その、この職業は60年代に出来ました。計算機科学は科学になり、雇われるのはより構造化された人たちになり、その要件に合うのはほとんど男性でした。それが職場を大きく変えました。
さて、「痛かった」瞬間についてですが、そうですね、これまで他のレポーターの方には話したことのないことがあります。私はIBMの敷地の巨大な倉庫の中に作られた非常に大きな機械のソフトウェアプログラムに取り組んでいました。私が初めてその機械が作られている場所にプログラムを走らせに行ったとき、私は男性のグループと一緒に行ったのですが、私たちがその建物に入ると、突然足を止めました。そして彼らは言いました。「おっと、男性用のトイレを通らずに、機械のある場所に行く道が分からない」とね。その仕事にはあまりにも多くの人が関わっていたので、そのコンピュータが作られていたフロアの真ん中には巨大な男性用トイレがあったのです。
いいえ。その時私はマネージャーでした。4人の対等のマネージャーがいて、その中の3人が女性でした。このように、当時女性は多くの役割を持っていて、昇進もしていました。すばらしいことでした。数年あとには、そうではなくなりました。
60年代の終わりに、私がIBMの講堂に入って行ったときのことです。そこには優に100人以上の多くのマネージャーがいたのですが、数えてみると、そこには女性は4人しかいなかったのを覚えています。
今戻ってきているところですが、そうでないところもあります。
今でも、職場の部屋やカフェテリアなど、どこにでも入っていくとき、私は男女の割合を見ます。ほとんどの女性がそうしていると思いますね。最初は私は全く気にしていませんでしたが、今では気にしています。そうなったのは、周りにあまり多くの女性がいないことに気づいたからです。この分野はうまく行っていないのだと思います。そして、私は女性の数という意味でもこの分野がうまく行っていないのを知っています。
私が思うに、まず女性が科学に魅力を感じていないということ自体が本当ではないと思います。
女性は医学や生命科学に魅力を感じています。このギャップ、物理学や化学と数学の間の女性の数の割合も小さくなってきています。そして、一部の他の分野では、実際に女性の数の方が上回っています。大学レベルでは、女性の数が男性の数を超えるかも知れないと言われています。
それから、仕事と生活のバランスの問題もあります。これは人々の働き方というよりも、むしろ職場文化の問題です。
IBMでは多くの人はオフィスを持っておらず、在宅勤務をしています。技術がこれを可能にし、実際これは非常に効果的です。しかし、職場の文化は時々これに逆行し、物理的にオフィスにいて、しかも長くいることが期待されます。
私はIBM研究所にいますが、ここの文化はそうではないことは言っておかなくてはなりません。しかし、我々は職場に来る必要があります。これは知的な刺激のためであり、面白い問題について他の人たちと一緒に取り組むためです。
そうですね、私はACMの転職タスクフォースに関わっていたことがありますが、それらが正しい答えなのかどうかははっきりわかりません。しかし、明らかなことの1つは、IT関係労働者に女性は多くないということです。もし潜在的な労働人口の50%を無視していれば、IT関係労働者の件については問題があるでしょうね。
いい答えはありません。それらは大きくて難しい問題です。
メンタリングは、アドバイスをする手法であり、下そうとしているさまざまな判断や、特定の場面でどう振る舞うべきかについて立ち寄って話す場所を提供することととしてのみ見られることがあります。しかし、わたしは人々の擁護者になりますし、実際に女性の代弁者であり擁護者です。
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