勝屋氏:素晴らしい関係を構築されているのが伝わってきます。ところで谷本さんは1986年からVCに携わってきて22年のキャリアがありますが、一番辛かったことはなんでしょうか。
谷本氏:辛かったことは当然、投資した会社がうまく行かずに倒産してしまった時ですよね。その経営者が前日に娘の学校の授業料も払えなくなるという話を聞いた翌日に、別の成功した経営者は、何十、何百億の資産家になっていたりします。そのギャップが資本主義ですが、その激しさに、精神状態がおかしくなりそうになったこともありました。
勝屋氏:では逆に、この仕事の楽しさとは何でしょうか。
谷本氏:楽しいのはやはり、「この経営者は!」「この会社は!」「このビジネスモデルは!」──と目をつけた会社がうまく世の中で認められるようになるところですね。
基本、VCという仕事は事業創造じゃないですか。新しい事業が創られるところに我々がどうかかわれるか、どうかかわって結果が出るか、という部分です。
また、事業創造に一番近いのは経営者なのかもしれませんが、経営者は何社もそれをできません。それがVCなら何社もできる。黒子としてコントロールするといいますか、プロデュースして成功に導いていく部分は、最大の喜びです。
勝屋氏:谷本さんと一緒に仕事がしたいと門を叩く人も多いと思いますが、どういう人となら仕事がしたいですか。それと投資の判断基準があったら教えて下さい。
谷本氏:男女や国籍・年齢は考慮しません。基本的に自分の考えをきっちりと持っている人ですね。投資案件ごとにちゃんと考えて分析できて、表現できる人に惹かれます。当社では、毎週投資会議が開催されるので、具体的な案件での議論を通じて、皆、成長していきます。
投資の判断基準ということであれば、それはケース・バイ・ケースとしか言えないですね。投資は複合的な要素で判断しますから、一概にこれとは言えないんです。
しかし、あえてその複合的な要素で重要なところを言うなら、1つ目は経営者の資質です。2つ目は技術的なものだったり、ビジネスのコアとなる要素にどれだけのポテンシャルを秘めていて、それが爆発できそうかという点です。
勝屋氏:直野さんは経営者としての楽しみは何だと考えていますか。
直野氏:手前味噌で恐縮ですが、うちの社員はとても優秀です。その優秀な彼らと議論して、今までにない新しいものを構築していると実感を持てるのは、何よりも楽しいことですね。
事業がうまく行くか行かないは運も左右します。しかし、それとは関係なく、尊敬できる優秀なスタッフと毎日仕事ができることは、それだけでも幸せなことだと思います。
当然、心配しないように役員会では毎回「シートベルトを締めるように」といい続けていますが。
勝屋氏:リード・キャピタル・マネジメントの目指す方向性を教えて下さい。
谷本氏:グローバルに通用する企業に投資すること、産業をリードする企業に投資すること、優秀な起業家への支援──。この3つをビジョンとしております。そして、運用結果を最大化してくのが我々のミッションだと思います。
できたら、さらに自分たちがもう一歩だけ事業にかかわっていきたいと思います。もちろん、やり過ぎない範囲で、ですが。
勝屋氏:今後もVCに携わっていくのでしょうか。
谷本氏:もちろんです。引退しろとみんなに言われても、絶対に辞めないと思います(笑)。
勝屋氏:VCとの付き合い方が分からないという人向けに、直野さんの視点でアドバイスできることはありますか。
直野氏:私自身がマネジメントで最も重要だと思っているのは、「私が分からないことを認識できること」だと思います。私がスーパーマンならいいのですが、当然、人は全能でありえるはずがない。そこで、分からないことが山ほどある中で、分からないことは他の人にやってもらえばいいということになるわけです。
でも問題なのが、「私が分からないことが分からない」状態に陥ってしまうことです。VCと我々の関係は、私が見えてない部分を指摘してくれ、キャッチボールできる関係が理想です。それができないVCが、「金は出すが何もしないVC」なのだと思います。
お互い不完全な人間同士が、それでも成果を出さなければならない。そのためには相互理解が不可欠で、才能・経験の持ち寄りで正解に近い答えに近づくべきだというのが私の見解です。そのためには、相互理解を深めるための地道なコミュニケーションが欠かせない。いきなりすごい答えを用意している経営者もいなければ、いきなりすごい答えを引き出してくれるVCだっているはずがないわけですから。
なので役員会の後の飲み会は、私にとって非常に重要な場です。谷本さん、いつも拉致してしまってすいません(笑)。
谷本氏:それと言葉は悪いですが、利用し合うということなんです。どこのVCがいいとかではなく、お互いの良いところを引き出しあえばよいのです。我々は常に最適解を議論して、求め続ける必要があるんです。
直野氏:それとね、“企業にとっての大惨事”はどうしたって起こるんです。その事態が引き起こされた時に、いかに固い結束で乗り切るかということです。
実は、日本のベンチャー企業の最大の問題は、「感情」にあるのではないかと最近思っています。創業者の権限が強すぎるきらいがあって、コントロールが利かなくなって喧嘩が起きてしまうと収集がつかない。私の少ない経験からは、そんなことを思ってしまいます。
