IBMのLinux戦略とオープンソースの哲学

インタビュー:末松千尋(京都大学経済学部助教授)
構成/文:野田幾子、編集:山岸広太郎(CNET Japan編集部)
2003年12月19日 10時05分
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エンタープライズ分野でのLinux導入に世界規模でいち早く取り組んで来たIBM。その中でも黎明期から日本でのLinuxビジネス立ち上げに中心的な立場で携わってきた中原道紀氏にIBMのLinux戦略とオープンソースが日本社会にもたらす影響について聞いた。


IBMアジア・パシフィック
Linux AP-South事業部
事業部長
中原道紀 氏

1987年、日本IBM入社。長野オリンピック インターネット・チーム プロジェクト・マネージャー、ネットワーク・サービス事業部 新規ビジネス開発担当を経て、1999年よりLinuxビジネス開発担当としてLinux事業に携わる。2002年よりIBMアジア・パシフィック出向。社外でも日本Linux協会 副会長、リナックス・プロフェッショナル協会 理事、OADG技術部会 Linux分科会 主査を務める




インターネットを見据えた戦略的な意思決定

末松: IBMがLinuxを全ラインで採用すると宣言したのは1999年です。それからはディストリビュータと手を組んでLinuxを積極的に採用し、Linux普及の急先鋒として知られている。IBMがLinuxに力を入れているのはなぜなのでしょうか。

中原: Linuxは、あくまでもIBMの戦略的な位置づけのひとつであり、最初から「Linuxありき」というわけではありません。この戦略は、1990年の初めから「インターネットが持つ影響力」を正しく認識し、どう対処していくかを考えようというのが出発点でした。

 ですからLinuxも、NFLスーパーボールやオリンピック、テニスの全仏オープンのウェブサイトのホスティングをすることにより、サーバにアクセスが集中する厳しいインターネット環境で使えるか否かをテストしました。アクセスやトランザクションの集中など、あらかじめ予測した以上のことも起こり得るインターネットでの使用に耐えうるかを知りたかったのです。

 インターネットを中心に据えた戦略の中では、「標準」というものの重要さに思い至りました。ひと言で標準と言っても、お客様が決めるもの、コミュニティが決めるもの……と定義がいろいろありますが、そういった標準を受け入れなければビジネスはやっていけないくらい、インターネットの影響力は強くなってくると。

 もともと我々はSNA(システム・ネットワーク・アーキテクチャ)のような独自アーキテクチャを作ってきましたが、オープンなインターネットの方へ目が向いていったんです。いわゆる、カルチャーチェンジですね。

 インターネットの世界は、インターネットを支えるソサイエティ「ISOC(Internet SOCiety)」や「W3C(World Wide Web Consortium)」で決めている標準が非常に強い力を持っています。ですから我々はインターネットという市場に参入するにあたり、こういった標準を作るところへ積極的に参加し、意見の交換をすることから始めました。

末松: そういった戦略は、IBMの元会長兼CEOであるルイス・V・ガースナー氏が始めたそうですね。1998年当時、日本ではそこまでインターネットによって大きく変わるのかという議論さえあったと思うのですが、そこでそのような意思決定をしたことは、とても大変なことだったろうと思うのです。

中原: IBMが元々持っていたインターネット上でのUnixシェアはさほど強くなかったので、Linuxを使って取り返すことはできないだろうかと考えた、ということは言えるでしょうね。そういう面では、私も重要な戦略決定だったと思います。ただ、そのゲームスタイルは我々が初めてというわけではなく、インターネット上ではできているわけですよね。

末松: IBMは、事業の「サービス化」を提唱していました。それは、これまで蓄積してきたIBMの資産を活用する上で優位な立場に立てるからですが、そういう戦略の元、オープンソースで製品を無料化する。するとその上のサービス部分、ソリューションがより重要になり、ブランドや信頼性が活きてくる。うまくできてますね。

中原: 意図した戦略かどうかはわかりませんが、結果的にはそうなりましたね。いまおっしゃったようなサービスをIBMが提供することでオープンソースも尻上がりになり、お客様がオープンソースを使いたい際には、強力なサービスプロバイダであるIBMを選択する理由になる。日本のお客様も、何かモノを買いたい際にはいろんなところからバラバラにではなく、一カ所からまとめて購入したがります。IBMはハードもソフトもサービスも提供できるので、お客様に便利さと安心感を与えられるんですよね。

