してきたのではないでしょうか。
だとすれば、ここで「マーケット」と呼ばれているものはきわめて曖昧になります。しかし、いくつかのビジネスでは実際にリアルなユーザーの声を迅速にモノづくりに反映をすることが技術的に可能となっていて、収益化に成功しています。今回はこの状況を、例を挙げて説明したいと思います。
日本のコンピュータゲームではWii、プレイステーションやファミコンなどのゲーム専用機を使ってプレイするものが主流です。そして、そのゲームソフトはDVD、CDやカセットなどで供給され、その内容はユーザーが買う時期を通じて同じです。
一般にゲームタイトルを制作するには数年程度の期間がかかります。企画段階でせっかく手間をかけてユーザーニーズを把握しようと頑張っても、開発途中にマーケットに投入される他の商品などの影響を受けてユーザーニーズはどんどん変化してしまい、どうしてもリリース時点で当初の目論見通り大ヒットというわけにはいきません。開発期間が年単位といった比較的長期で存在すると、マーケットの不確実性に対処する術は極めて限られているわけです。
これが、オンラインゲームになると、状況ががらりと変わります。インターネット上でプレイするオンラインゲームでは、コンテンツ(ゲームソフト)はゲーム会社のインターネットサーバの中にあるため、ゲームをどんどんアップデートできます。どちらかといえば、初期投入時には基本プラットフォーム以外は敢えて作り込まず、ユーザーの想像力や創作力を触発して動向がある程度つかめるようになるのを待ちます。
そして、ユーザーの動向が見えてきたらその内容を勘案して、例えばマップを拡張したりアイテムを増やしたりしてゲームを更新してゆきます。
SHIBUYA109は、渋谷の道玄坂にある総合ファッションビルだということはご承知かもしれません。このビルは休日には3万5000人の来客があるそうで、なんとも凄まじい賑わいを見せています。このビルが最初に注目されたのは、2000年前後にあった「カリスマ店員ブーム」の頃でした。
モデルのような姿の店員が個々の顧客に合わせてファッションを提案してくれるということが話題を呼び、メディアをにぎわせ、ビル全体がファッションの発信地となり、そこで扱われているブランドもブームとなりました。
従来のファッション製造では、販売の1年前に生地を選定しデザインを行って、その1年後に市場に投入する、というのが典型的なスピード感覚でした。しかし、現在では、基本デザインさえ固まってしまえば、ユーザーニーズに従って色を変えたり、キラキラビーズをつけたり、ボタンを増やしたり、交換したりなどといった、外観上の微調整をかけることは比較的容易で、それを迅速に行う体制が整っています。
その後、SHIBUYA109のカリスマ店員は、その注目度が増すにつれ、単にお客様へコーディネートを提案し服を販売するだけの存在から、商品開発に対して強い発言力を持った新しい存在へと変貌してゆきました。
それは、カリスマ店員がユーザーの要望を店頭で汲み上げて外観上の微調整を商品開発に提案する、つまり、ユーザー目線でモノづくりを行うことで売上を爆発的に拡大させた事例が出てきたために起こったことといえます。
実はここで、オンラインゲームとファッションではかなり近いシステムが確立し、一種のイノベーションが起きていたのです。
一方はゲームソフトという無形のモノ作り、もう一方は洋服という有形のモノづくりですが、ユーザーの声を迅速に反映させ収益化を図るということが、オンラインゲームとSHIBUYA109系ファッションの両分野で成立したのではないかと、私は推測しています。
オンラインゲームにおける「基本プラットフォーム」をファッションの「基本デザイン」に、また、「追加ゲームアイテム」を「服の外観上の微調整」と対比させるとその類似性が見えてくるとおもいます。しかしながら、まだまだ納得できない、「マーケットイン」との違いがわからないといったご意見もあろうかと思いますので、次回には、これらの成功の要因について、イノベーション理論の見地から考えてゆきたいと思います。
それでは、また来週。東京大学教養学部での講義「コンテンツ産業論」がスタートしました。この講座の概要についてはウェブサイトをご覧ください。
東京大学大学院情報学環准教授。1970年静岡生まれ。博士(工学)。ネットワーク解析など数理的手法を用いて、知識の生産と伝播によるイノベーションを研究。コンテンツビジネスにおける能力形成のモデル化や企業の戦略分析を行うとともに、プロデューサ育成も行っている。特にアニメ・動画には造詣が深く、また、UNIX技術本の翻訳なども手がけている。2008年度はキャラクタービジネス研究で注目を集めた。
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