アドビシステムズは、いまやデザイナーやクリエイター向けの製品だけで成り立っているわけではなくなった。売上のおよそ半分はPDFを含めた電子ドキュメント関連ビジネスが占め、急速に成長している。4月1日の個人情報保護法やe-文書法の施行をきっかけに、PDF生成や編集、管理ツールである「Acrobat」に対する引き合いも強まっている。
そのような中、同社はPDFの生成に機能を特化させた4900円の廉価版「Adobe Acrobat 7.0 Elements 日本語版」を4月22日から発売する。Acrobatファミリーには、最上位版でプロ向けの「Adobe Acrobat Professional」、一般ビジネスユーザー向けの「Adobe Acrobat Standard」が提供されているが、新たにElementsを加える。PDFの生成に機能を絞ったツールは以前から他社がより安い価格で販売しているし、フリーウェアなどもある。このタイミングで、こうした製品を加えた意図はなんであろうか。
また、アドビとしてはElementsで初めてダウンロード販売を行うなど、販売形態にも変化が見られる。
こうしたAcrobatやPDFの展開を中心に、エンタープライズ系のサーバやウェブ構築における他製品分野への進出の可能性なども含めて、日本の代表取締役社長および米Adobe Systems副社長を務め、日本の営業部門の総責任者も兼ねている石井幹氏に今後の戦略を聞いた(なお、このインタビューはマクロメディアの買収が決定される前に行った)。
--このたび、PDFの生成に機能を限定したAcrobat Elementsという廉価版の製品を加えた背景は
まず、Acrobatが含まれる電子ドキュメントビジネス事業部の売り上げが急速に伸びており、デザイナーに対して製品を提供しているクリエイティブプロフェショナル部門と同じぐらいの売り上げ規模になっている。大きい規模になり急成長している中で、Acrobatの提供形態を変える必要性を感じていた。
現在Acrobatはバージョン7だが、バージョン5までは1つの製品だった。そして、バージョン6以降はカバーする範囲が広がり、顧客のニーズも拡大した。得意とする分野や使い方によって製品を分ける、つまりプロダクトファミリーでカバーしていくことになった。
PDFの生成に機能を特化させたElementsも以前からあったのだが、大企業にかぎったライセンス提供の形だった。それは、PDFがさまざまに使われる中で、まず役割分担が変わるだろうとと考えたためだ。事実として、例えばある職種の人はPDFを作成するだけで事足りる場合があるだろう。また、稟議を通すようなワークフローでは、上席の人が電子署名をしたり、修正したりすることもあるだろう。つまり、組織内でも役割や職種によって使い方が異なるため、提供するソフトウェアにもそれに合わせた柔軟性が求められたわけだ。
しかし、PDFが広く使われるようになったことで、こうした動きやニーズは大組織ばかりではなく、小規模や個人ユーザーへも拡大した。それが、予想以上に急速に進んだので、PDFを生成したいだけだという個人単位のユーザーが購入しやすいように、Elementsの一般販売を決定した。
--Elementsの販売では、パッケージやライセンスの他にも、初めてダウンロード販売という形式を採った。こうした直販との位置づけは
世界的な取り組だが、購買方法の選択肢をできるだけ多くしようというのが狙いだ。6年前にアドビストアを開設して直販しているが、ダウンロード販売が一般化してきたためこれを取り入れてみることにした。Elements以外の製品へ拡大させていく可能性も大いにある。
また、アドビストアの売り上げはおおざっぱに言って全体の1割り程度だ。価格競争力も他のECサイトや店舗販売とは比較にならないし、これらと競争するつもりもない。それでは、なぜ直販を続けるのか疑問に思うかもしれない。それは、ありがたいことに、一定の顧客のアドビから直接買いたいという意向が強いためだ。特に利用が長いユーザーほどその傾向が高い。これは、ブランドロイヤリティがなせる技と言えるだろう。
--そうした一方で、廉価でPDFを作成するだけのソフトウェアなら、他者でも販売しているし、フリーソフトウェアもある。これらとElementsはどのように競合していくのか
たしかにそうだ。これは、PDFの仕様を公開しているのだから当然だが、そうした他者のツールがたくさんあるということは、裏を返せばそれだけ「PDF作成」に対するニースが高いことを示している。同じ技術仕様に基づいているのだから、我々の製品が純正で、他が偽物ということでもない。
ただし、PDFの仕様を決めているのはアドビだ。PDFのバージョンは1.0から始まって現在7世代目の1.6だが、そうなるとPDFの将来を定めていくのはアドビということになる。そのため、どうやらPDFを作成して将来的にも活用したい場合はアドビの製品の方が安心だという心理が顧客に働いているらしい。そうした背景があるので、アドビからPDF作成に特化した製品を出して欲しいという要望があり、Elementsはそれに応えたのだ。
--ところで、最近Acrobat Readerがバージョン7.02へアップデートされたが、オンラインアップデートを行う際に一緒にPhotoshop Albumのインストールも促されたが、これも製品戦略の1つなのか
これは実験的に行っており、バージョン6のアップデータにもそういう仕組みがあった。Acrobatと写真アルバムソフトは一見かけ離れている製品に見えるが、そうではない。写真データの公開や受け渡しなどで、PDFとして出力して利用するユーザーが意外と多いのだ。Photoshop Albumにはこうした機能に加えて、音楽付きのスライドショーが作成できる機能もあり、これが非常に受けている。そのため、「使ってみてはどうですか」という意味で機能限定版をアップデータに含めているが、もちろんチェックを外せばインストールされない。こうした方法が受け入れられ、効果があるかどうか反応を見ているが、評判が悪ければすぐにでも止める。
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