“赤浦流”の投資スタイルでjig.jpは今世紀を代表する企業へ

別井貴志(編集部)、田中誠2006年07月07日 12時00分
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 企業が成長する過程では、けして経営者1人の努力だけでは無理だろう。資金はもとより、経営に関するアドバイスなどさまざまな支援が必要になる。こうした役割を担うひとつがベンチャーキャピタル(VC)だが、経営者とVCはどのようにして出会い、具体的にどういう関係を構築していくのか、そして人物像は。

 IBM Venture Capital Group日本担当の勝屋久氏が、日本で活躍するベンチャーキャピタル(VC)を紹介する形式で追い、VCと経営者両者に直接対談し、リアルにお伝えするこのコーナーの第2回は、独立系のベンチャーキャピタリストとして活躍するインキュベイト キャピタル パートナーズ ゼネラルパートナーの赤浦徹氏と、赤浦氏の投資先である携帯電話で初めてフルブラウザ「jigブラウザ」を発売したjig.jp 代表取締役の福野泰介氏の登場です。

勝屋:赤浦さんは、自分ひとりで投資家よりお金を集め、自分がイメージする投資先を探し、投資して、深く経営に携わり、素晴らしい実績もきっちりとつくり、バンバン優れたベンチャー企業を育てていく日本でも極めて少ない形のベンチャーキャピタリストと思いますが、改めてどんなベンチャーキャピタルかをご自身のバックグラウンドも含めて教えて頂けますか?

赤浦:もともとは本で読んでる米国のベンチャーキャピタルと、自分がサラリーマンとして勤めていて、日々、上司に稟議を取らなきゃいけないベンチャーキャピタルと、そのギャップに苦しんでいたんですよね。一番のきっかけはサイボウズの投資について勤めているベンチャーキャピタル会社の稟議が通らなかったことです。半年後にもう1回チャレンジしようと、全部条件をクリアして申請したんですが、それでもベンチャーキャピタル会社の審査では最低の評価だったんですね。

 結局、僕が稟議を通すためにサイボウズの当時の社長である高須賀さんに協力してもらったことと、僕が企業の成長のために貢献したことと、全然釣り合ってないんですよね。これじゃベンチャーキャピタルの意味ないじゃんという話で……。

 挙げ句の果てに、投資しようとしたら高須賀さんに、私が勤めていたベンチャーキャピタル会社は信頼できないから嫌だと言われてしまったんですよ。その代わり、赤浦さん個人で出してくれるんだったらいいですよと言われたんです。その時に僕は、赤浦=ベンチャーキャピタル会社、ベンチャーキャピタル会社=赤浦とコミットして、もし何かあったら僕個人が補償しますと言って社長にOKをもらいました。

 その2カ月後に、「すいません、ベンチャーキャピタル会社を辞めます」って言いに行ったら、さすがに温厚な高須賀さんも「それはないんじゃない?」って怒ってましたけど、最後は「勝手にすれば?」ということになって、本当に辞めて独立しました。その後もずっとサイボウズとは付き合っていて、今も一緒にやってるわけですけど、その時の経験が大きかったですね。ベンチャーキャピタル会社の看板のおかげで、いろいろいい経験をさせてもらったんですが、看板がなくても自分が一生懸命に仕事ができたらその方がいいんじゃないかと思ったんですよ。

 それが1999年の3月で、4月に穐田(カカクコム元社長穐田氏)がうちに遊びに来たんですね。彼はベンチャーキャピタル会社の2年後輩で、先に辞めていたんですが、たまに広島まで遊びに来てくれていたんです。その時にアイデアラボの新聞記事を持ってきて、これやりたいんですよって言い出して、じゃあ一緒にやろうかということになって始めたんです。

 話が長くなりましたが、要するに、もともとは米国のベンチャーキャピタルに憧れて、組織型のものではなく、個人でやるよう活動をしたかったんです。そのタイミングはいつかなと思ってた時にサイボウズの件があったんです。

 結局、ベンチャーキャピタル会社が最低の評価を下したサイボウズにお金を振り込んだのが1999年5月で、翌年には上場しました。その1年3か月間で投資した金額は約210倍になったんです。それに最低の評価を下したわけですよ。組織の限界だなと思いました。やっぱり現場で見て、判断して、社長と信頼関係を築いて約束して進められる環境が必要なんだと思ったんですよね。それは、サラリーマンではなかなかできないなと思いました。どんなベンチャーキャピタルかと聞かれると難しいんですが、純粋に経営者と信頼関係を持って一緒に仕事をできるようなベンチャーキャピタルをやりたいなと思っているだけですね。

勝屋そのベンチャーキャピタル会社を辞めたのは何歳の時ですか?そのとき、ご家族の反対はありませんでしたか?

