年間売上高500億ドルを誇るSamsung Electronicsには大きな野望がある。それは家電業界の雄、ソニーと同じ成功をおさめることだ。
この韓国の巨大企業には、すでに他社を圧倒する技術力がある。メモリ、LCD(液晶ディスプレイ)、携帯電話では世界有数のサプライヤーであり、同社から部品を調達している競合企業も多い。そんなSamsungが今、家電市場でのさえないイメージを一新しようとしている。陣頭指揮にあたっているのはグローバルマーケティングを統括する上級副社長のEric Kimだ。
Samsungのイメージアップ戦略は功を奏しているようにみえる。ブランド調査会社Interbrandの調べによれば、同社のブランド価値は急激に上昇している。しかし、その対価は安くはない。Samsungは今回のイメージチェンジに何億ドルもの金をつぎ込んできた。そしてこの試みは今、難しい局面を迎えている。
家電市場は活気を失い、ソニーのような大手企業ですら、薄い利幅と消費マインドの冷え込みに苦しんでいる。一方、米国からはコンピュータメーカーのDellやGatewayが、Samsungと同じ顧客層を狙った製品をひっさげて家電市場に参入してきた。今後の計画や注目のテクノロジーについてKimに話を聞いた。
---家電市場に目を向けているようですが、家電企業として知られるソニーの状況を見てください。直近の業績をみる限り、家電事業の状況はふるわないことが分かります。すでにLCD、メモリ、携帯電話といった資産を持つSamsungが、なぜ今この市場に向かうのですか。
昨年、Samsungの収益は世界全体で500億ドルに達しました。税引後利益も70億ドルに迫っています。収益率はMicrosoftについで第2位、つまりIBMはもちろん、ほかのどのハイテク企業よりも高いものでした。直近の収益報告もすばらしい結果となっています。家電業界が厳しい状況にあることは認めますが、我々は着実に成功を・・・・・・
---しかし、それは取引規模という意味での成功では?大ヒットとなったDVDプレーヤーも、収益力という意味では勢いを失っています。
DVD市場では値崩れが急速に進んだためです。
---そうですね、行きすぎた委託生産が価格の下落を招きました。
DVDの価格は大幅に下落しましたが、Samsungが価格リーダーとなっているLCDテレビは高価格を維持しています。数年前なら、テレビに何千ドルも支払うなど考えられなかったことでしょう。実をいうと、SamsungはLCDテレビの前にフラットパネル技術に大規模な投資を行っています。モニター分野で首位の座を獲得してから、この技術をテレビに応用したのです。
数十年目にして初めて、消費者はテレビを買い換える理由を手にしました。これまで、テレビというのは一度購入したら20年は使い続けるものでした。しかし今はどうでしょうか。プラズマであれ、LCDであれ、フラットパネルテレビには桁違いの魅力があるので、消費者は大金を払うこともいといません。DVDの価格が下がったこともあり、今後フラットテレビの普及はさらに進むでしょう。
---業界の基準からすると、LCDとフラットパネルの利幅はどの程度なのですか。いずれ来る値下がりに耐えるだけの厚みはあるのでしょうか。
LCDはムーアの法則に従っています。このゲームに勝つためには、他社に先駆けてコストを削減する必要があります。変化を後追いする企業に勝ち目はありません。Samsungには世界最大規模の生産能力、世界最先端のテクノロジー、そして強いブランドがあります。我々が価格リーダーの座を獲得することができたのはそのためです。
価格はいずれ下がるでしょう。これはゲームです。つまり、価格カーブをリードすることのできない者はゲームに敗れるということです。携帯電話でも同じことが起きました。Ericsson、ソニー、Panasonicといった大企業がなぜ、実質的に携帯電話事業から手を引くことになったのかを考えてみてください。
---米国ではGatewayとDellがテレビ市場に手を伸ばしています。この逆を行くやり方、たとえばPC市場に参入するとか、PCのOEMメーカーと契約するといった選択肢も考えられたのでは。
PC市場の成長に過日の勢いはありません。現在の成長率は1桁---5%未満です。IT企業が血眼で新しい成長分野を探しているのはそのためです。DellとGatewayは家電の世界に目を向けましたが、この動きは予想の範囲内でした。1ついえることは、彼らは(家電業界の)新参者であり、我々はすでにこのゲームを知っているということです。
---しかし、あちらも「融合」という切り札を持ち出してくるかもしれません。つまり、自分たちには家電とコンピューティングの統合を実現するノウハウがあるが、Samsungにはないと。Samsungは米国のPC市場に進出していません。
そもそも、家電とPCは違うというのが私の考えです。DellがPC業界の巨人だからといって、家電業界でもそうなるとは限りません。そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。
---Samsungには潤沢な資産があります。他社を買収して、PC市場でプレゼンスを高めることも可能では。
その可能性は常にあります。しかし、過去の例を見ても買収の成功率は高くありません。おそらく90%は失敗といっていいでしょう。我々が買収に慎重な姿勢をとっているのはそのためです。我々は家庭用デジタル機器の主役はコンピュータからテレビになると考えています。コンピュータはたしかにすばらしい経験を提供してくれるものですが、その範囲は限られています。
---というと?