谷本氏:企業にとって人間関係は重要。誰かと誰かが対立してしまったら、もうアウトなんです。人間の心は複雑ですので、修復したように見えても実は修復できていない場合も多い。生々しい話ですが、そういった事態に陥った場合は、最大限の権力を振りかざして、どちらかを切ってしまいます。それがVCである私の仕事だからです。
人間関係で混乱した後、それが円満に収まることもありますが、経験上、4割くらいはそういった事情で社長が変わってると思います。
でも、日本のVCは感情が阻害して社長交代にはおよび腰に見えます。役員派遣でさえそうです。「右へ倣え」の日本文化ですから、それが横行してしまうと、何もしないVCが増え続けてしまうことになってしまうのです。
勝屋氏:VCは人を大切にしながら、一方で会社の重要な場面では人を切るというのが根本になければならないわけですね。
直野氏:アメリカ的な手法ですけど、それこそが、我々のようなITベンチャーが望むVCの姿です。
以前より谷本氏のインタビューを行ってみたかった。それはベンチャーキャピタルとしてビジネス実績もあり、ベテランとして継続して、投資を続けるエネルギーそして多くの人から信頼されている谷本氏の人柄を深く知りたく、そこにはベンチャーキャピタルの本質があると感じていたからだ。
2時間近くの対談で、谷本氏のとりわけ印象的だった点はこの5つだった。
・誠実であること(かけひきをせずに正直であること)
・本気で目の前の相手とぶつかる姿勢
・鋭い洞察力をもつこと
・安心感があること(リスクテイクをしっかりとする)
・豊富な経験をベースにアドバイスができること
一方では日本のITベンチャー業界では谷本氏のようなアーリーステージのベンチャー投資において本気でむきあい、ぶつかっていくVCが少なくなっていることが最近の危惧する点である。
以前に日本ベンチャーキャピタルの照沼大氏より「VCはDream Enablerだ。黒子として起業家と一緒に、夢を実現するためのよきパートナーがVCである。」と聞いたことがある。そういった「Dream Enabler」の役割を担い、アーリーステージに特化した本気でぶつかるVCが日本で一人でも増えることを祈っている。
2006年5月よりはじまったこの取材コラム「経営者×ベンチャーキャピタリスト=無限の可能性」は日本で活躍する16人のVCそして12人のベンチャー経営者との本音トークに意識を集中して、その実態・真実そしてありきたりの質問だけではなく、その人の仕事のやり方・フィロソフィーを率直にお聞きしてきた(VCの本質は会社組織ではなくあくまでも個人なので)。
今回で最終回となるが、いままで予想以上に多くのベンチャー業界中心の皆さんにご覧いただき、驚きと喜びでいっぱいである。本当にありがとうございました!
たまにベンチャー経営者より、日本には優れたVCがいないとか、投資するだけでなにもやらないとか、VCは好きではないなど前向きでない意見を聞くことがある。私がいままで日本で800人近くのベンチャー投資に携わる人達と接点をもってきたが、取材に登場したVCの皆さんをはじめ素晴らしいVCは日本にも存在することは事実である。私はもっとベンチャー経営者とVCの双方の深い理解と誠実・正直な対話が必要と感じている。いままでの手掛けた取材コラムにVCとのパートナーとしてのあり方などキーメッセージはいっぱいつまっているので、是非多くのベンチャー経営者の皆さんにいままでの取材コラムを読んで、なにかしらの気づきになれば大変うれしく感じます。
最後に、快く取材に応じていただいた素晴らしいVCの皆様、熱きベンチャー経営者の皆様そして長い間ご覧いただいた読者の皆様に感謝します。本当にありがとうございました。
日本のVC業界そしてベンチャー業界の更なる飛躍と発展を心よりお祈りしております。
1985年上智大学数学科卒。日本IBM入社。2000年よりIBM Venture Capital Groupの設立メンバー(日本代表)として参画。IBM Venture Capital Groupは、IBM Corporationのグローバルチームでルー・ガースナー(前IBM CEO)のInnovation, Growth戦略の1つでマイノリティ投資はせず、ベンチャーキャピタル様との良好なリレーションシップ構築をするユニークなポジションをとる。総務省「情報フロンティア研究会」構成員、経済産業省「Vivid Software Vision研究会」委員、New Industry Leaders Summit(NILS)プランニングメンバー、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「中小ITベンチャー支援事業」のプロジェクトマネージャー(PM)、富山県立大学MOTの講師などを手掛ける。
また、真のビジネスのプロフェッショナル達に会社や組織を超えた繋がりをもつ機会を提供し、IT・コンテンツ産業のイノベーションの促進を目指すとともに、ベンチャー企業を応援するような場や機会を提供する「Venture BEAT Project」を手掛けている。
ブログ:「勝屋久の日々是々」
趣味:フラメンコギター、パワーヨガ、Henna(最近はまる)、踊ること(人前で)
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