フラッシュメモリに未来はあるか

 「フラッシュメモリが大きな危機に直面している」――エンジニアやアナリスト、また半導体業界幹部はそう指摘する。フラッシュメモリはデータやアプリケーションの保存のための半導体集積回路技術で、携帯電話、産業用機器、携帯用メモリカードに内蔵されている。その需要は堅調であるが、2005年以降はチップの小型化がさらに難しくなるというのだ。

 チップの小型化を進められなければ収益は減る。そこで、半導体メーカー各社は半導体の中の異端児とも言えるフラッシュメモリの発展と代替品となる製品の可能性を求めて、新しい素材や半導体設計の研究を進めている。

 例えば、半導体業界大手のIntelはDVDと同じ素材を使ったOvonics Unified Memory(OUM)を、Motorolaはトランジスタ内のソリッドレイヤーをシリコン原子の格子で置き換えたシリコンナノクリスタルを研究中である。ナノクリスタルチップは2006年までに商品化されるとも見られている。

 他にも、磁気抵抗メモリ(MRAM)や、結晶体の中の原子の移動を利用した強誘電性RAM(FeRAM)、液晶ディスプレイの画面に使われる材料からできているポリマーメモリなどの代替技術が開発されている。

 「拡大の法則はフラッシュメモリには当てはまらない」というのはTom Leeだ。Leeはフラッシュメモリに似た機能を持つ3Dメモリチップのメーカー、Matrix Semiconductorの創設者で、スタンフォード大学電子工学専門の助教授でもある。「サイズダウンを求める声が一層高まる中で、メーカー側は既に収益減の時代に突入してしまったようだ」(Lee)

 変化の方向性についての意見は様々である。来年までに代替となるチップがメモリ市場に登場するという声もあれば、代替技術が抱えている問題とメーカー各社がこれまでに示してきた技術改善能力の高さを合わせれば、今後十年間はフラッシュメモリが市場を独占し続けるはずだという声もある。

 どちらにしろ、ムーアの法則を満たすためには相当の技術的努力を要するだろう。ムーアの法則とは、Intel共同創設者Gordon Mooreが提唱した半導体業界の法則で、半導体のトランジスタの数は2年ごとに倍増するというものだ。

 フラッシュメモリチップはこれに追いつけるのだろうか。実は65ナノメートルチップの製造プロセスが2005年には立ち上がる予定で、これにより半導体メーカーは現在のフラッシュメモリチップの小型版を製造できる可能性がある。しかしMotorolaの半導体製品部門のメモリ機器担当マネージャーであるKo-Min Changに言わせれば、その実現にはかなりの苦労を伴う。「物理的に65ナノメートルチップの製造が可能かどうかはまだわからない。しかしプロセス技術の向上で、より小さなものが製造可能となるのは間違いないだろう」

 フラッシュメモリの行方には数十億ドルの売上げがかかっている。Semico Researchのメモリサービス担当幹部Jim Handyによると、業界の推計ではフラッシュメモリの今年の売上げは130億ドルで、2002年の77億ドルよりも増加する見込みだという。さらに2007年までにフラッシュメモリの市場規模は430億ドルに達すると見られている。

 デバイスからバッテリーが外されて電源がなくなっても、フラッシュメモリはデータを保存できる。そのためフラッシュメモリは大量に出回る携帯電話、モバイルコンピュータ、デジタルカメラなどにとって欠くことができないものとなっている。

 Handy曰く、2004年にフラッシュメモリの売上げはDRAMと互角となり、2006年にはDRAMを追い越すだろうとのことだ。「世界で売られるビット数は毎年倍増する傾向にあるからだ」(Handy)

 これらの数字からも、メーカーにとって正しい選択がどれほど重要かがわかる。何年間も市場を席巻してきたNORフラッシュメモリとは別のタイプのNANDフラッシュメモリに掛けたことが功を奏し、2001年には業界で世界8位だったSamsung Semiconductorが2002年には2位の座を獲得したという例もある。反対に、価格が1年で半分になるリスクもある。つまり技術の選択を誤れば、惨たんたる結果を招きかねないのだ。

矛盾だらけの半導体

 フラッシュメモリについて語るとき、専門家はまず一番にその技術的矛盾点を指摘したがる。フラッシュメモリチップは電気的なもので、データを保存するのに電力を必要とする。ところが、フラッシュメモリチップはコンピュータや携帯電話の電源を切った後にもデータを記憶し続ける。これとは対照的に、PC用DRAMではコンピュータの電源が落ちた瞬間にデータが失われる。

