東京などの都市圏に住んでいる人間にはピンと来ない話だが、先に挙げた青森県も含め、全国でNHKと民放5波をすべて受信できる地域は驚くほど少ない。いわゆる東・名・阪の3大広域圏を除くと、北海道、福岡、岡山と香川(2県で1つの放送エリア)のみとなる。これに近畿広域圏波を受ける徳島、福岡波を受けられる佐賀を含めても、47都道府県中20県。人口対比で70%を超えているとはいえ、エリア対比では50%にも満たないのが現状なのだ。
仮に通信経由で全国どこでも、いや近隣都市圏のテレビ放送を見られるようにするだけでも、デジタル放送化実現の目的の1つとして挙げられている「情報格差(デジタルデバイド)解消」は達成される。さらには、単に全チャンネルが見られるということだけではなく、動画をリアルタイム配信できるということは、光ファイバなどの広帯域通信回線が敷設され、通信インフラの環境が飛躍的に向上するということをも意味する。
国が掲げるデジタルデバイドの解消において、放送と通信の両面で最も重要なインフラ整備が進むことは、非常に重要なポイントだ。これをやらない手はない。
しかし、こうした構想が実現に向かえば、地元ローカル放送事業者の存在意義は極端に減少する。例えば、「地元のフジ系A局より、フジテレビを直接見たい」という視聴者が出てくることなどが想定される。実際、東京近郊の長野県南部や静岡県東部などでは、こうした需要が存在していることが兼ねてから指摘されている。
そもそもローカル局は、自前で獲得する地域限定CM収入ではなく、キー局からの分配金で生計を立てている収益構造となっている。「キー局の電波が届かない地域で、代わりに番組を放送する」という大事な役割が薄れることになれば、当然分配金収入は激減、存在意義どころか会社の存続が危ぶまれる事態にさえなりかねない。
一方で、「民放ローカル局の存在意義」は報道の観点から語られることが多い。地元で起こった事件・事故を中心に報道する役割、大規模なニュースをキー局のニュースセンターに届ける役割──。報道拠点を各地に置くことは、マスメディアとして重視すべき点であるとする主張は理解できる。
また、「地元の報道」については緊急時対策的な内容が強調される。災害が発生した際、避難場所や警戒地域などを詳細に伝えるためには、やはり地域内に放送事業者があった方がよい。実際、2004年の新潟県中越大震災の発生直後、新潟県内ではなく近隣県の系列局スタジオから状況を伝えるニュースが素早く発せられたことなど、ネットワーク局体制の強みを感じさせられることはある。
こうして並び立てると民放ローカル局の存在意義を納得してしまいたくなるが、一方で全都道府県に支局を持ち、圧倒的な放送エリアを誇る公共放送のNHKが存在することを忘れてはならない。ことに緊急時を含む報道全般については、依然として高い信頼性がある。「娯楽は民放、報道はNHK」という視聴形態だけで考えてしまうのは極端だが、本来的にはこうした役割分担が大きいことは本質的な事実。日常的に必要とされるコンテンツで、かつ、屋台骨となる娯楽提供の側面を奪われてしまうと、やはり民放ローカル局の存在意義を語るのは困難となる。
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