多様な価値感を恐れるな--渡米起業家・支援家が語る日本人ベンチャーの未来(後編) - (page 2)

--公の場で大きな目標を語るベンチャー企業は、ライブドアショックで世間からの批判を受けて自粛していた当時と比べたら、「日本には技術系ベンチャーが必要だ」との世論に押される形で増えてきているように思えます。ただ、全体としては変わりつつも、もっと根本的なところにある日本人の島国根性や村社会気質といったものが妨げとなり、「本気で世界標準のサービスを作る」という気持ちになりきれていないのではないかと思います。

 そのとおりだと思います。わたしも最近、学生向けのセミナーなどではまず意識を変えるために「世の中のコンテキストは変わるし変えられる」と訴えています。

 たとえば、アップルはマイクロソフトのWindowsによる攻勢から落ち目となり、一時は「マイナー」の烙印を押されましたが、「iPod」で再び脚光を浴び、世界に名だたる企業に復活しました。さらに別の例で言えば、「世界では日本人選手は通用しない」という常識があったスポーツ界で、イチローはメジャーリーガーたちの中でも最高の成績を残しトップクラスの選手として認知され、現地の野球ファンの間でも愛される存在になりました。複数の選手がそれに続きました。

 要するに、ずっとできないと感じていたのは、その時点での私たちの思い込みだったわけです。思い込みが行動を抑制していたと思います。

 何においても「絶対」ということはなく、状況は変わって行く。昨日できなくても今日はできるかもしれない。過去の思い込みを捨ててチャレンジしてみたときに初めて、チャンスが訪れると思うのです。この発想自体が、私がシリコンバレーで学んだ精神で最も大事なことかもしれません。

 ですから「日本でまず」という思い込みを捨てて、「世界でも通用するかもしれない」という気づきが重要です。その場合のきっかけの1つの選択肢が、シリコンバレーだと思うわけです。日本の常識の中でガチガチ頭のお利口さんになる前に、まずは視点を世界に据えたプランを考えてみる。そしてそれを心の底から信じ、熱意を持ち、実際の行動に移して欲しいです。

 「世界を変える」と公言したことで、周りから多少馬鹿にされたっていいじゃないですか。ほら吹きとか夢想家だとか言われても言わせておけばいい。「できない」という思い込みを捨てることが最初の一歩なんですよ。前述のアップルの事例だって、スティーブ・ジョブズは学生たちの前で語った「ハングリーであれ、フーリッシュであれ」という精神を貫き、ここまで来たんです。いいじゃないですか、馬鹿にされたって。

--起業する上で、人的なネットワークは非常に重要です。外村さんは少ない強固なネットワークを持つよりも、たとえ関係性が薄くとも「広くて緩いネットワークを持っていることこそ重要」という発想は重要だと思います。この発想は日本人が海外に行かないという話ともリンクしていると思いますが、いかがですか。

 そんな話を機会ある度にここ3年くらいしていますが、今日はちょっと違う例で解説してみます。

 日本のハードウェアメーカーが自分たちの技の範囲内でハードを進化させていくのは極めて得意ですが、それをほかの業界の人や技術と組み合わせることで、統合的なソリューションに結びつけることが一般的に不得意だと感じませんか?

 わかりやすい一例として、デジタルカメラを題材に話してみましょう。昔は高価なカメラを持っていることにより価値がありました。不動産的価値です。しかし、少し時間が経つと、写真を撮って証拠を後に残せることが価値となった。アーカイブ的価値です。ところが、今は撮った後に「どう使うか」が価値になってきていて、過去志向から未来志向にシフトしています。

 ここで大事なことは、過去志向ではハードウェアの技術だけでほぼカバーできていましたが、未来志向はコミュニケーションやネットでのシェアリングの技術抜きにはソリューションを提供できません。

 ところが、デジカメメーカーの多くは「画素数が」「手ブレ補正を」と、ハード中心の改良に終始してしまいがちです。これでは、今のユーザーが本当に求めている部分の一部しかカバーできてないのでは、と思うわけです。

 なぜこうしたユーザーの本当の需要になかなか応えた製品を出せないかというと、ニーズを分かっていないわけでは決してなく、それより「自分たちの専門外のところには手を出したくない」という気持ちがあるように感じます。しかし、できないからやらないというのは、この時代には通じない。コンピュータ屋のアップルが電話機を作ってしまう時代ですから。自社ではできない専門外のことが必要であれば、その道の専門分野の会社と協業するのが現実的かつ効率的です。

 過去にこうした異業種の協業のコンサルを数多く手がけ、それを振り返ってみて思うのですが、日本の大企業の皆さんはどうやらこれがあまり得意でない。不得意な分野を双方で補完し合うと考えれば別にためらう必要もないのですが、突き詰めて行くと「個人レベルで気が進まない」印象を受けます。必要性は皆理解されているのですが、どうやっていいか分からない、慣れていないということかもしれませんが。

 私は、この現象の背景として、日本の大企業に働く個人が、緩くて広いネットワークを日常から持っていない、活用していないことも一因ではないかと思います。

 たとえば、メーカーの技術者は外部とのネットワークや付き合いがあまりない人が多く、昼の食事も夜の飲みも週末のゴルフも職場の仲間と行くいわゆる「村社会」の人がまだ多いようです。その企業に安住している人には居心地がいいかもしれません。

 しかし、これは視点を変えれば同じようなお互いがお互いを縛っている状況とも言え、新しく何かを始める必要がある通常と異なった発想が必要な場合にはかなり不利な環境です。さまざまな価値感や考え方を持った人たちと触れ合うことで、自分にも新しいアイデアや方法論が見えてくるわけですから。特に、困難にぶつかったときの解決法に大きな違いが出ると思います。起業や転職する時でも、狭くて深いネットワークだけだとなかなか先が見えないでしょう?

