ビジネスアプリケーション市場2位の座を巡って2社が厳しい戦いを展開する中、SAPはナンバー1の席からその様子を眺めている。
大半の企業用アプリケーションベンダーにとって、2002年は悲惨な年だった。しかし、ドイツのソフトウェアメーカーSAPは売上高1%増を搾り出し、市場トップの座を守り通した。さらに重要なことに、SAPは他社が渇望するライセンス収入の分野で13%増の成長を記録した。ライセンス契約は利益率が高く、ウォール街はライセンス収入をソフトウェア会社の主要製品の販売状況を知るバロメーターとして見ていることから、このことは非常に重要だと言える。
とはいえ、SAPは決して楽観してもいられない。競争はますます激化する一方だからだ。米Oracleは米PeopleSoftを買収しようとしており、米Microsoftも他社を押しのけ競争に加わろうと躍起になっている。さらにやっかいなことに、SAPは非常に複雑なソフトウェア、それも巨大で融通が利かず、ほかのビジネスシステムと連動できないソフトウェアを作る企業だと見られている。
SAPはこの問題を解決するために派手な宣伝を含めた取り組みに着手しており、新しいリーダーが同社を率いている。共同創始者でありビジョナリーとして活躍したHasso Plattnerは、同社が30年前にひっそりと誕生してからここまで成長するのを支えた陰のカリスマとして広く知られている人物だが、今年初めには共同最高経営責任者の座を退いた。
その穴を埋める人物としてSAPが期待をかけているのが、35歳のイスラエル人Shai Agassiだ。Agassiは2001年、SAPがソフトウェアメーカーのTopTierを買収した後に、同社に入社した。昨年には取締役会メンバーとなり、2月には責任範囲を拡大。最年少であると同時に、唯一のドイツ人以外の社内取締役として、AgassiはSAPの期待の星とされている。現在は技術開発戦略の指揮を任されており、この任務は彼にさらなる栄誉と最高幹部への輝かしい昇進への道をもたらすだろう。Agassiは最近、CNET News.comのインタビューに応じ、SAPが直面する課題とエンタープライズソフトウェアビジネスの変化について語った。
---OracleWorldで(米Oracleの最高経営責任者である)Larry Ellisonは、グリッドを使えばアプリケーション本体に全く変更を加えることなく、SAPやほかのビジネスアプリケーションを安く運用できると主張していました。それは可能ですか。それともEllisonは夢でも見ているのでしょうか。
Ellisonの幸運を祈ります。そうなるといいですね。
---今までに実例はないのですね。
アプリケーションの修正なしに実現したのは見たことはありませんね。可能性はあると思います。アプリケーションを正しく動作させ、アプリケーション自体に自己認識力と表現力を持たせて「稼動するためにはもっと計算能力が必要だ」を自覚させるようにするのです。
--SAPをグリッドシステム上で稼動することに関しては疑問を感じますか。
彼の会議に出たこともなければ、発表を見たこともありません。ですから、Ellisonの発言や説明について推測をすることは避けたいと思います。ただ、それが実現すればいいと思いますよ。
---昨年、SAPの取締役会メンバーに参加され、2月には責任範囲も広がりましたが、最年少で社歴は最も浅く、また唯一のドイツ人以外の役員として、どんな課題を提示したいと思いますか。会社における自身の役割は何だと考えますか。
企業は時々、今まで行ってきたことに焦点を置く傾向があります。ピカソが残した素晴らしい言葉にこんなものがあります。「昨年行ったことを単純に再現しようとするなら、次第に革新性を失い、気力を失い、魅力を失うだろう」。まあ、これは意訳ですが。時には、別の新鮮な見方を持ち込み、アウトサイダーであるインサイダーを入れる必要があります。それが私です。
---アウトサイダーであることの難しさを感じたことは。
SAPに対する世の中の見方は実物と大きくかけ離れています。SAPは非常に多民族、多国籍な企業です。考えられる中で最もグローバルな企業と言えます。取締役会ではなく、広く役員全体を見ていただければ、ニューヨーク出身者やオーストラリア出身者もいます。ご存知の通り、私はイスラエルの出身です。
