Linuxビジネスの中心的役割を果たすOSDL

インタビュー:末松千尋(京都大学経済学部助教授)
構成/文:藤本京子(CNET Japan編集部)
編集:山岸広太郎(CNET Japan編集部)
2004年01月30日 10時00分

OSDLは、Linuxの成長とエンタープライズ分野でのLinux採用を促進するため2000年に設立された非営利団体だ。2003年6月にLinux開発者であるLinus Torvalds氏がOSDLに移籍して以来、同団体のコミュニティでの存在感はさらに大きくなったといえるだろう。いっぽう昨年4月OSDLのCEOに就任したStuart F. Cohen氏は、コンピュータ業界のビジネスデベロップメント、セールス、マーケティング分野で20年以上の経験を持っており、今後のOSDLの発展において大きな役割を果たす人物といえそうだ。Cohen氏にOSDLの活動内容や今後の計画を聞いた。


Open Source Development Lab(OSDL)
CEO(最高経営責任者)
Stuart F.Cohen 氏

2003年4月、OSDLのCEOに就任。OSDLに参加する以前はRadiSys Corporation において、パートナー戦略開発などを担当する、Marketing and Business Development の Vice President 兼 Corporate Officer を務めた。IBMで17年間、パーソナルコンピュータ部門およびネットワーキング部門においてセールスおよびマーケティングの上級職にあり、ヨーロッパ、東南アジアおよび中国における国際的な経験もある。




マーケット志向、顧客志向のLinux組織

末松: まずはOSDLのバックグラウンドについて教えてください。

Cohen: OSDLは2000年4月にHewlett-Packard(HP)、Intel、IBM、NECによって設立されました。設立の目的は、米国と日本が先導を取ってソフトウェアをテストするための設備を整え、Linux上でエンタープライズアプリケーションがうまく動作するかを検証するためでした。その検証は成功し、その後2つの分野に注力することになりました。その2つとは、データセンターと通信事業分野です。この2つの分野で技術的に必要とされることや、マーケティングにおける要件を定義していき、その頃からTurbolinuxやRed Hat、SuSE Linux、Dell (Computer)、三菱電機、ミラクル・リナックスなどをはじめとする多くのメンバーが加入しはじめました。まず技術的な要件を検討することからはじめましたが、2002年末頃からマーケティングの要件を検討する必要性も出てきたわけです。

 私がOSDLにCEOとして参加しないかと言われたのは、マーケット志向、さらには顧客志向の組織にしようとの方向性があったからです。私が当初から注力していたことはおもに2つです。まずは、OSDLをLinux業界の中心的存在として位置づけ、ベンダー、ユーザー、開発者のコミュニティがみな協力し合って活動できるようにすることです。ユーザーには、企業、教育機関、政府機関のすべてが含まれます。そして2つめは、われわれの活動のすべてがLinuxの普及促進につながるようにし、市場を発展させるということです。そのため、大学に向けた教育プログラムも発表する予定ですし、政府機関にもOSDLの活動に関与してもらうよう働きかけています。また、カスタマー諮問委員会も設けています。この委員会は2003年7月にニューヨークで、10月にオレゴンで議会を開催しました。この議会では約20社程度が集まり、Linuxのグローバル展開におけるビジネス要項を定義しています。ヨーロッパでも同じような委員会を2004年第1四半期には設置する予定で、日本にも同3月には同様の委員会が開設される予定です。

コミュニティに対するOSDLの貢献

末松: つまりOSDLは、Linuxのビジネス・サイドにおいて中心的な役割を果たしているわけですね。ではオープンソースコミュニティ内でのOSDLの役割はどういったものなのでしょう。

Cohen: コミュニティでもOSDLは多くの役割を果たしています。開発者コミュニティに対してコードも提供していますし、サブシステムのメンテナー(開発リーダー)も確保しています。何よりOSDLはLinuxの生みの親であるLinus Torvaldsと、カーネルメンテナーのAndrew Mortonを迎え入れました。われわれは数あるプロジェクトの中でLinuxの発展の障壁になっているものは何かを見極め、方向修正などを行いつつ、LinusとAndrewがフルタイムでLinuxに取り組むことができる環境を提供する役割を果たしています。

