オープンソースに関する仮説(連載開始にあたって)

末松千尋(京都大学経済学部助教授)2003年10月22日 10時20分

10月23日より新連載「末松千尋・オープンソース戦略を探る」が始まります。
連載の概要と末松氏のプロフィール

 19世紀初頭、蒸気機関車を目の当たりにした人たちは、怪物の登場に驚いたことだろう。化け物と恐れおののき、近づかなかった人たちは、その生涯に渡って、産業革命の進展を否定しつづけざるを得ないことになった。一方、その怪物の構造に興味を持ち、内燃機関の威力を理解した人たちは、産業革命による富の劇的な再分配の恩恵に与ることになった。

 今、オープンソースは、おそらく多くの人々の目に怪物と映っているはずである。しかしそれは、知識情報革命がもたらすであろう様々な要素を含んでいる怪物である可能性を否定することは難しい。その内部構造を理解しておくことは、怖いようでもあり、自身の将来のために不可欠なようでもある。

 オープンソースは、実に不思議な現象である(少なくとも、以下のように見える)。

  • 無料、無償であり、貢献という価値観をベースに動いているにもかかわらず、多くの人々や企業の参画が進んでいる
  • 自発的な行為の集合としての活動であるにもかかわらず、強力な求心力を有し、ばらばらにならない
  • 世界的に分散して開発しているにもかかわらず、高い競争力の製品を実現し、それは拡大を続けている

 これは、いったい、どこまで拡大を続けるのだろうか。そして、それは日本にも訪れるのだろうか。どのように日本に影響を与えるのだろうか。最も知りたいのは、それは儲かるのか。儲かるとすれば、どうすればいいのか。この流れに乗り遅れると、どう損するのか…。実に興味はつきない。

 この怪物は世界で驚異的な速度で増殖しているものの、残念ながら、日本ではその実態に接する機会は、あまり多くはない。今回、CNET Japanのご協力で、日本国内において、主にビジネスサイドから、Linux、およびオープンソースの発展に寄与してきたキーパーソンの方々との対談をセットアップしていただいた。これを通して、日本人として、何を知り、どう理解すればいいのかを明らかにしていきたいと思っている。

 もちろん、筆者は筆者なりの仮説を持ってのぞんでいる。はずれれば面目ないが、その仮説の一端を以下に開示(オープンに)しておこう。

仮説1 “無償”のビジネス的価値 : 創発・共創

 アカデミアには、過去から、アイデアのインターラクションによる知識情報の創発に、金銭よりも高い価値を置くカルチャーがあった。アカデミアでは大して給料はもらえないが、創発・共創に知的興奮を覚える人が集まっている。それが「知識情報」社会において、広く一般に広まっていると考えることは、それほど不思議ではない。世の中には、使えば使うほど、増える資源が存在する。それはアイデアを中心とする知識情報であり、その価値は高まり続けている。もちろん、そのプロセスが、インターネットという世界的プラットフォームの確立により、強力に推進され、具体的な価値をもたらすようになったことが大きく影響していることは間違いない。さらに、的確に設計されたオープンソースのライセンス形態が、知識情報の創発・共創を促進させているのではないだろうか。

仮説2 “無料”のビジネス的価値 : デファクト・スタンダード

 ネットワークの時代には、マイクロソフトに代表される一人勝ち構造が強く働きやすい。それに対抗するために、規格(APIなど)の権利を広く開放することにより賛同者を増やし、シェアを獲得するという企業行動が、すでにハイテク業界では一般的な戦略として普及している。このアライアンスへの参加資格の障壁は限りなく低くなっており、参加費も無料に近づいていた。オープンソースのように、(処分権を除く)所有権をより広く開放する戦略が現われても、不思議ではない。市場が広がれば、全員のわずかな貢献で増やしたパイを、全員で分配することが可能である。問題なのは、利権(収益権)を開放した(ただし、ライセンスの継承という条件はついている)オープンソースの“どこで金銭を稼ぐか?”である。しかし、製品(ソフト)は無料でも、サービス(展示・説明、受発注処理、決済、配送・伝送、品質保証、メンテナンス、サポート、インテグレーション、コンサルティング、教育、講演、およびそれらにより確立するブランドの活用など)を事業として課金することは全く自由だし、逆に製品が無料になれば、サービスがより重要となり発展することは十分に起こり得ることである。現実に、ディストリビューションという、全く新しいサービス業態が生まれ育っている。

仮説3 自発性と求心力を持つコミュニティ : 高い競争力

 自ら納得した目標であれば、だれでも達成意欲は強まるものである。それは特に、高い能力を有する者に当てはまる。自発的に参加している(退場は自由)全員の合意をベースに、全体の動機付けを高く維持しつつ、全体最適が実現されるような「文化」を持つ組織があれば、それが最も高い競争力を有することは不思議ではない。そこには、新しいタイプ、本来の意味でのリーダーシップが不可欠である。それは排他的、威圧的なものではなく、論理的、客観的なものである。それをリーナス・トーバルズ氏が備えているという話は、よく伝え聞くものである。

仮説4 モジュール型の開発体制 : 強力な開発力

 エリック・レイモンドは「リーナスの最大の発明は、Linuxカーネルではなく、開発体制である」(『ソースコードの反逆』)といっている。世界中に分散した無数のモジュールが、何らかのプラットフォーム上で的確に機能しているとすれば、開発が迅速であるばかりか、競争原理によりベストなものが残っていく。リナックス・コミュニティに激しい競争があることは、よく聞くし、開発者の退場に伴う入れ替えにも容易に対応できる。モジュールを寄せ集めてきて、ソリューション・サービスを展開する上でも、非常に有利であり、これは、製品<サービスへの流れに合致したものである(これについては『京様式経営−モジュール化戦略』に詳しいので、ご参照頂きたい)。従来の考えでは説明できないようなプラットフォームが、非常にうまく機能している可能性がある。

 さて、読者のみなさんは、この「怪物」に対して、どのような仮説をお持ちだろうか。筆者とは、全く異なるものだろうか。それらが、この連載を通して、少しでも検証されていけば幸いである。そして、連載の最後には、オープンソースが、あなたの企業に対して、日本企業に、そして日本社会に対して、どのようなインパクトを及ぼすのかが少しでも明らかになっていることを期待したい。

10月23日より新連載「末松千尋・オープンソース戦略を探る」が始まります。

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