 「フラッシュメモリは理屈に合わない」とIntel技術製造グループのバイスプレジデントStefan Laiは言う。

 電気がないのにデータが消えない秘密はフラッシュトランジスタのゲートにある。フラッシュトランジスタはフラッシュメモリチップに内蔵される極小のオン/オフスイッチで、電子が外に放出されるのを防ぐ二酸化シリコンの膜に包まれている。コンピュータはメモリセル内部に残された電荷を読み取り「1」か「0」かを判断するのだ。

 二酸化シリコンの絶縁膜の効果により、浮遊ゲートトランジスタ(他のトランジスタ上をゲートが浮遊することからそう呼ばれる)はデータを10年間保持することができる。またフラッシュチップへのデータの書き込みは百万回も可能で、それまではエラーも発生しないという。

 フラッシュメモリとフラッシュメモリカードを製造するSanDiskの創設者でCEOのEli Harariに言わせると、それは「びんに入れた水のようなもの。一度満たされた水は永久にびんの中に残るのと同じ」だという。

 さて、絶縁膜はフラッシュメモリ製造の秘策であると同時に問題点でもある。今日のフラッシュメモリチップに使われる二酸化シリコンの膜の厚みは90オングストローム(1オングストロームは100億分の1メートルで水素原子の大きさより小さい)で、多分80オングストロームまでは薄くできる可能性がある。それよりも薄いと電子が漏れてデータが壊れたり失われたりする。

 反対に、膜を厚くすると動力の問題が生じる。まず電子を動かすためには浮遊ゲートに10ボルトの電圧をかけなければならない。これはマイクロプロセッサトランジスタを動かすために使う電圧をはるかに上回る。Lai曰く、絶縁性が高いため大きな負荷をかける必要があるのだという。

 さらに、チップのサイズが縮小化されると、ひとつのセルに加えようとした電圧が隣のセルに干渉してデータを壊してしまう可能性もある。

 現時点ではこれらの問題を回避できているが、2007年には開始予定とされる、現在のフラッシュチップを平均45ナノメートルのコンポーネントでつくる製造プロセスの実現は難しい課題となりそうだ。45ナノメートルの時代には、秘策はもう使い果たしていると考えられているからだとLaiは言う。

 これらの未解決の問題は、経済へも直接影響を及ぼす可能性がある。例えばIntelはこれまで、製造プロセスの改善を積み重ねた結果フラッシュメモリチップのセルを約半分のサイズにまで小型化することができた。その過程で、チップ本体の小型化に成功し、総製造コストの削減と、1個のシリコンに記憶できるメモリ量の増加につながった。結果として商品の価値自体もあげることができたのだ。

 しかし初期段階での研究によると、45ナノメートルに達してもチップのサイズは35〜40%程度しか小さくならないのだとLaiは言う。Intelはこれらの問題を解決し50%のサイズ縮小に成功する可能性があるとLaiは付け加えるが、MotorolaのChangらはそれほど楽観的ではない。

 一方で、Samsung、東芝、SanDiskなどは、NANDフラッシュメモリに注力すれば45ナノメートルの壁を越えることができると言う。これまで「フラッシュ」という言葉はIntelとAMDが製造するフラッシュメモリ、「NORフラッシュメモリ」と同意語とされていた。しかし最近はNANDフラッシュメモリの人気が高まり、2002年には市場の20%を占めるようになっている。

 Samsung のマーケティング担当バイスプレジデントTom Quinnは、NANDとNORの真の戦場は携帯電話マーケットだと言う。「NANDのセルのほうが小さいし、拡張性がある」

 しかしここでもまたNAND反対派は、NANDも将来的には消費電力とスピードの問題を抱えることになると主張する。消費電力とスピードの問題は時間の経過とともに必ず現れる宿命のようだ。

様々な代替技術

 最終的に必要なのは素材と設計上の変更である。しかし残念ながら、それらはまだ用意できていない。

 Intelの最高技術責任者であるPat Gelsingerは、製造可能なレベルの代替メモリ技術はまだ存在しないと言う。「製品を作ることは可能だが、大量生産につながる技術をもつものがいないのだ」(Gelsinger)