 またわれわれは、Linuxカーネルの開発プロセスをチャートにして発行しました。これは、多くの出版物でも採用され、ベンダー、コンサルタント、アナリストも利用しています。これまでLinuxがどのようにして開発されているのかちゃんと説明したものがなかったため、みなLinusが世界中の40万人から寄せられるメールをすべて読み、コードを決めると考えている人が多かったのです。しかしそれは違います。コードは、厳正なアプローチで段階を踏んだ手順を踏み、コミュニティ内で何度も見直し、同意を得たうえで決まるのです。

オープンソースと商用ソフトウェアは共存する

末松: ライセンスについて質問させてください。GPLのオープンソース・ソフトウェアと商用ソフトウェアを併用することの問題は何ですか。

Cohen: GPLはオープンソースのソフトウェアに適応するものです。プロプライエタリソフトウェアがプロプライエタリという立場を取るのであれば、GPLに基づいてソフトウェアを提供することはできませんよね。実際多くの企業や団体でGPLのソフトウェアとそうでないソフトウェアを併用しなくてはならないケースが多々あるのです。多くの企業では現在GPLライセンスの下でLinuxを使っています。それと同時にレガシーやプロプライエタリなソフトウェアも使っています。新しい企業でレガシーを全く抱えておらず、すべてをオープンソースではじめるところもあるでしょう。しかしそれはほんの少数で、多くの企業では過去のソフトウェアと共存する道を取るしかないのです。

末松: では現状GPLで特許つきソフトウェアとオープンソースのソフトウェアは問題なく共存すると考えていいのでしょうか。たとえば特許つきのソフトウェアのソースコードがオープンソースのコードに紛れ込む心配はないのでしょうか。

Cohen: Linuxの開発プロセスは10年以上続いており、Linusやその他開発者がかなりの拡張機能を加えてきました。その間、提出されたコードは誰でも閲覧可能であったし、コミュニティ内でコードを何度も見直しています。このような状況下で著作権のあるコードが紛れ込むことはまずないでしょう。また、たいていの企業は何らかの品質管理を行っており、自社開発したコードが特許侵害されていないかチェックしています。このように、企業のチェック体制とLinux開発コミュニティがオープンであるという事実を考えると、特許侵害の可能性はほとんどなくなります。新たなチェックプロセスなどが必要かどうかは、LinusやAndrewなどのメンテナーが決めることです。

末松: Free Software Foundation(FSF)はフリーソフトウェアとフリーでないソフトが共存することをよく思っていないようにみえますが、これについてどうお考えですか。

Cohen: 現実問題として、企業や政府機関、教育機関などには、これまで採用してきたレガシーコードを使ったソフトウェアがどうしても存在します。そのレガシーコードがいまでも多くのシステムを動かしているのです。また、数多くのプロプライエタリソフトウェアも存在し、これらのプロプライエタリソフトウェアは現在のビジネスの中に統合されています。これらのコードがすべてフリーソフトウェアのコードに取って替わるとは考えられません。FSFも同じ考えでしょう。

 FSFは、すべてのソフトウェアのコードがオープンになればいいと考えているかもしれませんが、私はソフトウェアというものは他の製品と同じく値段がつけられてもよいものだと思っています。代金を支払う顧客もいるのですから、企業が費用を費やして開発し、そこでお金を取ってもかまわないのではないでしょうか。

 ただソフトウェアは必需品であると同時に、どんなものでもすぐに手に入る状態になってきています。そのため、私は今後もオープンソース化が進むだろうと考えています。開発におけるメンテナンスやサポートは、個別の企業が独自に行うより、オープンソースコミュニティで行われるほうがずっと優れているからです。

