SFCの休み時間は15分が基本だった。キャンパスがやや遠いところに位置しているため、1限の時間は慶應義塾大学の他キャンパスよりも遅くスタートする。しかし昨今行われるようになってきた遠隔授業が出来るように、13時から始まる3限以降は開始時間を他キャンパスと揃えてあるのだ。1限が遅くて3限は他キャンパスと同じとなると、しわ寄せは2限と3限の間の昼休みに響いてくる。
昼休みというと1時間くらいあって、昼食を取ったり何か用事を済ませたりするのに充分な時間になりそうなものだが、SFCの昼休みは20分だ。ゆっくりと座って昼食を取る暇はほぼない。そのため基本的に授業中の飲食がOKになっているのだ。それでお弁当を持ってきたり生協で買い物をしたりした学生が、お昼ご飯を授業を聴きながら食べるという風景がごく当たり前のように広がっている。
いくら用心していても、買い物してきたビニール袋からおにぎりなどを取り出すときのガサガサという音はしてしまう。1人だけならまだしも、やはり複数人いると教室の中では少し目立つ音として聞こえてくる。先生も授業がやりにくいんじゃないかと思うし、初めてSFCに来た先生に取ってみればマナーが悪い、と思われるかもしれない。多くの先生は「そんなものだ」と思っているのだろうか。
僕が大教室の授業でアシスタントをしている時は、教卓の機材などの操作卓にいることが多い。階段教室でなくても、この教卓という場所は教室中の様子がびっくりするほど見渡せるし、こそこそとした、学生側からすると絶対聞こえないだろうと思っているような話し声すらはっきり聞こえてくる。明確に座学を伝達するためのファシリティーなのだと言うことを意識される瞬間である。
そんな教卓で気付いたもう一つの環境音がタイピングだ。400人ほどのキャパシティの大教室にまんべんなく人が座っていて、9割近い人がノートパソコンを開いている、という風景は珍しいことではない。いつの間にか無意識に受け入れていた彼らのタイピングの音に今の今まであまり意識を向けたことことがなかったが、一度気付いてしまうと大変だ。
ノートパソコンによくある浅めのキーから奏でられるパチパチといった軽めのタイピング音が、いや激しいとも言えるタイピング音が絶え間なく鳴り響いているのだ。もちろん授業のノートを取っているだけではなく、多くは授業中のメールやメッセンジャーによるものだと思うが、その環境音に気付けば気付くほど圧倒されてしまって注意しようなどとは決して思わない。
SFCには共同購入という制度があって、学校からノートPCを買う場合は1種類か2種類の中から選ぶことになる。そのため入学年度によってThinkPadが多かったりLet'snoteが多かったりDynabookが多かったりする。同じ製品を使っていれば、出てくるタイピングの音もおおよそ同じになるので、授業の対象の学年がはっきりしている場合は、もしかしたら授業によってこの環境音が微妙に違っているかもしれない。
最近僕はめっきり使わなくなってしまったが、最初に使ったインスタントメッセンジャーはICQだった。このソフトはキーボードのタイピングに対してタイプライターの効果音を割り付けることができた。もしこれを教室中のチャットをしている人たちが設定していたら、なんて考えるとうるさくて仕方なさそうだ。とはいえエンターキーに割り付けられている「ちーん」という音だけでも、タイピングをしていてなかなか気持ちが良いものだった。
動作に音が伴うものは、使用感として心地よい、というのは以前のコラムで紹介した佐藤雅彦先生の言葉「音は映像を規定する」に近い感覚なのかもしれない。例えばiPodのタッチセンサーのホイール。ホールそのものは回っていないが「かちかち」というクリック音と画面の中でのスクロール動作が同期して、とても気持ちが良い操作感覚を作り出していると思う。iPod Photoではその「かちかち」で写真を素早くスクロールできるなら、やはり快感なのではないか。
キーボードの話に戻る。ICQにしてもiPodにしてもあくまで効果音であって、ものそのものが出す音ではない。もちろんそれによって操作している感覚を与えたり心地よさを与えたりするが、キーボードは物理的に音が出る。同じキーボードを叩いていても微妙に出てくる音が変わってくる。特に顕著なのがエンターキーだ。
以前いろいろな方に「メールの改行」についてインタビューしたことがある。そのときはケータイのメールに関するヒヤリングで、ケータイのメールでの改行とPCのメールでの改行について比較しようと思っていたが、そのヒヤリングの中でPCでの改行にはいろいろ意味がある、と言う興味深い話を聞くことが出来た。
通常では文章やメールを書いていて改行する時、あるいはメッセンジャーで相手にメッセージを送る時にエンターキーを押す。書いているシチュエーションや内容によっては「怒りのエンターキー」「弱気なエンターキー」「気分爽快なエンターキー」と、押すというよりは叩く強さが変わってきたりするようだ。
あるいはどこかオフィスなどの人が周りにいるところでは「忙しいぞ、のエンターキー」や「邪魔するな、のエンターキー」など、いつの間にか周りの人にそう言う印象を与えるようなエンターキーの叩き方をしているそうだ。逆にエンターキーの叩き方1つで、暇なときでも周りに邪魔されずに済むような演出をすることも可能かもしれないわけで、そこまでできれば正にエンターテインメントだ。
実際に対面していたり、音声や映像でのコミュニケーションであれば、口調や表情による言葉以上の感情を伝えることが可能だ。しかしテキストでは文字に現れてくる語気や内容以上のものを伝えるのは難しい。ケータイやチャットで絵文字が使われるのもそのためだと思われる。そういうテキストの伝達の中に付加する情報としてキーボードの打鍵の強さが伝えられれば、あるいはタイピングしている音だけでも伝われば、文字にも表情が出てくるかもしれない。
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