携帯電話市場を見ると、2008年は端末の出荷台数が前年にくらべて20%以上減り、市場の落ち込みを懸念する声がある。この契機となったのが端末の販売方式の変更だったことから、これを推進した総務省による「官制不況」ではないかと指摘する人もいる。
しかしもともと総務省が求めていたのは、端末の販売奨励金の廃止ではないと谷脇氏は話す。目的は、それまで通信料に上乗せされていた端末奨励金と、本来の通信料を明確にすることだった。なぜなら通信料は、ある携帯電話事業者から別の携帯電話事業者に電話をつなぐ際に支払われる相互接続料を算定する際の原価になるからだ。総務省の要請によってこの会計規則は見直され、2008年度から端末奨励金は通信料ではなく、付帯事業の項目に計上されることになる。これにより接続料が下がり、ひいては通信料金が下がることが期待されているという。
また、夏野氏、松本氏とも官制不況を否定し、携帯電話事業者の意志によるものだとした。
夏野氏は「これまで携帯電話事業者が在庫やマーケティング、開発などのリスクを取っていたので、端末メーカーは楽だった。それらのリスクを取らない方向に行けば、端末メーカーの負担は増える。そのかじをきったことで販売台数が減ったことを不況と呼ぶのであれば、それは官制ではない」とし、携帯電話事業者の経営方針が変わっただけとの見解を示す。
松本氏も、8年間クアルコムジャパンで代表取締役社長を務めた経験から、海外と日本の市場の違いを次のように語る。
「海外から見たら日本は不思議の国、あこがれの的。欧州の携帯電話事業者は、良いところを全部端末メーカーに持っていかれている。ネットワークに膨大な投資をして容量を増やしているのに、通信料金だけで勝負しており、サービスなどはすべてNokiaにやられている。これは、いままで携帯電話事業者は『アリとキリギリス』のキリギリスのように楽な商売をしていて、頭の痛い端末作りやサービス開発はすべてNokiaなどがやっていたからだ。気が付いたらおいしいところを持っていかれていた」(松本氏)
これに対し日本の携帯電話事業者は、「ずっと前からデータ通信に力を入れてiモードなどを始め、端末も工夫してやってきた。つまり、通信 兼 端末 兼 サービスというう多角化経営をやってきた」(松本氏)という。
また、韓国でも後発の携帯電話事業者が、トップシェアのSKテレコムの牙城を崩せないからという理由で、端末奨励金の廃止を求めた。政府は「お金のない若い人が、通信料金による後払いでどんどん新しい端末を買うのは不健全ではないか」と判断し、5年ほど前に奨励金を廃止したという。この結果、端末の売上は大きく落ち込んだ。
こういった海外の事例を考え、松本氏は「ドコモもKDDIも、ずっと端末奨励金は止めたかった。でもメーカーに泣かれるから言えないできた。そこに総務省という救いの天使がやってきたのだから、心の中では感謝しているはずだ」とし、実際に利益も伸びていると指摘。ソフトバンクモバイルについては、「貧乏で、初めから割賦販売をやらないといけなかった。営業は大反対したが、孫さんが鉄の意思でやった」とした。
オープン化をめぐる議論では、企業が携帯電話回線を通信会社から借りて、独自のサービスを提供するMVNO(仮想移動体サービス事業者)も注目されている。しかし、夏野氏は「(MVNOが広がるかといえば)基本的にダメ」と手厳しい。
「MVNOに価値があるというのが受け入れられるか。お客さんに良いものを提供するには、端末とネットワークを組み合わせないといけない。端末の在庫リスクを背負わないようにしようとしたら、端末の開発は難しい。小さいユーザーベースのためのサービスというのはいろいろ出てくるだろうが、市場の10%、1000万契約という規模にはならないだろう」(夏野氏)
「差別化をしないとお客さんは取れない。端末とネットワークが相乗効果を生むようでなければ、お客さんが既存の携帯電話事業者から乗り換えるところまでいかない」(夏野氏)
ソフトバンクモバイルの松本氏も同意見だ。「Google、Apple、Nokiaくらいの世界規模がないと非常に難しい。携帯電話事業者がおっとりしていて、『電電公社のような状況だとギャルのことは分からないだろうから、自分がギャル専門のサービスをやります』と言って、携帯電話事業者も『そうですね』という状況ならMVNOもあり得る。しかし今は携帯電話事業者が生き馬の目を抜くがごとく、ユーザーニーズを掘り下げている状況。すき間を持っていたら3社の競争に勝てない」(松本氏)として、MVNOが既存事業者の牙城を切り崩すのは難しいとの見方を示した。
これらの意見を聞いた谷脇氏は「携帯電話事業者の方はそういう風におっしゃるんだなぁという印象」とし、「端末ベンダーやコンテンツプロバイダーの意見も聞きたいが、覆面座談会でもしない限り本音は出ないだろう」として、携帯電話事業者の業界への影響力が強すぎるとの考えを示した。実際、今回のパネルディスカッションでも、端末ベンダーやコンテンツプロバイダーからの参加を求めたが断られたと木暮氏は話している。
「固定のブロードバンドは垂直統合型になっていないが、それでダメになっているかというとそうではない。オープンでないものを否定はしないが、インターネットプロトコル(IP)というのは基本的にオープンな存在だと考えている。ここでは言えないような話も総務省には届いており、そういった声を拾い上げて全体最適を求めていく」と谷脇氏は話し、水平分業型のモデルを導入したい考えを示した。
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