 こうやって考えてみると、緩くて広いネットワークを普段から構築して活用しているかどうかが、今後の日本の産業競争力にまで関わってくるかもしれないと思います。

--どうすれば広くて緩いネットワークを形成することができますか。

 シリコンバレーで感心したことは、皆が複数の重ならないネットワークを上手に涵養(かんよう)していることですよね。学校の同窓生、前の職場、趣味の仲間、子供の学校の親の集まりなど、ネットワーキングのイベントが頻繁に開催されています。また、数々のボランティア活動もまさにこのネットワークづくりの一環。「LinkedIn」のようなSNSが流行するのも、このニーズにピッタリ合っていると思います。

 大きなブレークスルーにつながる発想は、違う分野のぶつかり合いから出るということがあります。日本人においては、まだまだその重要性に気付いてない人の方が多い。とすれば、その気づきの場を何らかのシステムとして提供していくのが我々の役目かと思います。

 ですが、今の日本では、我々個人が「ほんのちょっと人の後押しをしてあげるサービス精神」を日常から心がけることの方が早道ではないかとも思っています。自力で考えを覆すのは難しくとも、ほんの少しの手助けをするだけで変われる人はいくらでもいると思うのです。私がやっていること、SVJENもほかのボランティアも、ちょっと手助けしてあげて、あとは本人に気付いて自走してもらうというのが基本です。皆さんポテンシャルは沢山あるわけですから、きっかけがあればかならずできると思いますし。

 一般的に謙虚すぎると言われる日本人に申し上げたいのは「自分はまだ人を支援するほどの実績や実力がない」などと完璧主義なことを言わず、「自分のできる範囲でできることをカジュアルにヘルプする」という考え方です。自分がまず成功してから次は人を、というのではなく、自分も走りながら人にも時折手を差し伸べる、というのが無理せず長続きすると思います。日本の古い言い回しの「袖振りあうも他生の縁」とか「情けは人のためならず」というのは、緩くて広いネットワークの概念によくフィットしていると思いますよ。

--世間的には2007年のIT関連企業の上場は激減しており、2008年はさらに厳しい状況になるのではないかとの指摘もあります。

 身近なところで、日本の友人の会社の株価が上場した時の3分の1になっているという例があります。市場全体に閉塞感があるので、こうした状況はしばらく仕方のないことなのでしょうが、経営者としてはつらいですよね。

 ただ、このまま日本のベンチャー業界が低迷してしまうのはちょっと理不尽で、理由としては世界的な金融市場の問題が根底にあり、それに加えて日本の国家としてのリーダシップの問題があると思っています。外国人投資家が日本の株式市場への参加に消極的なのは、日本のビジョンや意思が見えないことの表われなのではないでしょうか。

 たとえ完全解でなくてもいいから、「こうしたい」という意思をはっきり見せればいいのに、何も言わないで先延ばしにするから、海外からは「不気味な国」ととらえられてしまうのでは。このままではベースとなる金融市場が盛り上がりません。

--どこに原因があると思われますか。

 日本のビジョンが見えないのは、最小単位の「人」の問題に根ざしているように思えます。1人の人間、1つの部署、1つの企業、1つの業界--。たとえ人1人のビジョンを語るのにも、その1人だけですべてを考えなければならないということはないのです。他人と話したり、他部署と相談したり、外の企業と協力し合ったり、別の業界と連携するなど、もっとオープンに、広くて緩いネットワークの中で、最良の答えを探っていった方がいい。

 それが「人」単位で見ても上手にできていないというところの積み重ねが、数多の村社会的な思考を生み、バラバラな主張が生まれ、日本としてのビジョンや意思が見えづらくなってしまっていることの要因の1つなのではないでしょうか。

 それと、テクノロジー系ベンチャー企業ということで気になっていることもあります。昔は上司にあれこれ言われるより、ある程度の自由を持って自分のアイデアを盛り込めることに喜びを感じるのがエンジニアでした。それが最近は、エンジニアの世界でも指示待ち人間が多くなってきて、上司に明確に指示を出されないと仕事ができないと文句を言う人が増えているというのを何人かから聞いて耳を疑っています。いったい日本はどうなってしまったのか。

 彼らが本当にどう思っているかはわかりません。ただ、「俺が何をやっても世界は変わらない」と腐って動かないでいたら、世の中は絶対に変わりません。逆に、「俺が世界を変えてやる」という強い意志を持った人間が何人も集まれば、世界は変わるかもしれないのです。そういった人が日本で増えることが、今の日本の閉塞した状況の突破口となるのではないでしょうか。

--今の日本の状況はどうすれば好転すると思いますか。

 「良くしたいと思うなら文句言う前にまずは自ら行動せよ」と私は言いたいですね。天気が変わるのをじっと待つのではなく、天気のいい場所に移動する。気分が晴れる仲間を捜して、その人の力も借りて一緒に行動するのです。個人が行動すれば社会も変わる、そう信じています。晴れ男(女)と心と力をあわせて何かことを起こせば、自分の心もきっと晴れ、新たな展望がさっと開けますよ。シリコンバレーの青空のように。

 最近では、シリコンバレーに出てきて頑張っている日本人たちがじわじわと増え、彼らの活動がブログなどを通して、少しずつ日本に伝わっていると思います。ぜひ、皆さんもこの流れに参加してもっと太い川にして下さい。もしも今は参加できないなら、トライしている人をぜひ声を出して応援してあげて下さい。他人のチャレンジを応援することも、立派なチャレンジだと思いますから。

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