 AMDも、同社のMirrorBitフラッシュチップの生産ラインで1つのメモリセルに4ビットの情報を記録させる方法を研究している。従来のフラッシュメモリは1つのセルに1ビットの情報しか記録できないし、高価なフラッシュメモリでも1つのセルに2ビットの情報しか記録できない。これを4ビットまであげれば、AMDはメモリサイズの縮小をせずに同様の経済効果を得られるのだ。

 「技術的なアプローチではないが、45ナノメートルへの動きを遅らせることができる」とAMDのメモリ部門技術担当バイスプレジデントMike VanBuskirkは言う。

 これに対し1セル2ビットのメモリを製造するIntelやSanDiskなどは、電気信号が4ビットメモリに問題を生じさせる可能性があると批判する。ビット数の多さから「1」「0」の組合せが16通りもできるため、判別が難しくなるというのだ。

 Motorolaが注目しているのはシリコンナノクリスタルだ。同社の計画ではクリスタルの格子を二酸化シリコン膜に代わるものとして採用する。これまではシリコンを伝導体として使ってきたが、ここではクリスタルの量子的な性質を利用して電子を閉じ込める絶縁膜として使うのだ。これにより、Motorolaは絶縁膜を薄くしてセルを小さくすることができる。

 この技術により「チップのサイズを半分にしても同じ密度を実現できるだろう」とChangは言う。主要顧客への試作品の出荷は2005年に、大量生産はその半年後に開始できるかもしれないとのことだ。Motorolaの研究所では、類似の代替品として窒化シリコンを使うSONOS(silicon-oxide-nitride-oxide-silicon)の研究も進められている。

 シリコンナノクリスタル技術の落とし穴は何か。今のところ、シリコンナノクリスタル研究を積極的に進めている企業は少なく、Motorolaはそのうちの1社である。

 一方、IntelはOvonics Unified Memory(OUM)の研究を進めている。OUMは今までのフラッシュが採用していたような電子を閉じ込める方法を使わない、エネルギー効率のいい技術だ。OUMでは電子を閉じ込める代わりにカルコゲナイドという合金基盤の極小のピンポイントを急速に加熱する。これらのポイントは温度の下がり方次第で結晶質か非晶質のどちらかに変化し、それぞれに違う電気抵抗を持つようになる。この電気抵抗から「0」か「1」を読み取ることができるのだ。

 「いい方向に発展しつつある」とLaiは言う。Laiは、Intelが4ビットセルよりもOUMの研究に力を入れていることについて、いかに低コストで実現できるかが課題と言う。しかし、問題は最高で華氏600度(摂氏約300度)という高温を保つ必要があることだ。

 また、プラスチックメモリとして知られるポリマー強誘電性RAM(PFRAM)がある。この技術では、データを記録する素材を層状に積み重ね3Dチップを構成する。外ではなく上に積み重ねることで半導体メーカーはひとつのウエハに多くのチップを組み込むことができ、コストを大幅に削減できる。加えて、このPFRAMは既存の露光プロセスを使って簡単に生産できるため、既存の工場での生産導入が比較的容易である。

 Matrixの他に、IntelとAMDもこのポリマーメモリの研究を進めている。

 ポリマーメモリの問題点は書き込みスピードの遅さだ。また、Matrix の開発したチップでは極小の光束で文字通りメモリに穴をあけてデータを焼き付けるので、現時点ではデータの消去や再書き込みができない。そのため、同社は商用チップの発売を2002年から2003年に延期している。

 FeRAM やMRAMといった代替品も市場に出てきている。FeRAMは消費電力が非常に少なく、Texas Instrumentsの推奨を受けている。MRAMは既に多くの企業から支持されており、市場に定着するだろうと言われている。

 しかし、FeRAMやMRAMは大きすぎるという指摘もある。MRAMのもう1つの欠点は、電子の回転を調整することでデータを保存するため、コンピュータ側で電子の回転により発生した微妙な電気抵抗の変化を見つけ出さなければいけない点にある。

 基礎となるのが古い技術であろうと未来のソリューションであろうと、フラッシュメモリ代替技術の開発において避けることのできない問題がある。それは、既に各社が既存の製造プロセスに投資した数十億ドルである。つまり最終的には、半導体メーカーは収益への負担のない技術へと収束していくだろう。

 しかしLeeはこう言う。「金になるビジネスがあれば、エンジニアはなんでもやってのけるよ」

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