 私はFSFの相談役であるEben Moglenと仲がいいのですが、彼はOSDLのカスタマー諮問委員会にも何度か参加しています。OSDLのサイト上では彼の論文も2つ発表していますし、そのうち1つは日本語サイト上で翻訳版が読めるようになっています。彼自身OSDLとの関係に満足しており、私も特にこの関係に問題があると思っていませんが、FSFとしてはすべてのソフトウェアはフリーであるべきだと考えています。しかしソフトウェアは既にビジネス化しており、またレガシーやプロプライエタリとされるコードにもそれなりの歴史があることを覚えておかなくてはなりません。

末松: たとえば商用ソフトウェアのWebSphereが一部フリーソフトウェアのApacheを採用しているように、製品の中にオープンソースのモジュールが入っていることがあると思うのですが、このような場合問題はないのでしょうか。

Cohen: 大丈夫だと思います。このような形は、ソフトウェアが自然と進化した結果です。人々はこれまでプロプライエタリなソフトウェアを作るという観念の下でソフトウェアの開発を行ってきました。開発したソフトウェアでお金を取る価値がないと判断した場合、それをオープンソースとしてコミュニティに公開することがあります。それがコミュニティ内で発展したり進化したりするのです。その後それを製品化したい人がいれば、それはそれでいいと思っています。オープンソースコミュニティがイノベーションを加速させ、その結果コンピュータ関連製品の価格が下がることもある。いっぽうではイノベーションの結果、価値のあるものが生まれ、それを製品として売ることも考えられるのです。

ソフトウェアビジネスの今後

末松: Open Source Applications Foundation(OSAF)のMitch Kaporが、オープンソースが普及してソフトウェアパッケージの開発で大儲けする時代は終わったと言っているように、ソフトウェアはフリーであるべきだという方向に進んでいるのでしょうか。

Cohen: 世の中にはまだソフトウェアで利益を得ている企業は多くあります。新しいタイプの企業はこれからも多く出てくるでしょう。ソフトウェアを作る企業、ハードウェアを作る企業、サービスを売る企業など、例をあげればきりがありません。そこで顧客が何を求めているのか、何を解決したいと考えているのか、その中でソフトウェアはどういう役目を果たすのかが課題でしょう。ソフトウェア自体は無料で、ソリューションに対する金額を支払うこともあるかもしれません。

 例えば携帯電話には、カメラで写真を撮る機能、メールを送る機能、ウェブを見る機能などさまざまな機能が備わっていますが、エンドユーザーがそれぞれのソフトウェアに金額を支払うことはありません。しかし携帯電話の中にソフトウェアがないと何もできないのです。そしてそのコストはどこかで誰かが支払っています。携帯電話端末というハードウェアに支払っている場合もあれば、通信事業者に接続サービス料として支払っている場合もある。これでソフトウェアが無料だといえるでしょうか。

 フリーソフトウェアの信者は、これこそソフトウェアがフリーであるいい例だと言うかもしれませんが、私はもっとビジネス的な視点で、携帯電話はさまざまな機能を含めた上で妥当な価格をつけて売っているのだと見ています。つまりユーザーはソリューションを購入しているのです。そのソリューションには携帯電話というハードウェアのみならず、ソフトウェア、サービス、サポート、メンテナンスなどすべてが含まれます。ここでソフトウェアがフリーかどうかというのは問題ではありません。

末松: Mitch Kaporは、特殊な方だということでしょうか。

Cohen: プロプライエタリソフトウェアのライセンス制度を好まない人が多いことも確かです。そういう人たちは企業内で開発されるソフトウェアをすべて撲滅し、ソフトウェアはウェブからダウンロードするべきだと主張しています。しかしこれは現実的な話しではありません。時が経てばそういうこともあり得るかもしれませんが、多くの企業はレガシーソフトウェアを抱えており、それを入れ替えると相当なコストがかかるのです。ですので、LinuxはOSの選択群のひとつだと考え、何を解決するために使うのかという視点で選ぶべきです。ソフトウェアがフリーかどうかというのではなく、どのようなソリューションを提供できるのか、ユーザーにとってどのような価値があるのかが重要なのです。

