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支えたのは、より高みを目指すという決意--本の虫が飛び込んだ「宇宙→生物→IT」の航海記(第4回:小野裕史) - (page 2)

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設計図を解くからつくるへ

--深いですね。物理学から生物学へ――。手の届かない世界から、手の届く、それもミクロの世界に興味を持つところまでは理解できましたが、いつになったらITが出てくるのでしょうか?(笑)

 生命に関する研究をしていると、遺伝子の世界とコンピュータの「0と1の世界」というものが、全く同じだと思えてきたんですよ。どこかを0から1に上げたら、その下が1になったり0になったり、連鎖でプログラミングってできてくるし、遺伝子も同じなんですよ。

画像の説明 「生物は神が作ったものの設計図を解き明かすという感じですが、プログラムは自分が神になって設計図を作っていくことができる。これは僕とって至福のときでしたね」

 生物学は、手元で実験ができるから面白いと思えたのですが、再現性は低い。せっかちな僕は、結果が出るまで待っていられないんです。では、コンピュータはというと、指示を出せば必ずその通りにやり、すぐに結果を出してくれます。僕の気持ちは、一気にコンピュータへ傾いてしまい、全く研究しなくなってしまいました。

 大学院1年目には将来を有望視されていましたし、2年分の論文も書き上げていましたが、途端にコンピュータにはまり、ひたすらプログラミングをしていました。

 生物は神が作ったものの設計図を解き明かすという感じですが、プログラムは自分が神になって設計図を作っていくことができる。これは僕とって至福のときでしたね。

--なるほど。その後一気にITの世界へのめり込み、モバイルのゲームサイトを立ち上げたと聞いていますが、何故モバイルだったのでしょうか?

 大学院2年目の1年間の話です。ちょうどNTTドコモが「i-mode」を出した当初の話です。コンピュータをやっているうちに、インターネットのサーバを立ち上げ、ホームページを作ろうと思い立ちました。でも、僕にはデザインの才能がない。デザインの才能がないと、不思議とPCのサイトを作りたいと思わなかったんですよ(笑)

 そのころにi-modeが登場し、これならデザインは必要ないということで、モバイルへ。ゲームのサイトなどをいくつか作って運営していました。

--ご自身でモバイルのサイトをやりながらも、就職先は大手のIBMシステムズエンジニアリング(以下ISE)。自分で会社を立ち上げるという時流も2000年頃からはあったと思いますが?

 当時は技術を徹底的に学びたかった。そこで、どこが一番学べるだろうということからIBMを考えました。しかし、IBMよりもISEの方が技術について特化しているということでしたから、まずはそこで3年から5年間は勉強しようと。

 その先に何があるか分からないし、独立できるかも不明だけど、何かしら立ち上げたいという思いはありました。サービスを作り、広めて、使ってもらうというのが、最高の快感でしたからね。

不思議な縁による転職

--と、腹を決めて入ったものの、半年で辞めてシーエー・モバイルへ行く決意をしたのは何故ですか?

 ちょうど研修が終わった段階で、ISEを辞めました。8月末に退職願いを出して、9月1日付でシーエー・モバイル(CAM)へ入社。あり得ないほどのスピード退職でした。

 退職の理由としてはこうです。ISEの研修で色々と学びながら、深夜はモバイルサイトオーナーとしてサイトの運営・管理をしていました。そのころ、CAMの取締役の方と会う機会があって、「CAMに広告を売り込んでやろう!」と思い、お会いしたところ、気がついたら僕が営業を受けてリクルーティングされていました(笑)退職の決断は直感で、モバイルビジネスの今後の成長性へかけるという思いが一番でした。

--当時の小野さんがやっていたモバイルのゲームサイトは、収益を生むモデルだったのでしょうか?

 若干話が前後しますが、ISEに在籍しながらサイトオーナーをやっていたころ、(2000年の6月頃)は広告を貼ろうにも方法がほとんどありませんでした。

 「どうやったらマネタイズできるか?」と調べたところ、i-mode向けにサイバーエージェント(CA)がやっている「アイクリック」というクリック保証広告のサービスがありました。「これだ!」と思って申し込んでみると、「只今、サービス停止しています」という回答が入ってきまして…。そこで「ホームページを開設しているのに、サービスをやっていないのはどういうことだ!」ということで、クレームを入れたんです。

--完璧にクレーマーですね(笑)。

 そうですね(笑)。規約を見て、「ココとココがおかしいだろう!」と指摘して返したんですよね。そうしたら、僕のクレームメールが、当時設立直後で事業を模索していたシーエー・モバイルの代表取締役である外川(穣氏=現任)へ、回り回って届いていたようです。

 当時はそれで終わり、自分のサイトはマネタイズできずじまいでした。その後、シーエー・モバイルに入り最初にやった仕事はというと、先ほどのアイクリックの立ち上げ(笑)。まだ立ち上がってないからやってくれと。自分がケチを付けたサービスを自分が規約から中身から直す運命だったんだと理解しましたよ。

--クレーマーが自分で改善するというのも何かの縁なのでしょうね(笑)。さて、モバイルビジネスの可能性に賭けて飛び込んだベンチャービジネスの世界。シーエー・モバイルでのお仕事について詳しく教えて下さい。何から手を付けたんですか?

 まずは、自分たちでメディアを作るというところから始めました。

代表的なメディアは「パケお」というサービス。メールアドレスの他に、サブアドレスを提供して、使えば使う程パケットが戻って来るというものです。20万〜30万人のノンプロモーションのバイラルマーケティング(口コミ)だけで一気に広がりました。

 もう1つは、僕がクレーマーだったアイクリックです(笑)

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