PCの場合、基本的にユーザーはマシンの前に座り、前のめりの姿勢で、集中してコンピュータを操作します。これに対し、後ろにもたれ、とてもリラックスした状態で利用するのがテレビです。友人や家族が周りにいることも珍しくありません。両者がもたらす経験はまったく異なるのです。
最近まで、テレビでできるのはあらかじめ決められた番組を観ることだけでした。しかし、帯域幅と双方向性が強化されれば、何をどのように観たいのか、どんな経験がしたいのかをユーザー自身が決定できるようになります。
PCの静的な、つまり文字ベースの経験に比べると、動画をふんだんに使った経験の提供ははるかに難しいチャレンジです。しかし、デジタル操作の中心がPCからテレビに移る日は着々と近づいています。それが我々の読みであり、この賭けに我々は莫大な資金を投じているのです。
---すべての部品がデジタル化されれば、製品はいずれ差別化の余地のないコモディティ(日用品)となり、強大な流通網を持つDellのような企業に有利に働くと見る人もいます。
それはどうでしょうか。家電のなかでも、テレビのように画面の要素が大きい製品の場合、コストの約70%を占めるのは表示パネルです。一般的な家電ではおそらく10%から15%程度でしょう。今後、こうした家電はますますインテリジェント化されていきます。プロセッサも搭載されるでしょうし、固定メモリやディスク型メモリも搭載されるでしょう。インターネットに接続することも可能になるはずです。つまり、コア部品の重要性はさらに高まるのです。
Dellなどの企業はコア部品を自社生産するのではなく、サードパーティから購入しています。Dellの低コスト構造では研究開発費はないに等しい。Dellは基本的にディストリビュータなのです。これに対して、Samsungはメモリ市場のグローバルリーダーです。メモリというのは石油のようなもので、デジタル機器の分野ではメモリの需要が伸びています。
24Kのメモリで事足りた時代もありましたが、最近は0.5GBあっても十分とはいえません。また、Samsungはディスプレイの世界でも首位の座にあります。現在の標準はフラットパネルです。もはやCRT(ブラウン管を用いたディスプレイ)を欲しがる人はいません。
---Dellをライバルと考えていますか。もしそうだとすれば、それはメモリの大手サプライヤーとしての意思決定に影響していますか。
我々はライバルであると同時にパートナーでもあります。Samsungが生産するコア部品の大半、約50 %はオープンな市場で取引されています。残りの半分は当社の垂直統合型の生産ラインで消費されます。当社の製品はNokia、Motorola、ソニーといった大手企業でも大量に利用されています。こうした企業は非常に大切なお客さまであると同時に、ライバルでもある。これは競争の典型的な形だと思います。
---SamsungはLCDの大手メーカー、ソニーはテレビの大手メーカーです。ソニーのCRT事業は下り坂にあり、最近はSamsungと合弁会社を設立するというニュースも報じられました。LCD生産は資本集約的な事業ですから、パートナーから資金を得るのは悪くない話ですね。しかも、ソニーはパネルの大口顧客です。
資金は問題ではありません。当社には負債もありませんし、資金調達の不安は皆無です。問題は、常にテクノロジー競争の先をいかなければならないということです。そうでなければ、パネル生産のようなきわめて資本集約的なビジネスにおいて勝つことはできません。最先端のテクノロジーがあれば、他社よりも優れた性能とコスト効率を達成することができます。
そのためには大規模な資本投下が必要です。しかし、ソニーを含め、安定した買い手を確保することも欠かせません。つまり、ソニーと手を組み、パネルの販売先を確保することは我々にとってきわめて合理的なことなのです。一方、ソニーはサプライヤーとしての我々の信頼性や高い技術力を評価しているのだと思います。
---今後半年から一年にかけて、どんなテクノロジーが市場の注目を集めると思いますか。
ワイヤレス機器は誰にとってもなくてはならないものになりつつあります。個人向けワイヤレス機器の用途は音声通話の枠を超えて、どんどん広がっていくでしょう。マルチメディアの双方向性も強化されるでしょう。韓国と日本ではすでに、米国の2年先のマルチメディアテクノロジーが利用されています。
韓国と日本では第3世代(3G)技術やユビキタス・ワイヤレスがすでに現実のものとなっています。韓国では75%の家庭にブロードバンド環境が整っています。20ドル足らずの月額使用料で無制限に接続サービスを利用できますから、映画や音楽のストリーミング配信も可能です。
もう1つの注目分野はコンテンツのデジタル化でしょう。DVDはこの動きに先鞭をつけるものでした。最近はデジタルテレビが重要な促進剤になっているようです。現在はアナログCRTからプロジェクタや薄型デジタルテレビへの移行が始まったばかりですが、いずれ非常に大きな市場に成長するでしょう。
普及台数でいうと、テレビの台数はPCをはるかに超えています。今後10年で、膨大な数のCRT/アナログテレビが何らかの形でデジタルテレビに置き換えられるでしょう。我々はリーダーとして、この流れに参加したいと考えています。
---価格についてはどうでしょうか。現在、40インチのフラットパネルLCDの価格は約3000ドルです。1年後にはこの価格はどうなっていると思いますか。
予想をするのは気が進みませんが、この1年についていえば、実勢価格の値下がりは我々の予想以上でした。これは消費者にとってはよいことです。コスト構造の効率性にかけては当社はリーダーですから、これは我々にとってもよいことだといえます。
---こうしたデジタル機器もいずれはコモディティ化するのでしょうか。
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