 オラクルを例にあげましょう。企業がいきなりオラクルを捨て、オープンソースのデータベースを使い出すということはないでしょう。SAPのERPシステムを導入している企業が突然それをやめてオープンソースのERPソリューションを導入することもないと思います。ERPの導入経験がない設立したばかりの企業がオープンソースのERP導入を考えることはあるかもしれませんが、それでも商用のものと比較し、どのようなサービスがあるのか検討する必要があります。

大規模システムに対応したカーネル2.6

末松: ところでLinux カーネル2.6が発表されました。これで何が変わりますか。

Cohen: 2.6ではLinuxがこれまでよりさらに効率的に大規模システム上で動くようになります。さまざまな箇所に機能拡張を施していますが、中でも大規模システムやプロセッサのクラスタにおけるスケーラビリティが向上したことのインパクトは大きく、多くの通信事業者もLinux導入を考えています。NTT関連企業がOSDLに加盟したことからもそれがわかると思います。NTTは世界中の通信事業者や通信機器メーカーにもLinux関連ソリューションの商談を持ちかけているようです。ほかにも金融機関、小売業界、教育機関など、どんどん広まっていくと思います。

 Linuxはいま世界で最も伸びているOSなのです。ウェブからも入手可能で、GPLライセンスを採用しているためコピーすることも可能です。つまりあらゆるところで採用される可能性があるのです。Linuxはインターネットのように、世界中の人によって開発され、世界中の人に自由に使われ、世界中の人に貢献しているのです。Linuxはインターネットが成長しているのと同じように成長を続けるでしょう。

CE Linuxフォーラムとの関係

末松: ところで組み込みLinuxは日本でも大きな話題となっていて、CE Linuxフォーラムという団体も活動しています。この分野について何か計画はありますか。

Cohen: 通信事業者、データセンターなど、多くの分野で組み込み関連事業はありますが、OSDLとしては特にコンシューマー向けの活動をしてはおらず、今後そのような活動をする予定もありません。ただ、CELFの活動は大変面白いものだと思いますし、CELFとOSDLの関係も大変よいものなので、パートナー関係を結ぶことはあるかもしれません。

末松: CELFとOSDLが合併する可能性はありますか。

Cohen: 可能性がないわけではありませんが、今はどうなるか全くわかりません。彼らはコンシューマーサイドにフォーカスしており、OSDLではエンタープライズ系にフォーカスしています。合併するには何らかのメリットがないと意味がないですからね。ただCELFとOSDLは補完的な立場であると同時に、Linuxを普及させたいという部分は共通しており、似たような活動も行っています。今後もいい関係を続けていきたいと思っています。

 OSDLのメンバーは、今後、さらに増えると考えています。ユーザー企業や政府機関、教育機関もメンバーとして加わり、今年1年でメンバーは100団体以上となるでしょう。現在のデータセンターおよび通信事業者のイニシアティブに加えて、デスクトップイニシアティブも計画中です。また、ヨーロッパと日本におけるカスタマー諮問委員会の活動も開始しますし、さらに中国の団体がメンバーとして加わるかもしれません。

インタビューを終えて

 小さなハッカーコミュニティから始まったオープンソースも、拡大を続けると、必然的にビジネスとの関係を明確化する必要性に直面する。OSDLはビジネス・サイドの利権団体ともいえる存在であり、思想の違いが今後、顕在化することもあるかもしれない。著作権の考え方、「自由」実現のプロセスのあり方などに、意見の相違も発生するだろう。

 組織が成長すれば、必ず発生する問題であるが、求められるカルチャーや価値観が変わり、それに創業メンバーの一部が違和感を持ち始める。その時点で、リーダーは、カルチャーの変更を受け入れ、組織の成長の継続をとるか、創業メンバーとの同好会となることに甘んじるかの選択を迫られることになる。

 リーナス・トーバルズは、従来、中立的立場を守るために、Linuxを仕事としては位置付けてこなかった。しかし、今回、OSDLフェローとして、フルタイムでLinux開発・普及に貢献することになったという。

 これはとりあえず、リーダーが継続的成長の道の意思決定をしたということだろうか。そうだとすれば、新たな発展のステージに入ったLinuxとオープンソースのこれからが非常に楽しみである。

2004年1月30日 末松千尋

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