今後の注目は中古PC

末松: 今後の日本IBMの戦略に興味がありますね。

中原: 拡がっていけば何でもやります。ただ、今はクライアントサイドへ流れが向いているでしょうね。なぜなら、今後は中古PCがどんどん出てくるからなんです。クライアントでLinuxを対応させる一番の問題点は、PCがサーバに比べて賢く変化も大きすぎること。半年か3カ月ごとに新製品が発表され、動作保証している間に次の製品が出てしまう。しかし、古い型落ちの製品なら動作保証は済んでますから、Linuxはつつがなく動かせます。そういう新しい市場ができたときにスキルがあればどんどん使われるだろうし、それによって新しい産業も生まれるのではないでしょうか。

 特に、マレーシアのようなPCの普及率が低いところでは、Linuxを搭載した中古PCが増えていく可能性があるし、インターネットを使った遠隔操作もLinux PCでやればいいのではないかと思います。日本ではブロードバンドの普及率が高いから、例えば家庭での2台目として奥さんがメールのやり取りやウェブブラウジングに使えるとか。いまリサイクル法が施行されて中古PCが話題になっているけれど、政府はそういうところに目をつけて中古PCを買うよう奨励しなくてはならないと思うんですよね。

 本当に問題なのは、引き取ったPCを流用させる先。例えば、いま小学校に平均2台程度しか導入されていないPCの普及率をもっと上げるためにも使えるはずです。その点に気づけば、先生にどうやってLinuxを理解してもらおうとか、Linuxの文化を理解してうまくやっていくことによる相乗効果、経済のスパイラルが出てくるのではないでしょうか。こういった、一歩先を行く考え方が必要じゃないかと思っています。

オープンソースの哲学が日本社会にもたらすもの

末松: オープンソースを取り入れている人たちには、「絶対に枝分かれしないで協調していこう」というオープンソース哲学があるでしょう。これに対して、一般的な日本組織の壁は厚くて、ビジネスプロセスを標準化するという話以前に、用語やコードを統一することですら苦労している。オープンソースの採用がひとつのきっかけになって、社内に統一への動きがでるようになれば面白いと思うのですが。

中原: いまでも、共通の環境としてオープンソースを使おうという流れになっていると思いますよ。NECの携帯電話端末もそうですし、組込みではCE Linuxフォーラムが活発に活動していますから。次の段階ではその上のレイヤーをどうしようという話になりますが、Sambaのようなオープンソースや商用のミドルウェアを使ったサービスプロバイダがどんどん立ち上がり、オープンスタンダードの世代をうまく引っ張っていってほしいですね。

末松: オープンソースは枝分かれせず、様々な活動を組み合わせられるのが強味だとすれば、私はオープンソースの開発体制に関して「開発全体のモジュール化を徹底することにより、効率が格段に高まる」という仮説を持っているのですが、Linuxコミュニティの現状をどう思われますか。

中原: Linuxコミュニティは、それぞれのコンポーネントにおいてヒエラルキーで様々なプロジェクトが走っているので、そういう面では多少なりともモジュール化されていると言えます。問題は、それがきちんとカーネルに反映され、次のディストリビューションにデリバリーするというメカニズムが、まだしっかりとは確立されていないことです。商用OSであれば何か問題があった際にはパッチが出るし、次のリリース時には必ず反映されていますよね。Linuxの場合、反映させるか否かは結局リーナス・トーバルズを初め、それぞれのコンポーネントを担当している人たちにかかっているので、商用OSとは文化が異なるんですよね。

 これまではそれでもうまく回っていましたが、Linuxがもっと普及すればそういったところを、もっと整然とさせる必要がありますね。OSDL(Open Source Development Laboratory)がリーナス・トーバルズを雇用したのも、その一環でしょう。

末松: これまであったコミュニティの形態と、新しくフォーマライズされたメカニズムとの間で軋轢が発生する可能性もあるわけですが、そういったものをこれまでのLinuxコミュニティは乗り越えてきました。要は「バラバラになるよりは、協調して統合した方が互いの利益になる」と認識し、そして「個別最適よりも全体最適の方が大事だ」と説く大人の世界をキープしてきたわけですよね。それが、今後も続いていけば素晴らしいと思います。

 そういう「議論による合意」という発想が、日本には欠けているんじゃないかと思うのです。ですからオープンソースの世界から、日本人がそういった文化を取り込んでもいいかなと思うんですよね。

中原: 私もそう思います。日本には、「思いがある人たちを束ねる」という意識がまだ無いんですよね。例えば村井純氏、あの人のインターネットにかける思いはとても強いものでしたが、世界の組織へ飛び込んでいって、その一部となることができました。

