なぜ実現しないネット放送--「品質論」唱える既得権益者の本音 - (page 3)

大手広告会社の思惑は

 2006年11月。公正取引委員会が公表した「広告業界の取引実態に関する調査報告書」(概要)によれば、2004年の国内総広告費は5兆8571億円で、このうちテレビが34.9%。そして、この65.2%を電通(37.0%)、博報堂DY(19.3%)、ADK(9.0%)が占める。つまり、業界1位の電通はテレビ広告費全体の4割近くシェアを占めているわけで、現行のテレビ広告収入ビジネスにおいて最も大きな影響力を持っている。

 さて、この電通がこのほど公表した「2007年中期決算説明会」補足資料「電通グループの成長戦略」として、注目すべき内容を挙げている。項目「インタラクティブ・ビジネスの強化・拡充」として、「2009年度にインターネット広告市場のシェア20%を目指す」としているのだ。注目すべきはこの数値。テレビ広告において40%近いシェアを誇る電通が、ネット・モバイルメディア関連のシェアでは現行で15%、2009年の目標も20%に設定している。

 つまり現状、この広告形態においてはテレビほどの影響力を発揮できる状況にないことが分かる。

 となれば、電通を含む大手広告会社は、テレビ広告全体の減少はもとより、その一部がネット・モバイルに流れこむことは阻止、あるいは体制を構築するまで時間を稼ぐ必要がある。具体的にはどのような手段が考えられるのか──。

 「品質確保」が最大のキーワードとなる。

歯止めをかける「品質論」

 「ハイビジョンで美しい映像を」というサービス論に限らず、テレビ放送業界はとかく、品質にこだわる。一般にいう「放送事故」(10秒以上の無音状態ほか)はもとより、ちょっとした画像と音声の乱れでも嫌う傾向にある。こうした放送上のミスが発生した場合、番組スポンサーに対して賠償金が発生すると言われている(詳細な金額については明らかにされていない)。

 通信経由でテレビ番組を送信するネット放送の場合、放送局はこの「品質論」を大きなネックとして挙げることがある。YouTubeなどの動画配信サービスなどを利用する人たちには理解しやすいと思うが、現状、安定感や画質・音質においてテレビとは比較にならないほど品質は低い。

 もっと言うと、ハイビジョン映像やデータ放送、字幕などの各種デジタル放送サービスがテレビと同等に通信経由で受けられるかどうかは現状の技術レベルでは微妙。法的にコンテンツの再送信サービスに課されている「コンテンツの同一性」が確保できない恐れもある。

 この「品質論」だけでみても、ローカル放送事業者やケーブルテレビ事業者、さらには広告代理店が「放送コンテンツの通信再送信」に一時的な歯止めをかける十分な理由であるかのように見える。現時点での趨勢は「(放送によるカバーの難しい)難視聴地域においてのみ認める」という方向だが、仮にその部分だけ認められたとしても事業性に乏しく、通信事業者がインフラ整備に着手してくれるかどうかも危うい。

 放送再送信を前提とした難視聴地域への通信インフラ整備は当然、全国一律の放送再送信サービス実施が担保となっている可能性が高い。一方、ローカル放送事業者や広告会社にとって、人口の少ない難視聴地域は「広告価値のない」地域であり、投資効率が非常に悪い。通信でカバーしてもらえれば御の字といったところだが、一方で全国一律再送信を実施されてはたまらない。放送業界の収益構造そのものが崩れ落ちる。

 先にあげた「品質論」は、技術の進歩によって数年後にはクリアされる。それは間違いない。それを見越し、大手広告会社はそれまでにネット広告でもシェアを取れる体制を整えられればいいと考えているだろうし、十分な体制が整っていなければ別の理由で先延ばしにしようと考えるかもしれない。

 また、民間の放送事業者にとって、お客様はあくまでスポンサーと広告会社。その意向を無視して視聴者ニーズに応えることはできないというところが、放送における既得権益者たちの本音であることを理解しておくべきだろう。

 つまり、放送業界の収益モデルの根幹を支える大手広告会社の意向抜きにして、現状の放送業界が放送と通信の融合を心から望むことはないということである。

※【IP網を利用した地上デジタル放送再送信】

 2005年7月に公表された総務省情報通信審議会「地上デジタル放送の利活用の在り方と普及に向けて行政の果たすべき役割」に関する第2次中間答申において、IP網を利用した地上デジタル放送再送信に関する提言が行われた。

 この際、実施に向けた条件として「送信を当該放送対照地域に限定」「同一性の保持」「著作権保護DRM技術」の3点が挙げられている。

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