赤浦:1999年ですから31歳ですね。反対は一切ないです(笑)。わー、東京帰れるってうちの奥さんも言ってました。

勝屋:話を聞いていると、自分が志すベンチャーキャピタリストのイメージと高須賀さんとの出会い、そして穐田さんと話したことが同じ時期にタイミングよく重なったんでしょうね。

赤浦:そうですね。ツイてましたね。

勝屋:経営者と信頼関係を構築して投資するベンチャーキャピタルの赤浦さんですが、どのような投資分野に関心がありますか?

赤浦:やっぱりIT系ですね。前はもっとモバイルにフォーカスしていこうと思っていたんですが、今、福野さんと一緒にやっていて、他にモバイルをいくつもというのは難しいんですよね。モバイルにフォーカスするにしてもちょっとずつ分野を変えていかないと…。でも、モバイルのアプリケーションを作る会社って、jigで一緒にやってると他になかなかできないので、結局、IT系全般ですね。

勝屋:赤浦さんの投資先の数と実績はどういった感じなのでしょうか?

赤浦:最初のファンドで26社。それ以外のファンドで18社。でも、最初のファンドでは、実質、今行ってる会社はエスプールとECナビしかないんで、あとはみんな終了してますね。最初のファンドに関しては、公開したのが3社。売却が23社。そのうち、得して売却してるのは10社くらいですね。正確には計算してないですけど。

勝屋:投資先はどうやって見つけるのでしょうか? 赤浦流をぜひ教えてください。

赤浦:見つけてないんですよ。自分のやりたいことが決まっていて、その分野に注目して動いていると誰かに出会いますよね? その出会った時に、じゃあやろうかという話になるんです。投資してくださいという話が来て始めることは、僕の場合はほとんどないですね。

勝屋:そういう出会いがあった時にどのような判断基準で投資を決めるのですか?

赤浦:人だけですね。人とノリ(笑)。いい人だなあ、というのと、じゃあやろうか! というノリが盛り上がるかどうかですね(笑)

インキュベイト キャピタル パートナーズ ゼネラルパートナー
赤浦徹

1991年4月日本合同ファイナンス株式会社(現:株式会社ジャフコ)入社、1999年10月インキュベイトキャピタルパートナーズ設立 ゼネラルパートナー就任(現)、2000年3月株式会社エスプール(証券コード2471)取締役就任(現)、2000年4月サイボウズ株式会社(証券コード4776)取締役就任(現)、2000年8月株式会社メディオポート 取締役就任(2001年2月退任)、2000年9月株式会社アクシブドットコム(現社名株式会社ECナビ) 取締役就任(2001年9月退任 同監査役に就任し現任)、2003年4月独立行政法人 情報処理振興機構 参与就任(現)、2003年10月株式会社ナンバーファイブ 取締役就任(現)、2003年10月株式会社エイ・アイ・シー 取締役就任(現)、2004年2月株式会社コーリング 取締役就任(現)、2005年2月株式会社プレステージソリューションズ 取締役就任(現)2005年8月株式会社jig.jp 取締役就任(現)、2005年11月株式会社コマース21 取締役就任(現)、2006年2月シェルドゥー株式会社 取締役就任(現)、2006年3月株式会社セレス 取締役就任(現)

趣味:水泳、温泉、ゴルフ

出資先、関連会社:サイボウズECナビエスプールファンコミュニケーションズエルゴブレインズjig.jpコーリングエイ・アイ・シービットレイティングスZeelセレスプレステージ・ソリューションズシェルドゥーLunascapeゆめみメディアドゥリアルワールドウェブリオコマース21など。

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