 IBM、富士通、日立製作所、NECが4社協同でエンタープライズLinuxを推進していますが、我々4社が組んで、Linuxコミュニティにやってほしいことをぶつけるという意味では、この4社協力体制も思いを束ねているんです。それがもっと広い範囲で起こる必要があるし、Linuxの発展に関する恩恵を120%享受するために必要だと思います。それは、何かがあってから後に続くのではなく、そうなる前に行動することを考える問題意識というか、自己責任というカルチャーにもつながっていくでしょう。

 あと本当に必要なのは、教育でしょうね。日本の大学生は非常に頭がいいんですが、「個」がないんです。私は1年に2回、大学で講義をしているんですが、提出されたレポートはインターネットから得た情報を切り張りしているようなもので、自分の意見がないんです。私が思うに、いま求められているものはそういった自分の意見なのではないかと。

末松: 私の学生の中にも、個を出す環境としてBlogをやろうという動きがポツポツ出てきたけれども、そんなのは失敗するし普及しないだろうという意見の学生もいる。間違っていると怖いから、自分の意見は言わないで、他の論文の引用しかしないというのもいます。例えダメでもガンガンやっていくことによって、叩かれる中で何かを学習していくこともあると思うんですけどね。

中原: そうですね。とにかくやってみることにより、次はこうしたいという思いが出てくるでしょう。思いを実現するために、ガレージでスタートするような心意気が出てくればいいと思うんです。

末松: これまでは全員が同じ方向を向いて、議論のない状態で管理されてきました。いまそこで壁にぶつかっているわけですが、そこで新しいオープンソースのようなカルチャーがひとつの刺激になり、社会にインパクトを与えるというシナリオが描けたらいいですね。

中原: もちろん、あるんじゃないでしょうか。ある巨大掲示版では、そこに集った人たちが作った独自のビューアがいくつか公開されています。参加している皆が、こんな機能がほしい、あそこはこんな風に変更した方がいいなんていう意見を交わしながらやっているところがすごいですよね。ああいったクリエイティブなことがもっと日の当たる場所で行われて、それをサポートする仕組みがあれば非常にうまく回っていくと思うんです。

 だけど、こういった本来グローバルであるインターネット上のコミュニティが、日本ではまだまだクローズなまま。例えば比較的オープンなLinuxでも、ユーザーズグループ(LUG)同士が交流を持つことはほとんどありません。LUGの人はみんなやる気があるんだけど、LUG同士がつながらないのはなぜなのだろうと、ずっと疑問に思っていました。

末松: 日本は長い間、ムラ社会だったので、どうしてもクローズな方向へ進んでしまうんですよね。インターネットは、違うもの同士がぶつかって新しいものを作るというエネルギーと喜びがすごいでしょう。場合によってはお金を得ることよりも大きいかもしれない。そういう方向に世界は動きつつあるのに、違うものを嫌ったり排他して、違うもの同士のぶつかり合いに喜びを感じられないとすれば、どんどん世界から取り残されてしまう。

中原: 私もそれをすごく心配しています。ニューヨークやサンフランシスコのLinux Worldにいくと、小さいブースでNY LUGだ、SF LUGだとかわいわいがやがややっている。日本でも、Linux Conferenceなどで、自分はこう考える、こうしたいというアイデアをどんどん出してほしいし、企業側がハッとさせられるような論文がたくさん出てくる文化になってほしいですね。

末松: ITから始まったオープンスタンダードという大きな流れは様々な分野に拡がっていくでしょうが、その基本は「オープン」ありきです。今はクローズな日本企業も、ITだけでなく家電やその他の産業でも、オープンな考え方を柔軟に取り入れていかなければならない時代、知識情報の時代になっているのではないかと感じているし、そう期待しています。

インタビューを終えて

 インターネットは、“オープンソース的”発想の多くのボランティアにより支えられ発展してきた。オープンソースは、インターネットの発展の延長線上にあるものだ、というのが中原氏の考えである。

 日本にも、中国にも、インターネットは広がり、そしてそれを通して、世界の様々な情報や考え方に接することができるようになっている。そして、オープンソースや、オープンソース哲学も伝わってきた。

 それを侵略ととらえるか、相互理解と協調活動のプラットフォームの到来と考えるか。その伝播が当面続くものとすれば、見知らぬものを嫌い、否定し、避け続けるより、楽しむ努力をするほうが、人生、はるかに得だと思うがいかがだろうか。

 筆者自身といえば、京都の深遠なる日本カルチャーを、世界に理解してもらうことを楽しみにしている。

2003年12月19日 末松千尋
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