---SAPの前最高経営責任者(CEO)であるHasso Plattnerが5月、経営の第一線から退きましたね。会社はどのように変化していますか。Henning Kagermannのリーダーシップの下で、何らかの変化が見られるのでしょうか。
Henningは偉大な人物です。おそらく世界で最も頭の良い部類に属する人物でしょう。またHassoもすばらしい人物です。早期に自分の後継者を育てる必要性を認識したという点で。私たちはこんなふうによくネタにしますが、Henningは過去20年間をかけて育てられた人物です。HenningはHassoと、SAP監査役会メンバーであるDietmar Hoppという2人の産業界最高の師に育てられました。そして、この引継ぎはIT業界で最もうまく行われたと言えるでしょう。
---OracleとPeopleSoftがビジネスアプリケーション市場における2位の座を巡って競い合っている中、誰もが公然とSAPがナンバー1であることを認めているようです。SAPが首位を維持するための方策は何ですか。新しくより良い技術を生むことでしょうか。それとも、これからはマーケティングゲームの時代ですか。
マーケティングが長期的に持続可能なモデルになるとは思いません。個人のアイデアをマーケットに売り込むのではなく、そのアイデアを使って顧客が何をしたのかを売り込むのです。我々が行っているのはまさにそれです。
ある程度、SAPは信頼あるイノベーターです。我々は無鉄砲に飛び込んだり、大きな賭けをしません。むしろ、我々は慎重に状況を確認し、最良のアプローチを考えた上で実行に移します。また通常、実行に移す場合、我々は4、5年先、さらには10年先までの見通しを示します。
---OracleのPeopleSoftとの合併は反競争的だと思いますか。
合併は、必ずしもPeopleSoftの顧客の利益を最大にするものではないと思います。ほとんどの場合、合併は顧客の利益を最大化するために行われるわけではありません。PeopleSoftとの統合によりJ.D. Edwardsの顧客が最良の利益を受けたわけではありませんが、それを反競争的と言っていいものでしょうか。競争を防ごうとして合併するのではなく、我々と競争するために合併をしたのだと思います。ですから、それを反競争的というのは難しい。しかし、その質問は米国司法省の範疇のものであり、彼らが審査することでしょう。
---SAPが開発中の技術で、人々を5年以内にあっと言わせるようなものは何ですか。
特効薬のようなものはひとつもありませんが、NetWeaverが我々の次期の基礎技術になると思います。10年前に3層クライアントサーバが我々の基礎だったのと同じです。NetWeaverは今後10年間、我々の基礎となるでしょう。この技術を真似する企業も多数現れると思いますが、それでも、我々はNetWeaverを発展させていくと思います。
---NetWeaverとは何ですか。以前のものとどのような違いがありますか。
今回しようとしていることの1つに、テクノロジープラットフォームの導入があります。それは、我々のアプリケーションを頑丈で拡張可能にする秘伝ソースのようなものです。しかし、我々はプラットフォームを開放し、誰でも利用できるようにしています。それには競合他社、例えばインテグレーターやディベロッパも含まれます。我々のパートナー企業であるか競合相手であるかは問いません。誰でも我々のプラットフォームを使用し、それを土台にしてシステムを構築できるのです。
---SAPは1月にNetWeaverの取り組みを開始し、ビジネスアプリケーションの開発や設定を簡易化しようとしました。もうすぐ1年が経ちますが、SAPは何を示さねばならないと思いますか。
多くの顧客がいること、そしてその顧客がNetWeaverを使ってこの1年間でどんなことを成し遂げたかを、我々は示してきました。NokiaやSiemens、Lufthansaのケーススタディもありますし、Check Pointのような小規模な企業の例もあります。Check Pointは顧客やディストリビューターとのコミュニケーション方法を完全に変更したところです。
--- NetWeaverがSAPの業績を押し上げますか。
顧客がSAPを以前よりもっと戦略的な方法で展開するようになっているという恩恵はありますね。
---どんな風に?
