「サブサービエントチキン」などのウェブ展開がたいへん評判を呼んだバーガーキングのマーケティング担当役員のラス・クライン氏が次のように発言している。
「広告枠なんて誰でも買えます。我々は、消費者にウケる独自コンテンツを制作して成功したいのです。(広告でなく)コンテンツによって創出されるシェア・オブ・ボイスこそ、メディア過剰環境で消費者の心をつかみ注目を引き寄せるのです」
ここで、クライン氏の言う「コンテンツによって創出されるシェア・オブ・ボイス」は原語では「Content-generated share of voice」だ。とりあえず「コンテンツ・シェア・オブ・ボイス」ということにしよう。
さて、この発言は、前にこのコラム「日本にはインタラクティブエージェンシーが存在しない?」でも書いた「消費者の求めるものはメディアでも広告でもない。コンテンツである」を広告主側から強く主張しているだけでなく、ブランドのオリジナルコンテンツによるシェア・オブ・ボイス獲得という考え方に進化している。
この考え方の本質は、そもそもブランドにはオリジナルコンテンツなるものが必要で、「広告」という手法にとらわれずにブランドのシェア・オブ・ボイス(=消費者のマインドシェア)を確保しようというものだ。ターゲット消費者にとって有益な情報、あるいは楽しめる情報として受け入れてもらえるブランドオリジナルなコンテンツを常に探索し、開発していくという姿勢は、従来の「広告しよう」(広告会社を起用してキャンペーンを組み上げる)という概念より一歩進んだ考え方であろう。
前のコラム「消費者がブランドをコントロールする」にも書いたが、ここ10数年で消費者をとりまく情報量は爆発的に増大しており、消費者も過剰な情報の洪水に、鈍感にならなければ神経がもたない。また興味関心のスイッチが入る情報とそうでないものがはっきり分かれる状況を生んでいる。
こういう環境で、ブランドは、従来「広告」と呼んでいた手法にとらわれることなく、ターゲットに受け入れてもらえる(琴線にふれる)コンテンツを自己発信して、シェア・オブ・ボイスを獲得しようとし始めた。「広告」という手法は半ば否定された格好だ。
こうした考え方になると、従来のマーケティングと広告キャンペーンプログラムの組み上げ方、「プラン」、「実施」、「レビュー」というプロセスとタイムスパン、そして企画実施体制は再検討を迫られる。
まず、ブランドオリジナルなコンテンツ開発にはフォーマットがない。アイデアの起点は多様になる。トーン&マナーも、クオリティも、最初から特定できない。別にプロがつくったものでなくてもいいし(既にYouTubeを使った展開には素人クリエーターによるものが大きな影響力をもっている)、開発手法は従来と全く違うものであってもおかしくない。
そしてネット上のターゲット消費者の反応をほぼリアルタイムで確認できるので、発火点に達したものをマス展開したり、反応がなければ別のコンテンツを配信したりと、常に受け手側の反応に合わせたプログラムとなるはずだ。消費者のレスポンスがすなわち結果である。キャンペーンは送り手の事前の計画どおりに遂行するものではなくなる。
また、この状況はいわゆるプロダクションといわれるコンテンツ開発力のあるプレイヤーに大きなチャンスを与える。マーケティングオリエンテッドなコミュニケーション開発には、広告会社のプロデュースが必要だが、コンシューマオリエンテッドなコンテンツ開発は、プロダクション主導でできる。特に、マス広告枠への出稿を前提としないブランドオリジナルコンテンツを量産する仕組みは、制作会社とブランドマネージャーがタッグを組むほうがスムーズだろう。
さて、クライアントから「広告ではなくコンテンツ」といわれ、さらに「プロダクションと直接やるからいいよ」といわれたら広告会社はどうするのだろう。
青山学院大学文学部英米文学科卒。1982年に株式会社旭通信社入社。営業職を経て、1996年同社サイバービジネス開発室室長。同年デジタルアドバタイジングコンソーシアム株式会社の設立に参画。設立時に同社代表取締役副社長に就任。黎明期にあったネット広告の普及、体系化、理論化に取り組む。JIAA(インターネット広告推進協議会)のガイドライン作成や新人研修テキストなどの多くを執筆するほか、著書多数。2006年7月からADKインタラクティブCOO兼デジタルアドバタイジングコンソーシアム株式会社取締役。「インターネット広告革命」(2005年宣伝会議)、「Mobile 2.0」(2006年インプレス)、「究極のターゲティング」(2006年宣伝会議)、「次世代広告コミュニケーション」(2007年翔泳社)など。
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