5年前のことを思い返してください。顧客はSAPのことをERP(Enterprise Resource Planning)企業として見ていました。そして、競合他社は皆、SAPが消えるだろうと語っていました。Siebelやi2 Technologies、PeopleSoftが戦いに勝つだろうと。我々が扱っていたのは面白味のないバックエンドのビジネスプロセスであり、他社は結果として面白みのあるフロントエンドのプロセスを扱っていたからです。さて、5年の月日が流れた今、我々は全てのプロセスを見ています。そして、SAPは消えるだろうと予測していた企業は今、全てニッチプレイヤーとなっています。
---最後に笑うのはSAPだと。
まだ結論が出たとは思いません。多くの場合、そういった企業に起きたことを思うと悲しく思います。これらの企業に投資し、そのシステムがまだ動いていて、めちゃくちゃになってしまったものをどう繕おうかと努力している顧客を見ると悲しくなります。彼らに対して信頼の置けるアドバイザーが、アプリケーションアプローチを多元化するようにと勧めています。しかし、それには非常に多くの費用がかかります。アドバイザーには大金が流れ込みますが、顧客にかかる負担は重すぎます。
---そのアドバイザーとは誰のことですか。
顧客に近づいてきては「必要なのはCRMを導入することだ。CRMをどこから入手するかは考える必要ない」と言う人々のことです。
---それは誰ですか。
一般的に、最良の組合せ(ベストオブブリード)のソフトウェアが勝ち残ると言われた時期がありました。我々は今まさにその立場にあり、それは変わることはないでしょう。ただ、今でもそれが最善策なのか、そしてその助言を与えたのは誰なのかを問う必要があります。ある程度は、我々にも責任があります。しかし、「あなたの状況を理解し、まさに今、あなたを助けようと努力している」と言っているベンダーは我々だけです。笑っている場合ではなく、我々は多くの難しい仕事に取り組んでいます。
---最近はWebサービスについても耳にしますが、そのあたりの状況は。
最近の傾向として、非常に限られた数の企業が、ひとつのプラットフォーム上に全てを統合しようとしています。まるで自動車業界のように、数千の部品企業が最終的にはほんの5、6社に集約され、全てを事前に統合した1つのプラットフォームを少数の企業だけが提供するのです。これは非常に大きな変化です。最終的なソリューションを提供しようとすれば、早期にWebサービスを導入した顧客から、少し興味を示すような顧客へと手を広げ、さらにはソリューションを必要としている大部分の顧客へと歩を進めることができるからです。そうなれば、全ての市場で今の5倍から10倍の成長が見込めます。
---ITマネージャーにとって、それはどんな意味があるのでしょうか。
ERP、CRM、SCM、PLM(Product Lifecycle Management)、HR(Human Resource)、そのほか思いつくアプリケーション全てが、現在は個別のものとして出荷されています。しかし、将来的にはサービスの集合体、それも数万のサービスがまとまったものになるでしょう。
---企業やCEOはなぜそういったことに興味を持つのでしょう。
技術者にとって、全く新しいイノベーションが生まれるからです。全く新しいプラットフォームが土台になります。CEOはとても単純な理由で喜んでいます。それは、総所有コストの方程式が変わるからです。システム統合はIT分野で最もコストがかかり、現代のほとんど全ての業界の企業にとって共通の課題となっています。もし、すでに統合された環境を利用して、実際に運用コストを削減できる公式が見つかれば、運用費用を大幅に節約でき、浮いた費用をイノベーションに投資できるのです。
---どのようなイノベーションに投資するのですか。
サプライチェーンの改善をあげる人が多いですね。16日のプロセスを4、5日短縮するとか。しかし、製品の定義付けや設計におけるイノベーションが実現できれば、12カ月のサイクルを実際に3〜6カ月分短縮できるかもしれません。そうなればさらに大きな影響があります。
---どんな分野で実現すると思いますか。
合併や買収、合併後の統合におけるイノベーションの例があります。一方が他を統合するのに有利なエンジンを持っていれば、その企業は誰かに統合されるのではなく、統合する側に回るかもしれない。我々が今までは紙の上、もしくは表計算ソフトやPowerPointsを使っていたところから、新しい分野が生まれています。我々は今、きちんと定義づけされたプロセスで、予想可能かつ持続可能な方法で実行できるような世界に移行しようとしています。その適用範囲はビジネス全般、世界中において、製品の設計から立ち上げまで、従業員の雇用からプロジェクトの終了後まで、そして合併前の立案段階から合併後の組織改正まで、広範囲に渡ります。我々がまだ経験したことのないプロセスがたくさんあります。
---グリッドコンピューティングは合理的だと思いますか、それとも単なるマーケティング上の戦略だと思いますか。
グリッドは非常に限られたビジネスアプリケーションのニーズに合う、とても興味深い技術です。グリッドは机上の空論ではありません。グリッドを面白いものにするのはアプリケーションベンダーの仕事で、テクノロジーベンダーの仕事ではないでしょう。
---SAPもグリッドコンピュータに関連する新しいソフトウェアを開発していますか。
既に、グリッドが可能なアプリケーションを数多く構築しています。現在、早期導入を実施している顧客もいて、我々のアプリケーションがグリッドモデル上で利用されています。
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